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現世乱武小説
 ケダモノの起こし方・壱


橙の斜陽が射し込む教室。

綺麗に拭かれているわけでもない窓を通り抜ける日が、埃を介しているためか幾分柔らかく感じる。


別段どの学年の教室というわけでもない。
共通の授業を取った生徒が集まってクラスを越えて勉強をする、言うなればなんでも教室といったところだ。


既に学校は終わり、部活動に打ち込む生徒が残っている程度。

校舎の、しかもこんな教室はとっくに無人になっている。


「……」


――はずだった。


微妙に乱れた机のひとつに腰かけ、何かが入っているとは到底思えない薄いカバンを教卓の上に放って、手持ち無沙汰で窓から校庭の運動部を見下ろしている男子生徒が一人。

夕焼けに溶け込みそうなくすんだオレンジ色の髪。

これだけ言えば、校内の誰しもが合点する生徒だった。


ただし、容姿と名は有名ではあるものの出席率は極めて低い。

それもこれも進学出来ればいい、卒業出来ればいいという、考えようによっては投げやりとも取れる彼の思考故だ。

今日も授業には出ていない。
いや、それも当たり前。
この生徒はつい数分前に登校したのだから、学校自体終わっていた。


ぼんやりとしている風に見えて、しかし口元はどこか利発的な微笑を浮かべていた生徒は、何かに反応したように一度瞬きをすると緩慢な動作で首を巡らした。


生徒の視線が行き着いた先――教室の扉が、ガラッと年季の入った音を立てて横に開く。


「…久しぶり、になるか」


猿飛、と教室に足を踏み入れた男は、今までの物憂げですらあった表情を歳相応に和らげる男子生徒の名を呼んだ。

猿飛佐助。
いつどこで勉強しているのやら、常に首位に陣取っている所謂優等生。

本人は大してそのことに頓着せず、たまの出席日もオール睡眠学習という恐ろしい実績を持つ三年生。


「珍しいんじゃない?片倉先生が呼び出しなんて」


くるりと机の上で身体ごと片倉先生こと男に向ける。

片倉小十郎。
撫で付けた黒髪だけでなく、醸し出す雰囲気やキレたときの口調から、生徒のあいだでは「組長」、「本職」などといったあだ名で呼ばれている、歴史の教師。
まあ、あだ名を付けられる上での決め手は左の頬に走る傷だったのだが。


小十郎は後ろ手に扉を閉め、窓際まで歩いてきた。
窓枠に両手を置いて体重をかけ、そのままガラス越しに運動部を眺める。


窓のほうへと向き直って、佐助はこちらに向けられている小十郎の背中を眺めた。

しっかり鍛え込まれた筋肉の輪郭に沿うようにワイシャツが張り、服の上からでも無駄のない上半身のラインが判る。


「どしたの?登校不良の生徒に説教食らわすってわけじゃないみたいだけど」


言いながら机から降り立ち、窓に臨む小十郎の横に同じようにして並んだ。

隣を見上げれば、淡い橙をじんわりと吸収しつつ下を向いていた瞳がこちらを向く。


「…顔が見たくなってな」

「前来たのは……先々週かな?」


飾り気のない相手の言葉を受けて楽しそうに佐助が目元を綻ばせると、小十郎の手が伸びてきて思いの外強く抱き込まれた。

頭を抱き寄せられている状態のため、必然的に相手の鎖骨あたりに鼻先をこすりつける形になる。


…煙草、今日吸ってないんだ。


服に染み付いた煙草の香りが若干弱い。
直接嗅いでいるのに遠くから漂ってきているだけのような、そんな感覚。


自分の身体と小十郎の身体の隙間に片手を差し入れ、男らしく筋ばった首筋に添える。


「…猿飛」


押しとどめるような、制止の声が頭のてっぺんに降ってきて、頭を抱いていた腕の力が緩んだ。

しかし構わずに佐助は手の平全体でその首筋を撫で、喉仏を指先で擽りつ、と顎を上っていく。


「おい、ここでそういう――…」


顎を通過して唇に触れた。
人差し指を一本だけ立てて小十郎の唇に押し当て、その先の台詞を遮る。

仕方なしに沈黙する小十郎を真下から見上げると、明らかに文句を言いたげな視線とかち合う。


指をどかし、くすりと笑うと背伸びをして不意打ちで触れるだけのキスを見舞った。


「お、まえ……なんの…」


小十郎の声に焦燥の色が滲む。

学校では決して手を出してこない小十郎に、普段押し負けているぶん仕返ししてやろうと企んでいた。

誰も来ないと頭で判っていても、やはり教師と生徒。
節操は弁えているようだが、そこに付け込む隙は十分ある。


「もう帰るだけなんでしょ?」

「……まぁな」


訊ねながらも相手のシャツを掴み、先程小十郎の唇付近を彷徨わせていた手で頬をなぜる。

熱の篭った視線で何か言いたげな小十郎の視線を絡め取ると、切れ長の双眸が微かに欲に揺らいだ。


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