現世乱武小説
どんなに小声でも(左三)
*視点変更*
「んぅ…」
息苦しさに目が覚めた。
うっすらと目を開けるが視界は一面真っ黒で、一瞬ここがどこだか判らなくなる。
とりあえず胸の上の重りをどけようと手を這わすと、指先が温かく弾力のあるものに触れた。
一拍置いて、それが腕だと気付く。
もちろん俺のではない。
「……さこん」
腕の持ち主の名を心持ち舌足らずな声で呼んでみるが、動く気配はない。
どかそうと試みるも、持ち上げることはできず腕を腹の上にずらすことができただけ。
なんだかさっきより息苦しくなった気がする。
「っ……起きぬか、馬鹿者っ」
「ん、…」
どうにもならず腕をびしびし叩いてやると、鼻にかかった呻きが側頭部に直接かかり思わず硬直した。
さらにこちらの髪に鼻先を押し付けてくる。
まるで動物が擦り寄ってくるみたいに、だ。
その触れ方は嫌だと体をよじるが、そうはさせないとばかりに腹の上にあった手に抱き寄せられ、結局先より更に密着した状態に収まってしまった。
なんだかもう布団の下で浴衣がぐちゃぐちゃになってしまっていて、無理矢理腕を払いのけて起きても酷い身なりだと思うとそれもしたくない。
「…随分早いですね、起きるの」
そう言われてみれば、室内が全体的に暗い。
視界が真っ暗だったのは左近のせいだけではないらしい。
「…何時だ」
「それを俺に訊きますか」
苦笑を返されてしまったが、確かに左近に訊ねたところで俺以上に判らないだろう。
枕に頭を埋めたまま壁にかかった時計を見上げるが、そこに時計があることが判る程度で針までは見えない。
「まだ夜だ」
「…なんか騒がしいみたいですね」
適当に言ってみたものを軽く流され内心憮然とするが、確かに何やらくぐもった話し声が聞こえる。
そもそも自分が起きたのも叫びにも似た、凡そ人が発したとは思えぬ奇声がどこかからか聞こえたからだ。
少しして、どこかのドアが開く音がした。
「……佐助の声?」
「…に聞こえますね。あと伊達さん…?」
耳をそば立てながらぼそぼそと二人で言葉を交わしていると、それにしても、と左近が笑みを含んだ声音で呟いた。
「昨夜はすごかったですねぇ」
「…ああ、佐助も頑張るな」
昨夜。
実は小十郎と佐助の情事の声が、微かにではあったがこちらにまで漏れていたのだ。
とはいっても聞こえてくる声は佐助のみのもの。
普段の話し声からはまるで想像が及ばない艶のある声だった。
別にこちらには関係のないことなのに、三成はやたらそわそわして左近のことが直視出来ず、終いには寝る!と断言してまだ10時前だというのに布団に潜り込んだのだ。
確かあのあと、たいして眠かったわけでもないのに知らないうちに微睡んでしまい…
「…お前、布団敷かなかったのか」
「ええ、一つあれば十分ですから」
当然と言わんばかりの顔、殴ってもいいか?
「お前は普通よりでかいほうだと思うぞ。1.5人分だ」
「そのぶん三成さんが普通より小さいじゃないですか。0.5人分です」
「…俺がお前の三分の一なわけないだろう」
「いやいや、縦と横、厚み、すべてを鑑みればいけるもんです」
不毛な応酬をしていると、突然絶叫が聞こえた。
あまりにも悲痛なそれに、思わずがばりと身を起こす。
「佐助…何かあったのか?」
「あんな寝言はないでしょうからね。ところで…いいんですか、三成さん?」
たいして大事としていない物言いの左近。対岸の火事としか捉えていないのだろう。
左近の問いの意味が判らず何がだと返したと同時に、相手の視線の先を認識して合点した。
衿が緩みきって大きく肌が露出した胸部。
寝乱れて目茶苦茶になってしまった浴衣のことを瞬時に思い出し、半秒遅れてばっと布団を胸に掻き抱く。
くつくつと喉の奥で笑う隣の男が欝陶しい。
――いいんですか。
伏せられた言葉の全貌は、朝から俺に見せ付けていいんですか、だ。
判ってしまう己が悲しくて仕方ないが、それも一緒にいられるからこそだと思えば頬が緩む。
が、それも腰にまわされた腕によって強張った。
「……朝だぞ」
「三成さんがさっき夜だって言ったんじゃないですか」
「なっ……き、聞いていなかったんじゃないのか…?」
「はっはっは、左近が三成さんの言うことを聞き漏らすはずがないでしょう」
「っ〜!」
この男はっ!
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