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現世乱武小説
昔馴染み(左三)


「何やらかしたんだ、お前…」

「いやぁ…やっちまったなとは思ってましたが、まさかそのまま失踪するとは…」

「みっちゃんが行きそうなとことか予想つくの?」

「そうだな…。ここからだと三成さんのアパートは遠いし…」


浴衣がカウンターの上に放置されているのを見た小十郎は、この時間に出たのは左近と三成だろうとあたりをつけて文句を言おうと二人の部屋に向かった。
しかしどういうわけか一人足りない。

左近はまさかの事態に頭を悩ませていた。


「……また島さん虐めたんでしょ」


胡乱げな眼差しを寄越してくる佐助は、小十郎の帰りが遅かったためそのお迎えに上がったついでにここにいる。


「虐め……たのかもなぁ、今回は」

「あ?…珍しいな」


小十郎がそう言うのも無理はない。

自分で言うのもなんだが、普段はからかっているという自覚はあってもそれを周りに訊かれて肯定することはなかった。
長年の付き合いである小十郎はこちらのそういった性格を心得ているのだ。


「何しちゃったわけ?」

「…おう、言ってみろ」


珍しく神妙な顔付きで俺の台詞を待つ片倉さん。
滅多にこちらに向けられることはないが、この人は人を見捨て切れない優しさを持っている。
言うことはがつんと言うし憎まれ口は叩くけれど、それは両者が互いの芯の強さというものを判っているから。


二人の優しさに甘え、柄にもなく脱衣所でのことを話した。

佐助は時折り相槌を打ちつつ苦い顔をし、小十郎は斜め下の床を例による三白眼を突き刺して。


「…んで、意地張って一人こっちに戻ってきちまったってわけです」


一通り話し終えると、佐助は逡巡してからおもむろに携帯を取り出した。
しかし無言で小十郎がその上に手をかざして行為を制す。


「…よせ、佐助。俺たちは何もしなくていい」

「いや、だってっ…おかしいじゃん!いつもなら喧嘩なんてしないシチュエーションだし……
せめてみっちゃんの居場所だけでもさっ…」


佐助は焦ったように訴えるが、小十郎はかぶりを振った。
あくまでも瞳は揺れず、床にやったまま。


「解決策弾き出すのは俺らより島のが得意だ。…何かしても余計なことになっちまう」

「そんっ……、や、うん…そっか」

「…悪いな、お二人さん。聞いてもらうだけ聞いてもらって」


納得したのかしゅんとうなだれる佐助に苦々しく微笑すると、小十郎がちらりとこちらに視線を寄越した。
口ではああ言っても、やはりこの人も心配してくれている。
しかしそれを表に出さないよう涼しげに振る舞って。

なんだかんだで俺も恵まれた環境というやつの中にいたようだ。
臭い人間関係というのもあながち悪くないらしい。…とは言ってみたものの、同情はされることはあっても俺はしないだろうが。


「ま、とりあえず明日長距離運転するんで寝ずにってわけにはいきませんけど…
夜まで手当たり次第探してみますよ」


小十郎のこういった視線はひどく居心地が悪いのだと今知った。

いや、そう感じるのは俺だからか。
互いが互いを放任し、少し離れたところから口こそ挟むが手は出さない。
あの人ならなんとかケリをつけるだろう、
あいつならどうにか乗り切るだろう、
そう思って、何か面倒ごとに対面していようがそっと相手に背を向ける。

そして大概、本当になんとかしてけろっとした顔で自分たちの前に現れる。

昔からそうだった。


だから、この類の視線は向けられ慣れていない。


三成を遊びじゃないと言ったときの小十郎の顔を思い出す。
こちらの覚悟を受け止めたようなそれは、同時に今までにない杞憂も内包していたのかもしれない。
これまでのように飽きたからといって切って捨てるわけにはいかないのだと、自分だけでなく小十郎も気付いていたということか。


「…なんだかなぁ」

「……そんな顔してこっち見るな」

「いえね、まさかあんたがこんなに俺を判ってるとは思わなかったもんで…」

「………。おい島、なんつーか…大丈夫か?」


薄気味悪そうに若干俺から距離を取る片倉さん。

それには目もくれず、一人しみじみと満足する左近であった。


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