現世乱武小説
片倉キラー(左三)
*視点変更*
運ばれてきた純日本風の夕飯を完食し、空いた食器を適当に押しやった頃、入るぞととても客に対する言葉遣いとは思えない小十郎の声がかけられた。
「はいはい、どうぞ」
応えると障子が横に滑り、予想どおりの顰めっ面をぶら下げた小十郎が座敷には上がらず顔だけを見せた。
「いつ頃帰るつもりだ?予定が立てられねぇんだよ」
「そこらへんの融通利かせるのが仕事でしょう。風呂くらい最後にくださいよ。ねぇ三成さん」
「俺はどっちでもいい」
「ほらね、三成さんも入りたいって言っ――
「言ってないがな」
「言ってねぇだろ」
てるじゃないですか。リセッシュの貸しはこれでチャラにしますから」
どんな向かい風にも屈しない。
それがポリシーでもあるので、少しくらいの反論にはめげない左近だった。
小十郎はそれに言い返すことなく、むっと眉間にしわを寄せて押し黙る。
後半の台詞が効いたらしい。
「……。宿泊料割り引いてやろうと思ってたんだが?」
「へぇ、いつのまにそんなに太っ腹になったんです?」
「違うだろう左近。こういう優しさに佐助は惚れたんじゃないのか?」
さらっと横から口を挟んだ三成に、小十郎の強面が固まる。
心にもないことを言ってきた相手に嫌味を言ったつもりだったが、三成の言葉は毒気がないだけに皮肉も返せない。
自分と小十郎との口論の際には最高の切り札かもしれない。
「そうですね。じゃ、俺等も優しい片倉さんに甘えて割り引いてもらいましょっか」
「ん……だが本当にいいのか?」
「………。…ああ、いい。いいからもうテメェ等ふやけるまで入ってこい。安くしてやるから」
細く長い溜息をついて、諦めたように肩の力を抜く小十郎に礼を言い浴衣ではなく私服の用意をする。
「…島、石田。お前等はこれから二度と客として来るな」
扱いが面倒くせえ、と渋面で言うあたりおそらく本音なのだろう。
しかし支度を済ませた三成はまたもや小十郎を唸らせた。
「そんなわけにはいかん。今回のお前の義にはちゃんと報いなくてはな。ただ遊びに来るなど迷惑だろう」
「……そ、そうか」
…片倉キラーだ。敵にはまわしたくないな。
悪意がなく、寧ろ申し訳なさそうにすら取れる言いように流石の左近も苦笑いしか出来なかった。
膳を片付けるため中に入ってくると、スリッパを履いている三成には聞こえない程度の声でこちらに耳打ちしてくる。
「……お前が仕込んだのか」
「まさか。もとが純粋なんですよ、片倉さんと違って」
「俺以上に不純な奴がよく言う…。だがあれなら確かに朝顔の話も信じるかもな…」
「あ、そういえば佐助信じました?」
「信じるわけねえだろ阿呆。おかげで散々だったんだからな」
「ははは」
「笑いごとじゃねえ…」
「でも仲直り早いですねぇ…。快感にもの言わせたんですか?」
「お前じゃあるまいし…和解したんだよ」
「…そっちのが想像出来ませんって。今度俺のこともその話術で口説いてみてくださいよ」
「お前の解釈は捻くれてるからな。やるだけ無駄だ」
「ええ?いやいやこんな純真な大人いないでしょう」
「左近!風呂に行くのだろう!」
「はいはい、今行きますよ」
つい長くなってしまった内緒話に三成が痺れを切らした。
あんまり放っておくとまた文字どおり尻に敷かれてしまうので、小十郎との不毛な会話を勝手に中断して着替えを腕に引っ掛けスリッパを履いた。
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