現世乱武小説
食欲は貴方だけに(左三)
それから暫くしてばたばたと廊下を走り回る音がしていたが、少しするとそれもなくなった。
佐助が帰ったのだろう。
なんとも人騒がせなカップルだ。
「その点、俺たちはモラル守ってますよね」
「……は?」
なんの前ふりもなく薮から棒に訊ねてみると、浴衣を綺麗に着なおした三成がぽかんと口を開けて間抜けな声を出した。
休みの日なんて遅くまで寝ているのが普通だからと言ってさりげなく二度寝宣言をする三成を制し、半ば強引にテレビを見させていた。
土曜の朝の番組など見たことがないとぶすくれていた割に、回し続けていたチャンネルを固定してちゃっかり食いついているあたり可愛くて仕方ない。
「なんでもありませんよ。俺たちはいい恋人だって言っただけです」
「っ…な、なんでもないならわざわざ言うなっ!」
テレビの前を完全占拠している三成がふんと顔を背ける。
顔を隠したつもりなのだろうが、耳の後ろまで赤くなっているため意味はない。
白い肌を持つ三成は、軽く引っ掻いただけでもすぐに赤くなる。
痛々しいほどくっきりとした赤は、陶磁の肌によく映えて綺麗だ。
…だからついつい痕をつけてしまうのだが、それを発見する度に怒る彼がまた可愛い。
その怒りは、照れ隠しが過ぎたものだと知っているから。余計虐めたくなるのは、何も俺だけではないはず。
「…左近」
「はい?」
「…………」
「……?」
テレビに向き直っていた三成に呼ばれて応じたが、不機嫌そうに自分の名を発音したきりしらばっくれるかのように押し黙っている。
聞き間違いではないと思う。とりあえず布団に下半身を埋めたままなんとなく居住まいを正して次を待つと、少しして三成がぽつりと零した。
「…やはり土曜はつまらん」
「……。……ぷっ、くくっ…」
「っ、な 何故笑う!」
「わ、わらっ…笑ってませんよ…?」
「そんなに肩を震わせておいて…!説得力皆無だぞっ」
いや、だってさっきまであんなにテレビにかじりついていたくせに、集中力が切れた途端これだ。
切った張本人であるこちらとしては嬉しいことだが、それに気付かず番組に悪態を付いている幼さについ笑みが零れる。
笑われている原因が判らず顔を真っ赤にして喚く姿に未だ笑いを堪えていると、ずかずかと大股で距離を詰めべしべしと頭を叩かれた。
すかさず手首を掬って引き寄せてやると、う?という不明瞭な音と共に三成が胸に倒れ込んできた。
即座に起き上がろうとするのを押しとどめて背に手をまわし、自らの胸に頭を押し付けるようにする。
「さ、こんっ…!」
「なんでしょう」
「何ではないっ……離せっ、」
がむしゃらに腕の中で藻掻く細い体。
捉えた手首は同性のものとは思えないほど華奢で、今度夜食でも勧めてみようかと思案する。
少しくらい太ったほうがこちらとしても安心するし、肉付きがよくなれば新しい手触りを堪能出来るかもしれない。
まぁ後半は私欲だとしても、三成は実際細すぎる。
身長と相俟っていて一見違和感はないが、周りと比較すれば一目瞭然。
三成のことを思って巡らせていた思考を遮ったのは、外ならぬ彼の理不尽な頭突き。
……顎に入った。
「ッ……い、痛いです…」
「離せと言っているのだ!五回言ったぞっ」
本当に痛かった。
最近三成さん、やたら俺に手を上げてないか…?
あ、いや今上げたのは頭だが。
「まさか……そっちの道に目覚めた、とか…?」
「……なんの話か知らんが、離せと言っている。六回目だ」
「折角捕まえた可愛い人をみすみす手放すと思いますか?」
「っ……す、好きにしろっ!!」
吐き捨てるように言うと、三成の頭が胸にぐりぐりと苦しいほどに押し付けられる。
項まで赤くして…本当にこの人は俺の嗜虐心を擽ってくれる。
それに、昨日俺としてはやる気でいた。
三成さんはここは旅館であって自分たちは客なのだから、と確実に拒むのだろうが、それを押し通してでもこういった違う雰囲気の場所でというのを味わわせてみたかった。
それが、あろうことかこの孤高の気まぐれ猫は早々に寝てしまったのだ。
いくつか離れた部屋からは情交の声が届いているというのにそれはないだろうと、かなり気落ちした。
特に隣から穏やかな寝息が立ちはじめてからは拷問だった。
無防備な寝顔にノックアウトされるのに、もっと見納めたくて覗き込めば再度瞬殺される。
よく寝れたな、俺…
「はぁ……食べたかった…」
ぽつりと零した無念の呟きに、三成が腕の中でもぞもぞ動いて目だけを覗かせる。
胸に抱いているせいで必然的に上目遣いになるのだが、それがまたきょとんとしていて可愛い。
「何をだ?」
「何をでしょうねぇ…」
無自覚な可愛さというのも困りものだ。
…いや、無自覚だから可愛いのか?
……、…違うな。
三成さんだから可愛いんだ。
他の男が同じことをしたところでなんの感慨も抱かない。
よく判らないと言いたげな色素の薄い瞳と視線が交わる。
力のない微笑を返しつつ、"食べたかった"ではなく"食べたい"に訂正した。
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