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現世乱武小説
念には念を(左三)


なんとも言えない脱力感を覚えながら胸まで湯に浸かり、檜の縁に腕をもたれさせて溜息をついた。

視線の先には、洗い場を適当に洗う広い背中。


中途半端に溜まっていた欲を、今しがたそこに吐き出したのだ。
結局左近にすべてやってもらった形になるのだが、なんというか……朝っぱらから女のような声で喘いだ自分にげんなりしている。

初めて抱かれたときは前だけでこんなに乱れなかったはずだ。
それが、後ろを弄られたわけでもないのにとんでもない嬌声を発し、勘違いでなければ後ろの内壁が物足りないようなむず痒さを持っていた気すらする。

……、…いや、きっと勘違いだ。
俺の感度がよくなってきてるんじゃないかなんて俺の思い過ごしだ。


「どうしたんです?怖い顔して」


いつの間にか洗い場に桶を置いて浴槽に入りながら左近が訊ねてきた。

自分の変化は、自分自身よりも周りのほうが判るという。

…左近に訊いてみるか。


「……左近、ひとついいか?」

「はい」

「…お前は俺の……」


待て。
俺は今この男に何を訊こうとした?
お前は俺の感度がよくなってきていると思うか、とか言おうとしなかったか?

…危ないところだった。
そんなことを口走った日には何をされるか判ったものじゃない。


「三成さん?俺の、なんです?」

「え……あ、そうだな…俺の……俺のー…俺のプリン食べただろうっ」

「……」

「……」


…うむ、これは苦しいな。

我ながらそう思うが、つい勢いに任せて言ってしまったというのもあって今更弁解出来そうもない。


「プリンって…三成さんのところの冷蔵庫のプリンですか?」

「そっそう!そうだ!」


目を丸くして問い返してくる左近に対し、大仰に腰に手を当てて威張ってみせると怪訝そうに眉を潜めて首を捻られた。


「…んー、いや……たとえ賞味期限切れそうでも食べませんよ」

「え、う…そ、そうか、ならいい」

「で、本当はなんです?」

「ッ!?ななななんのことだっ?」

「そんなに一生懸命誤魔化さなくても、脈絡なくあんな話振られれば誰だって怪しく思いますって」


小さく笑ってそう言われ、さすがに言葉に詰まった。
くそ…絶対言わんぞ。


「あ、ああ…あれはなんでもない」

「…なるほど。口に出来ないようなとんでもないことを考えていたんですか。まったく三成さんったら…」

「違っ…!」

「んじゃ、言えるでしょう?」

「ッ……」


さっと顔を逸らすが、視界の端にはにやにや笑う左近を捉えることができ、居心地の悪さを感じる。


「な、んでも…ない」

「あんまり自分の中に溜め込むと、へそから朝顔が生えてくるらしいですよ」

「……は?」


一瞬左近が何を言い出したか判らなくなり、素っ頓狂な声で訊き返した。

…へそから……朝顔?溜め込むと?

……適当なことばかり言う奴だ。
俺が信じるとでも思っているのか?


「……左近、」


馬鹿にするのも大概にしろ。
出そうになる溜息を堪えつつ名を呼ぶと、やはり信じませんかとこちらが信じないことを予期していたように、別段落ち込むでもなく首を竦めた。


「誰も信じてくれないんですよね…」

「当たり前だろうっ、そんな馬鹿げたことが本当なら日本は朝顔で溢れているぞ!」


というか他の奴にもこんな話を持ち掛けられる本人の神経の太さにまず感心だ。

しかし、左近は次になんの悪びれもせずに口を開いた。


「でも実際俺の昔の同僚が朝顔咲かせたんですよ。あれには片倉さんも俺も度肝抜かれましたね…」

「……なんだと?」

「相当痛いらしいですよ。へそに直接根を張りますから…下手に抜こうとすれば出血は免れません」

「え、ちょ、ちょっと待て。……本当か?」


まるで脳裏にその当時の情景が浮かんでいるかのように、遠くに目をやり神妙に言葉を紡ぐ左近の様子に背筋に冷たいものが走る。

こちらの問いに左近は苦笑を以て頷いたので、そのあとはどうしたと勢い込んで訊ねた。


「もちろんそのままには出来ませんからね、手術ですよ」

「しゅ…っ!?」

「術後は辛そうでしたよ…。深くまで根が浸蝕していたようで、取り除くのにだいぶ大きく切りましたから」

「……そ、そうか」


他人事なのに……何故だ。


へそが痛い気がする。


じくじくと中から何かが這い上がってくるような、漠然とした痛み。


…まさか。

まさか俺も…?


「ッ…左近!!」

「うわっ」


左近に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。
珍しく狼狽る左近など構わず、ぐっと逞しい二の腕を掴む。


「………話すから……聞けっ」

「よ、喜んで…」


…信じてはいないぞ。
念には念を、だ。


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