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現世乱武小説
 ケダモノの起こし方・陸


感心したふうに顎に指を添え、小十郎が傍に寄って膝を折る。
そして持っていた佐助の衣服をいそいそと着せはじめた。

悶絶しながらも素直にそれに応じ、時間をかけつつとりあえず人前に出られる身なりになる。


「そのへん座ってろ」

「……はーい」


カーテンを開けると、つい先程まであった夕焼けはなくなり、薄暗く肌寒い空が一面を覆っているのが見えた。

グラウンドは角度でちょうど見えないが、この時間でも各地で部活動に専念している生徒は全校生徒の半分はいるだろう。


こんなに周りに普通の人いたのに…
思い返せば返すほど恥ずかしくなっていく。
…いや、恥ずかしいというなら、出した欲望を慣れた手つきで小十郎に拭われているということだ。

確かに今何は作業出来る状態じゃないけどさ。落っこちたし。


「あ、そうだ。今日片倉さんとこ泊まっていいの?」


まだ時刻は夕方。
送ってもらったとしても夕飯はおそらく買うことになる。

小十郎は一通り掃除を終えて立ち上がりながら口を開いた。


「5時に帰ればいいんだろ?用がねぇなら泊まってけ」

「じゃあ旦那に一言入れとかないと」


ポケットから携帯を出してカコカコとメールを作成していると、使っていた雑巾を掃除用具のほうに適当に投げて小十郎が嘆息した。


「真田なぁ…あいつ、飯のひとつも出来なくてどうするんだ?」

「何その嫁失格みたいな言い草。旦那に火気なんて扱わせちゃ火事になるよ」


苦笑混じりに言うと小十郎は納得したように頷く。


「……そうか。真田がやらねぇんじゃなくてお前がやらせねぇのか」

「まあ…だってリンゴの皮剥きだって満足にできないんだよ?前に油に火ィ移したこととかあってさぁ、あれはすごい騒ぎだったなー」

「……そりゃすげえな」


壮絶な情景を思い出し、気が遠くなるような溜息をひとつ。
容易に想像出来たのか、小十郎も同時に息を吐いた。


「二人暮らしなんだろ?一人にしていいのか?」

「大丈夫でしょ。お風呂の入れ方も教えてあるし」

「……ガキか」


小十郎は呆れているが、熱湯好きの幸村に任せたら大変なことになるため、佐助にとってはなかなかの死活問題だったりする。


「てか…もしかして洗ってくんないわけっ?」


掃除用具のロッカーにあったバケツにぴろんと垂れ下がった雑巾。
あまりの自然さに先程は見過ごしてしまったが、その雑巾は散々佐助のを拭き取ったものだ。

それを何も知らない生徒たちが使う教室に洗わずに放置するだなんて…

どんなプレイだよ…


考えるのも恐ろしい。

立ち上がり、頼んでも動いてくれないであろう小十郎を押しのけて、軋む肩を庇いながら雑巾を拾う。

やっぱりさ、なんていうか……放置したら俺が虚しいじゃん?仮にも種だし。


「ほっときゃいいだろ、そんなもん」

「…なんかやだ」

「綺麗好きなのは知っていたが……そんなに潔癖だったか?」


小十郎にはこの羞恥が判らないらしい。
そういうのには頓着しないのかもしれない。

と言っても小十郎は教師。
立場的に、本来なら学校のものなのだからちゃんと洗えと生徒を叱咤するはずだが。


「トイレ行ってくるから待っててよ?」


雑巾片手にそう言い残して教室を出ようとすると、後ろから雑巾が引き抜かれた。


「しょうがねえ……肩痛めてんだろ。絞れねぇんじゃ意味ねぇからな」

「そんな重傷じゃないよ。フライパンとかは振れないだろうけどね」


ドアを開けて小十郎の手から奪われた雑巾に手を伸ばすが、ひょいとかわされてしまった。


「悪化させたらどうすんだ。俺が洗うからいい」

「だいじょぶだってば!そんな柔じゃないよ」


お互い半ばムキになりつつ、佐助は雑巾の奪還を試み、小十郎は阻止するのを繰り返す。


「…っ、たまには人の良心ってもんに甘えろ」

「いつも恩恵に与ってますよ…っとぃあ!へっへぇ、捕まえた〜」


雑巾の端をしっかり捕えてにやりと笑うと、小十郎のどすの利いた低い声が返ってきた。


「…俺に力で敵うと思ってんのか?」

「思わないよ。だからテクニックってもんがあるんでしょ?」


言うが早いか、雑巾を持つ小十郎の手に顔を寄せ、おもむろに甲から肘に向かってワイシャツの袖を押し上げながら舐めた。

「ッ!」

相手の握力と緊張が緩んだところで一気に雑巾を奪い取り、素早く身を翻すと一目散にトイレに走った。
待てという制止の声を背中で跳ね返して。


我ながらすごく馬鹿なことをしていると思うが、小十郎とだと何故か心が浮つく楽しさを覚える。
作り笑いが…出来なくなる。


目的地に駆け込んですぐ、後続が突入してきた。


先に洗った者勝ちとばかりに蛇口を捻り雑巾に水を含ませると、痛めていないほうの肩をがしっと掴まれた。


「……おい、やめねぇと流すぞ」


地の底から這い出るような恨めしげな声音に堪らず身体が凍り付く。

わけの判らないことを言われているにも関わらず理不尽な恐怖に煽られ、結局洗浄権を譲渡した。


たまにしか学校に来ない理由、この人にはきっと判らない。

面倒だからとかかったるいからとか、それもなくはないけれど、一番の理由が俺にはある。

本人に自覚はないだろうけど。


顔を見せない時間が多ければ多いほど、片倉さんが俺の馬鹿に付き合ってくれるってこと。


すごく子供じみたことだけど、つまらない日常での楽しみなんだ。


「……こんなもんでどうだ」


洗った雑巾を広げてみせ、ちょっとだけ自慢げに言ってくる。

笑いを堪えて合格のサインを出してあげると、早々に切り替えてじゃあ帰るぞと言われた。


「…あ。…ねぇ、なんか腰痛いかも」

「走ったのが響いたか…」

「片倉先生が追っかけてくるからだよ」

「お前が逃げるからだろうが」

「おぶってってー」

「断る」

「…甲斐性なしー!」

「ぁあ?」

「…………いえ、なんでもないっす」

「よし」


とは言いつつも、こちらの腰に手をまわして歩調を合わせてくれる。

階段も一段ずつ。
車の助手席に座るまでエスコート。


幸せに彩られた佐助の頭が、教室に鞄を置いてきたことに気付くのは寝る前にベッドで横になってから。

おかげで明日の朝に学校に行くことになってしまうが、それが雑巾をトイレに置いたまま帰ろうといきなり切り出した小十郎の作戦だったと気付くのは、更の明日の朝。


これら全てを引っくるめて片倉さんとの逢瀬の副産物。

さて、次は何週間焦らしてやろう?


こうして猿飛佐助の出席状況はより悪くなっていった…


fin.

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