現世乱武小説
離れていく存在(左三)
…結局、俺は左近をも手放すのか。
遠ざかっていく背を愕然として見送りながら、三成は真っ白だった頭でぽつりとそれだけ呟いた。
昔からそうだ。
大切にしたい人が相手であっても、笑顔になるべきときに笑顔になれず、喜ぶべきときに喜べない。
怒ったような不機嫌であるような、そんな滑稽な反応でしか返せない。
左近がこちらの髪を拭きながら紡いだ言葉には慈愛ともいえる温かくも切ない響きが篭められていた。
――そう、強がらないでください。
図星だったのは確かだが、それだけではなく、あのとき己に嫌気がさしたのだ。
もう18だというのに、自分は左近に気を遣わせてばかりいる餓鬼なのだということをまざまざと自覚し、そしてこんな子供地味た思いはきっと左近は知らないだろうから、一瞬でもその気遣いを煩わしいと…余計な世話だと感じてしまった。
無意識下に出てしまった手がしでかしたことに気付いたときにはもう遅く。
左近の周りの空気が滑るように入れ代わり、据わった目から感情が消えていくことを知って恐怖した。
ここで、いつも終わってしまう。
いくら自分を理解してくれている者であっても。
迷いなく互いを友と呼べる仲になった者であっても。
相手への嫉妬や、苦し紛れの言動がぽろりと零れ出てしまったその瞬間に、みんな表情が一変して離れていって、終わってしまう。
…左近。
心の中で名を呼ぶ。
俺が口答えしたりわがままを言ったりしたとき、いつも優しく笑って抱きしめてくれる無二の存在。
そんな彼が、今までの奴等と同じように離れていこうとしている。
そんなのは嫌だった。
あいつがいなければ、俺はもう何も出来ない。
どうしよう。
どうしよう……
足を開けば気を良くするだろうか。
身体を好きにさせてやれば、またそれをこちらが望むような仕草をすれば、また俺の元に戻ってきてくれるだろうか。
「……」
いずれにせよ、今は顔を合わせられなかった。
絶対に愛想を尽かされた。
尽かされても仕方ないことを、きっと俺は左近だけでなくたくさんの奴等にもしてきてしまったのだろう。
引き止める方法といえばどうしても情交に頼ってしまう。
しかし、それをもし拒絶されたら…?
嫌いな者を抱くなど有り得ないのではないか。
それを思うと怖かった。
…否、左近が怒っているかもしれないという状態が怖かった。
きゅっと唇を噛み締めて浴衣をとっ掴み、湿った髪のまま脱衣所を出た。
カウンターに旅館から借りていたタオルや浴衣等を放置し、足早にそのまま外へ。
風が強い。
夕日も落ち、闇がじわじわと空を浸食し始めている様はさながら今の己の心のようで、いたたまれずに俯いた。
ひょっとしたら、これで左近とは最後になるかもしれない。
離れたくはないが、所詮俺のような子供ではあいつと釣り合わない。…というか、考えるまでもなく釣り合っているわけがないのだ。
今だって逃げようとしているじゃないか。
すぐに左近が追いかけてきてくれると信じて。
顔を合わせるのが怖いから、後ろから強く抱き竦めて欲しくて。
……確か明日の夜には帰って来れるようにするとか言っていたか。
なら、ちゃんと謝ろう。
明日の夜、こちらから出向いて、この間は悪かった、と。
だから、今少し己を振り返る時間が欲しい。
欲張りだとは思うが、今少し…
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