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現世乱武小説
悪趣味の代名詞(小十佐)


駆け去った佐助の背中が消えた通路を呆然と見つめていた小十郎は、糸が切れたように挙げかけていた手を下ろすと頭をわしわしと掻いた。


「あのー……支配人…?」

「…あ?」

「ひっ、」


怖々といった感じでかけられた声にぶっきらぼうに応えてやると、こちらの顔を見た従業員の一人が息を飲む。
構わず続きを促すと、泣きそうに身をびくつかせつつ従業員がやっぱりいいっす、と引き下がった。


「…言え」

「い、いやったいしたことな」

「言わねぇかァ!!」

「ひぃぃぃいっ!!」

持っていた万年筆をバキィッとへし折って声を張ると、従業員は涙目になりながらも言います言いますと連呼した。

「さっ、猿飛さん…泣いてたんじゃないっすか…?」


半泣き状態の従業員の言葉に、無意識に眉が吊り上がる。


「…なんだと?」

「ややややっぱりなんでもないっす!!」


…泣いてた?

佐助が?


だから言いたくなかったんだなどと同僚に泣き付く従業員を尻目に、小十郎はつい数分前の佐助の様子を思い出していた。


――寂しいな


今まで佐助がそんなことを言ったことがあっただろうか。
消え入りそうな、憂いを押し隠すような響きを孕んだ声…


「ちっ、島が余計なこと言いやがるから…」

「……でも支配人、俺が支配人でも…さすがに猿飛さん相手にアレは言えませんぜ…」

泣き付かれたほうの従業員が、神妙な面持ちで呟いた。

「あの方は常識を判ってらっしゃるでしょう。いくら冗談が通じるとはいえアレは…」


アレ。

左近がここにいた理由にも大きく繋がるそれは、
"溜め込むとヘソから朝顔が咲く"
とかいう、笑えもしなければロマンもへったくれもない内容のものだった。

最初に聞いた瞬間、何をこいつはまたとち狂ったことをぬかしてるんだと呆れたが、左近の話はそれで終わりではなかった(…まぁ仮にそこで終わりだったとしたら、いちいちそんな報告しに来るなと何かしら制裁を加えただろうが)。
なんと、そんな疑いようもないでたらめを三成は信じたというのだ。


『それで言いにくそうにしてたことも言ってくれましてね。片倉さんも佐助に試してみてはどうです?』

『……あのなぁ島。普通信じるわけねぇだろうが』

『三成さんも初めは疑ってましたがね。最終的には、左近も何かあったらちゃんと言うのだぞーですよ』

『…どう丸め込んだか知らねぇが、お前らは馬鹿か』

『知りたいですか?』

『全力で遠慮する』


これは佐助が来る前のやり取りだ。
三成がそんな話を信じるのは、おそらく左近の話法に上手く搦め捕られたからだとして…

問題はいきなりそんな発想を持ちかけてくる左近のほうだ。
三成に通じたからといって佐助に通じるかといえば、そうではない。

…まぁ、狡猾なあいつのことだ。
どうせ佐助が信じないのを前提に俺に言ってみるよう促し、信じたならそれでよし、予想通り信じなければ話を持ち出した俺が引かれる光景を見ることができる。
…と、そんなところか。


「…悪趣味の代名詞め」


今は恋人に怒られているであろう適当男をぼそっと罵り、さてと思考を切り替える。

本当に泣かれたとしたら随分厄介なことになったものだ。
すぐに泣いてしまうような女の相手ならどうにかなるが、普段から心の内を隠して弱みを見せない男の涙は初めて。

隠しごとといえば隠しごとかもしれないが…
内容がぶっ飛んでいるだけに本当のことも言いにくい。


「…なんて言ってる場合じゃねえか」


隠しごとの内容がどうであれ、言うか言わないかとなれば当然言ったほうがいいに決まっている。


「……」


厨房から帰ってきたら説明するか。

ひしゃげた万年筆をデスクに放り、がしがしと頭を掻いた。


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