現世乱武小説
新しい種(小十佐)
「お、戻ったみてぇだな」
政宗も音に反応したらしくぱっと顔を事務所のほうに向け、掴んでいたこちらの両足首を不意に手放した。
つまり宙空でいきなり支えがなくなったわけで。
それはもう落ちるしかないわけで。
自分で落下を阻止することだってもちろん出来るだろう。
しかし今の佐助は、そんな芸当をこなせる身体ではない。
どっと両の爪先が布団の上に不時着すると、想像を絶する激痛が迸しった。
「のぉぉぉおおっ!!!」
「Ah?No?」
腰に手をやり塩をもらったナメクジの如く悶絶する佐助に、いまいち何を騒いでいるのか判っていないらしい政宗が首を傾げている。
と、そこへ救世主が現れた。
「情事後の腰の痛みは尋常ではありません。政宗様も、真田とそのようなことに臨む際はどうか労ってやってください」
「小十郎!目当てのもんはあったか?」
「ええ、朝一で行った甲斐がありました」
小さく笑って手に持っていたビニール袋を軽く持ち上げる小十郎。
そうしながらも座敷に上がり、塩をまぶされたナメクジばりの動きでもんどり打っている佐助の隣に膝をついた。
腰に手を添えて優しくさする小十郎の目元は、何やら慈しみに溢れている。
…ど、どうしたんだろ。
いや、いつも優しいことは優しいけど…
やけにおおらかになっちゃって…
「動けねぇよな…?」
「う、うん」
……。
あ…甘い!
なんだこれ…てか小十郎さんどうしちゃったのさっ
この砂も吐く気になったら吐ける甘さに耐え切れなくなったのは、佐助ではなく政宗だった。
「お、お前らなぁ…」
わあ、ぷるぷるしてる。
口は笑ってるのに体中のどこも笑えていない。
「なんなんだ!ええ!?どうしたらこんなあっっっまい空気作れるんだっ?見てるこっちが恥ずかしいわ!!」
頭を抱えたり大仰に天を仰いだり、喚き散らす政宗には一瞥もくれず佐助の腰……というか背中を撫で続けている。
…様子がおかしい。
そう思い、政宗の嘆きをBGMに首を巡らせて小十郎を見遣った。
「ねえ小十郎さん、なに買ってきたの?」
原因はきっと買物だ。
朝一と言っていたけれど……朝市ではなさそうだ。
そもそもいくらなんでもこんな朝とも言い難い時分にはまだやらない。
袋の大きさは一般のノートにも及ばない。
まあ…厚みは多少あるようだが。
佐助の質問に、小十郎は思わず訊き返したくなるような答を返した。
「あぁこいつか……野菜の種だ」
「…はい?……や、野菜?育てるの?」
「まあな。有機農業だ」
「へ、へぇ…」
気のない相槌しか打てなかった。
だって…なんで野菜?
急にどうしたの?
しかも有機とかちょっと凝ってない?
なんだか失礼な気がして何も訊くことができない佐助に、一通り喚いた政宗が(単に甘い空気が消えたから元に戻っただけかもしれない)補足した。
「小十郎、自分の畑持ってんだよ」
「……自分の?…って、え、うっそ、すごくないそれっ?」
「売ったりできるほどじゃねえがな」
「確かにな。でも俺は市販のより小十郎の野菜のが好きだぜ?」
「政宗様…!」
なんでも、この時期はキュウリがたくさん取れるのだそうだ。
ナスなんかも早いものは結構立派なものが取れるらしい。
畑自体は従業員用の駐車場にあるとか。
新しく入った種を買う。
それが小十郎の流儀であり、それほど野菜に愛情を注いでいるという。
今回も買いはぐらないよう開店前の得意先に押しかけたらしい。
要するに今の穏やかさは野菜が引き起こしたもの。
別に落胆はしないが、拍子抜けした。
「手入れとかする暇ないでしょ。どうしてんの?」
「いや、毎朝畑には行ってる。今から行くつもりだったが…」
そこで言葉を切ったが、視線は明らかにこちらに注がれていた。
甘い雰囲気は野菜のせいだったが、それを抜きにしても心配してくれているようだ。
「俺様なら平気だよ?」
「何ぬかしてやがる。車にだって乗れねぇだろ」
「んー……でもほら、乗っちゃえば楽だし」
「……」
「ああ。鬼みてぇだけどよ、佐助にはワケあって意地でも帰ってもらわなきゃならねえ」
難しい顔をする小十郎に政宗が唸りながら言った。
「……判りました。担架を持ってきましょう」
「担架!?」
「俺も手伝う」
「え、や…担架!?」
部屋から出ていく小十郎と政宗。
置いてきぼりを食らった佐助は、寝転がったまま溜息をついた。
政宗が言うところの「ワケ」というのが、まさか幸村の朝飯を作るためとも知らずに真剣な面持ちで小十郎は担架発言をした。
それが自分を気にかけてくれた末の発言であることが判り、嬉しいやら気恥ずかしいやらで複雑な心境になる。
とりあえず、仕事が一段落したら小十郎さんの畑の手入れを手伝ってみようかな。
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