現世乱武小説
俺たちの子供(小十佐)
朝日に照らされた砂利を靴底で踏みしめる。
午前8時。
結局片付けや家事などを信玄に一任し、ピンクのロングTシャツを着た幸村を見送って自分も支度を済ませるなり家を出た。……というか追い出された。
色恋沙汰には鈍そうに見える信玄のことだから、他人の恋路にも無頓着かと思っていたのだが予想に反して世話を焼きたがる。
きっと大将を構成する二分要素たる情熱と世話焼きが、見事に旦那と俺に注ぎ分けられたのだろう。
となると、親子で似ているところがあるということに別段遺伝子は関係していないということになる。
要は生活習慣が必然的に似させるのだ。
そういうことなら、違う習慣で育った男女が一つ屋根の下で暮らす結婚生活なんてのは随分互いの無理を押していることになる。
そんな中で重視されるのが相性。
それは占いなどではなくもっと唯物的な、性格面や肉体面。
尤も、結婚を前提に考えるなら性格面を何よりも初めに見なくてはならないのだが。
つまり。
俺様と相性が合っちゃってる小十郎さんとなら、そこそこな家庭が築けるはず。
子供が出来たらさぞお節介な子に育つだろう。
「……子供かぁ」
「子供がどうかしたんすか?」
唐突に背後から声をかけられた。
肩を跳ねさせてばっと振り返れば群青色の羽織を身につけたリーゼントの男。
「こ、子供…可愛いよねっていう……瞑想を…」
我ながら苦しすぎる。
くそっ、後ろを取られるなんて…
しかし男はたいして気にしていないようで、悪い人相に人懐っこい笑みを乗せた。
「猿飛さん、オーナーの代理っすよね。今日一日、なんでも言い付けてやってくだせぇ」
「あ、ああ…はい」
「しっかしずっと突っ立って…何をしていらしたんで?」
佐助がいたのは従業員の駐車場。
旅館の裏口に入るにはここを通らなくては行けないのだが、あれやこれや考えているうちに無意識に足を止め、更には独り言まで漏らしていた。
傍から見たら薄気味悪い光景かもしれない。
ちなみにばっちり視界には小十郎さんの愛車、ベントレー(前に車種を教えてもらったのだ)が収まっている。
「いやっ何ってほどじゃないから……あははは」
「そうは見えやせんでしたが…
まっ、支配人は事務所で島の旦那と一緒なんで。行ってみてください」
「あ、そっか。島さんとみっちゃん泊まってるんだっけ」
「みっちゃん……えーと、あの別嬪さんのことですかい?……どうも取っ付きにくいっていうか…」
「感情表現が苦手なだけだよ。みっちゃんって呼べばすぐに反応してくれるから試してみ?」
「へぇ、みっちゃんっすか…」
男が、今度やってみますと楽しげに笑い、裏口に到着した。
扉を開けてもらい、中に入って控えめな声量で挨拶を投げる。
男は客室の掃除があるからと、佐助に一礼して通路を進みカウンターを左へと曲がって行った。
それを見送ってから足を進める。
朝の旅館は忙しい。
裏口を直角に曲がった通路を更に直進すると、地下の厨房へと続くエレベーターがある。
ちょうど朝食を運ぶ時間帯だったらしく、チーンという小気味よい音と少しずれて両開きの扉が開き膳が乗ったカートを押して従業員が出て来る。
佐助を認めるなり笑顔で頭を下げる彼等は本当に礼儀というものを弁えている。
それは固すぎる形式張ったものではなく、しかし人として必要なものはしっかり保っている気持ちのいいものだ。
カートを転がす従業員に場所を譲り、ようやく事務所に顔だけ突っ込んだ。
「おはようございまーす」
中には二人の従業員と支配人、そして男の言っていた通り客であるはずの島左近がいた。
「おっ、オーナー代理、おはようございやすっ」
「おはようごぜぇやす!よろしくお願いしやすぜ」
「…おう、迎え行けなくて悪いな」
「んじゃ、俺は退散しますかね。佐助、代理頑張れよ」
それぞれに挨拶を返してもらう中、左近が椅子から腰を上げて脇を抜けて出ていこうとするので慌てて呼び止めた。
「ちょっ、話してたんでしょ?俺様はいいから構わないで続き…」
佐助がいるのに小十郎を自分が占領していては申し訳ないと思っているのだろうと踏んでそう言ったが、左近はなんとも楽しげに笑うと首を緩やかに横に振った。
「俺は片倉さんが一人じゃ可哀相だから傍にいてあげただけだ」
「テメッ…適当なことぬかしてんじゃねえ!そろそろ戻らねぇと石田に文句言われっから帰るだけだろうがっ」
泣く子も黙る形相の小十郎の怒声を涼やかに頬で跳ね返し、左近は佐助と従業員に軽く頭を下げて出ていった。
…うん、きっと小十郎さんの言う通り、部屋に戻ったらみっちゃんに怒られるんだろうな。
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