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現世乱武小説
四国の馬鹿(小十佐)


処理は想像以上に大変だった。

壁に叩きつけた自分の欲は、掃除用具に溢れるここでは難無く拭き取ることが出来たし、小十郎さんも俺を気遣って外に出してくれたのでそっちも綺麗に拭いた。

が、問題はほかにある。


「……どうする?開けっ放しにしときゃそのうち消えるだろうが…」

「リセッシュない?ファブリーズとかさ」

「政宗様なら常備してるんだが…」

「うーん……いや、でも開けっ放しってのも…」


そう、においだ。

このむっとする独特の青臭いにおいは、元を拭いた程度では消えることはない。


「ちっ…飲めばよかったか」

「口臭どうすんのさっ」


困ったことににおい消しの類のものを持ち合わせていない。

これではせっかく誰も入ってくることなく済ますことが出来たのに、掃除道具を取りに誰かがここに来た瞬間怪しまれる。


そのとき、扉の向こう側から従業員の自分たちを呼ばわる声がした。


「支配人ー、猿飛さーん、どちらにいらっしゃいますかー?」


ぎくりと二人で固まり、唇の動きだけで会話をする。


(え、これ出てく?出てく?)

(馬鹿言え、こんなとこから二人で出たらバレちまう。…人が掃けるまで待つぞ)


息を潜めてドアに耳を当てフロアの気配を探る。
どこ行っちまったかなーなどと独りごちながら足音らしきものは遠退いていった。

完全に物音がしなくなったことを重ね重ね確認し、小十郎がそろりとドアを押し開けて先に外に出た。続いて佐助も僅かな隙間から身を滑らせて用具庫から出る。

スパイさながらに音もなくドアを閉め、ここにいるぞと声を張ろうとしたまさにそのとき。


「こんちはーっす……あ?」

「ち、親ちゃんっ?」

「長曾我部っ…?」


ガラリと横開きの扉を開いて元親が姿を現した。

一気に血の気が失せていくのを感じながら小十郎を窺うと、予想外のことに珍しく目が点になっていた。


「……佐助と…ちゅーがすげぇ人。…確か片倉さん、だよな?何やってんだ?」


用具庫から出てきたところは見られていなくとも、こんな半端な場所に二人で突っ立っていれば当然不審に思う。

逃げ口上が見つからず、なんとか誤魔化そうと必死に作り笑顔を向けた。


「あ、あはは…えーと、ちょっとね!親ちゃんは?泊まりに来たってわけじゃないんでしょ?」

「ん、おう!バイトとか募集してねえかなーと思ってな」

「バイト?…親ちゃんって整備会社の手伝いしてなかったっけ?」


確か元親は佐助がまだ高校生だった頃から、派遣された自動車整備会社に目を留められて改めて学生アルバイトとして来てくれないかと異例の招待を受けたのだ。
生来機械が好きだった元親はすぐに承諾。
土曜日だけの日給労働をしていた。

決して給料は安くないはず。向こうが続いているなら働く必要などないと思うのだが…

しかしそれを言うと元親は苦笑しつつかぶりを振った。


「いんや、辞めてねぇけど他でも稼がねーと…」

「?」

「そんなに貧迫してんのか?」


心なしか気遣う色を滲ませた小十郎の問いには佐助が答えた。


「そんなはずないよ。親ちゃん家は四国一帯の企業を牛耳ってるんだよ?」

「四国……って、日本の四国地方のか?」

「んな大層なもんじゃねえよ」


牛耳るとか響きいいなぁなどとぼやきつつ顔の前で手を振ってみせる元親に、小十郎は異次元の生命物体を見るような目を向けた。


「…御曹司ってことか?」

「あ、凄いのは長曾我部家っていうより親ちゃん本人ね」

「…ますますわけが判らん」


眉間にしわを寄せて訝しがる小十郎に元親が言いにくそうに頭を掻きつつ口を開く。


「……なんつーか…中坊んときに株に手ェ出してよ…」

「中坊でデイトレードなんて知ってたのか」

「遊び感覚だったんだよ。金の大事さなんて意識してなかった」

「……で、それが当たったと」

「…そんな感じ」


はーとほーのあいだのような声で感嘆の意を顕す小十郎が、なんだかちょっと老け込んだように見えたのは内緒にしておこう。

長曾我部家は中学時代の元親により、一気に複数の企業の株主になってしまったという。
そこでとりあえず高校くらいは出ようとなったが、この通り三年間三年生で止まっている。

たかだか二回の留年程度であそこの家の家計が破綻するとは考えられない。
本来なら元親は土曜日の手伝いもしなくていいのだから。


「実は…その手伝い先の整備会社の工場に正式に入らないかっつー誘いがきててよ…」

「……まさかその話ノるのっ?」

「んー…まぁ。そうするつもり」


非常に言いにくそうにぼそぼそ呟く元親に、佐助と小十郎の声が重なった。


「それは親ちゃん…馬鹿でしょ」
「そりゃあお前……馬鹿だろ」


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