現世乱武小説
幸せの源(小十佐)
「佐助…、まさかとは思うが…」
「……うん、そう」
「なんだよ、二人とも心当たりあんのか?」
小十郎と難しい顔を突き合わせていると、元親が楽しさを隠しきれないといった感じで訊ねてきた。
しかし、ここで言えば幸村だけでなく政宗の矜持をも踏みにじることになる。
軽率な行動は許されない。
「あ、あのー…ラブホじゃなくて…ラボ?うん、ラボだよラボ、研究所!」
「えー、研究所ぉ?」
……疑われてる。当たり前か。
「あーなんだ、その…俺の知り合いに研究所勤めの奴がいてな。前に泊まりに来たとき佐助にも紹介したんだが…そいつからだろう」
ナイスフォロー小十郎さんっ
内心小十郎にぐっと親指を立てて称賛し、ちらりと元親の反応を窺う。
なんだつまんねえななどと唇を尖らせていることから察するに、とりあえず納得してくれたようだ。
と安堵したのも束の間。
「…ん、でもさっき旦那とか伊達とか言ってなかったか?」
「はいっ?え、いやっ 言っ…た、かな?」
「ま、別にいっか。んじゃ片倉さん、俺適当にぶらついてっから。政宗帰ってきたら呼んでくれや」
人に冷や汗をかかせるだけかかせて、途端に興味が失せたとばかりに元親はカウンターの奥へと足を向けた。
生来勘のいい元親のことだ。
突っ込んで訊いてほしくないという空気を読んで身を引いてくれたのかもしれない。
別段元親に本当のことを言っても忌避したり軽蔑したりすることはないと思う。
心が広いというと月並みだが、機械と関連しないものには基本的に無頓着だ。
誰もいなくなったフロントで未だ険しい顔のまま揃って佐助の携帯を睨んでいたが、先に沈黙を破ったのは小十郎だった。
「…真田は…怯えてたか?」
「まぁ…でも怖くない人なんていないでしょ」
受け入れる身体として出来上がっていないし、未知の世界なのだから。
佐助の言を受けて、小十郎は申し訳なさそうに首に手をやった。
「当然……お前も、だったよな」
「え…」
思わぬ台詞に二の句が継げなかった。
ここまで顕著に小十郎の感情が出ることは珍しい。
しかし電話中にも言ってしまったことだし、頷く以外にない。
そのまま続けて、でもさ、と少し笑ってみせる。
「いざそのときになったら…安心出来たよ」
その言葉に今度は小十郎が口を噤んだ。
そして僅かに笑い、
「…これ以上ない褒め言葉だな」
照れた様子でもなくそう言った。
喉をくっと掴まれたような、心臓を優しく掬い上げられるような、形容しがたい感覚が胸を満たしていく。
はにかむように笑うと上からさらりと頬を撫でられた。
「笑い方、……今のほうが前よりいい」
「…笑い方?」
言われてみれば随分と満足げに笑っていたかもしれない。
「旦那にも言われたよ。
…幸せそうに笑うようになったってさ」
「そりゃあまた的を射た言いようだな」
「…幸薄そうだったのかな」
「俺にはそう見えたが…?」
「ぇえ!」
くつくつと笑う小十郎に憮然としつつ、そんなに変わったかと触れられた頬の軌跡を軽くなぞる。
確かに以前に比べたら素直に物事を受け入れられるようになったし、感情も自然と出るようになったかもしれない。
だけど、どれもこれも元を辿れば小十郎に行き着く。
今小十郎と離れたら自分はどうなってしまうのだろう。
「今日は旦那たち帰ってこないかなぁ」
「政宗様が真田に逃げられなければな」
「あっはは、旦那も伊達の旦那のこと大好きだから大丈夫でしょ」
上辺だけならいざ知らず、深いところで信じ合った仲の人間関係というものは易々と崩れたりしない。
…だから、小十郎さんと離れたらなんていう心配は必要ないんだ。
こんなふうに自ら安心材料を作って自分に言い聞かせるなんて…
いつからこんなに弱くなったんだろう。
…寄り掛かれる存在が出来たからかな。
ちらりと少し高い位置にある切れ長の双眸を見上げると、問い返すように見下ろされる。
この距離感だ。
これが、俺が今本当に幸せなんだって実感出来る瞬間。
「仕事戻ろっか」
「ああ。…にしても、島の野郎いつ帰るんだ?」
「あーもう夕方かー…。温泉入るつもりなんじゃない?」
「…その前に叩き出す」
「ダメでしょうがっ、一応お客様だよ!」
「あんな客こっちから願い下げだ」
「……ふぅーん、でもそんなこと言いながら付き合い長いよね」
「……」
「……」
「んなこた関係ねぇ……帰れ島ァー!!」
「ダメだってのっ」
最近、気付いたことがある。
…俺、笑える自分が好きだって言えるようになった。
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