現世乱武小説
愛故に…(小十佐)
途中だった朝食も作り終えた頃、信玄が居間に来た。
「あ、大将。ちょうど出来たとこっすよ」
「うむ、いつもながら良い手並みじゃ」
大仰に頷いて台所の椅子に着く信玄の前に、茶碗にほっこりとよそった熱い白米や固めの目玉焼き、鮭の塩焼きなどを並べているとバンッと勢いよく廊下に続くドアが開かれた。
「お館様!おはようございますっ」
「う…、む…?」
幸村の声量に応えようと意気込む信玄を裏切って、喉を突いて出たのは間の抜けた疑問符。
それもそのはず、原色を好む幸村がピンクの服を身につけて爽やかな顔付きでドア口に立っていたのだから。
政宗からの要望である云々のことの成り行きを知らない信玄からしたら、衝撃に固まるしかないだろう。
「早いな幸村。……して、今日はどこかに行くのか?」
「はいっ、政宗殿と……え、映画を…」
もじもじと恥じらいながら言う幸村を見、次いで佐助を見遣る信玄。
…なんだろう。
威圧的な顔付きの信玄の視線に内心たじろぎながらも見詰め返していると、何食わぬ顔で訊ねてきた。
「お主はよいのか?」
「……え、」
時間が止まった。
信玄には他意はないはずだ。
単に、幸村が男友達と出掛けるのにお前は行かなくてもいいのか、というニュアンスで訊ねて来たのだろう。
そもそも信玄は、幸村に彼女ないしは特別な存在が出来たことこそ気付いているかもしれないが、まさかそれが政宗だとは思っていないわけで、俺の今しがたの受け取り方は明らかな誤解であるわけで。
つい小十郎とそういうところに行かなくていいのかと問われている気がして、普通に反応を返すことが出来ない。
そんなことを考えておかしな挙動をしている様子をどう捉えたのか、信玄が瞳を曇らせた。
「…佐助よ、お主は高校を卒業してからというもの、仕事に繰り出してばかりで友人との時間を取れていないな」
「えっと…まぁ、いやっでも小太郎やかすがとかもいますし…」
「あくまでも仕事上の付き合いであろう」
「それは……そうっすけど」
高校時代は主に元親といたし、進級すれば幸村やら騒がしい年代が入って来て何かとつるんでいた。
そのためか、幅広く顔が利くようになり今でもいろんな垣根を越えた連中と連絡を取ったりはしている。
が、確かに顔を合わせたのは何年も前だ。
会いたかったら家を空けてもいい。
そんな意を含んだ物言いの信玄に、出来るだけ相手が気負わないような明るい笑顔を向けた。
「大丈夫ですって。会おうと思えばいつでも会えます。
寂しいとも思ってないんで……お気遣い、痛み入りまっす」
そう。
寂しいとは思わない。
特に最近……小十郎と出会ってからはそうだった。
「……左様か」
「あ、でも代わりに…」
遠慮していると思われているのかもしれない。
信玄の下がった眉につい余計なことを口走った。
出かけた言葉を飲み下し、しまったと思うもののもう遅い。
「……あ、や、なんでもないっす」
「何を隠す必要がある。言わぬか」
「……」
「佐助」
「………あの、今日伊達の旦那の代わりってことで旅館の手伝い…」
「…ほぅ。案外、お主も楽しんでおるようじゃな」
「ぐっ…」
ほらね!ほらねっ!
大将に言うと腹のうちが読まれてやなんだよっ
そんな心の叫びなど露知らず、信玄は「構わぬ、行ってこい」と優しげな笑みを称えて力強く頷いた。
それを見ていた幸村が、一通り恥ずかし終えたようで素面に戻っており、今度は申し訳なさそうにしゅんとしていた。
「すまぬ佐助、あとでちゃんと片倉殿との時間は設ける故…!」
そんなはっきり言うなよ旦那ぁぁあ!!
恐る恐る信玄を見てみれば、すべてを包み込む大きな笑顔を向けられた。
なんだよ……なんなんだよっ、俺様可哀相っ!
「ほら旦那っ、さっさと食べてさっさと行く!伊達の旦那待ってるんでしょ!」
「ぬぉ!もうこのような時間か!急がねばっ」
「佐助、片付けは儂がやろう。食い終えたらお主も出立の支度をしろ」
「そっ、それはさすがに…」
「佐助ぇ!お館様がそうおっしゃっているのだ、何を躊躇うことがある!」
「その通りじゃ。…早く会いたくはないのか?」
「……。…はーい」
たまに大将と旦那はわざと俺を貶ようとしてるんじゃないかと疑ってしまう。
見守られているという安心感と嬉しさと、邪気のない土足行為に複雑な思いを抱きながらもそもそと朝食を咀嚼した。
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