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現世乱武小説
チョコプリンの誘惑(左三)


「おーい佐助ー、来てやったぞー」

「小十郎、帰ったぜ」


従業員が普段出入りする裏口から声が聞こえた。

普通の客もいるってのに、相変わらずこの旅館は私用に関して無頓着だ。
よく言えば活気がある。悪く言えば迷惑といったところか。


お呼びを受けた佐助と小十郎が部屋から出ていき、オーナーと友人を迎えに上がった。


三成と二人になると、いきなり髪を引っ張られて顔を引き寄せられた。


「いてて……なんです急に…」

「幸村たちに変な真似するなよ?」


三成がドスの利いた声を出すのは珍しい。
そんなに信用ないのか、俺。

殺気立った三成の髪を優しく撫でてやりながらつい笑ってしまう。


「命令以外のことなんてしませんよ。…それに、俺の興味は三成さんにしかないんでね」


言いながら裸のままの相手の上半身を舐めるように眺める。

脂肪どころか筋肉まで最低限のところ以外ない、ひどく華奢な身体。
自分のそれと同じ男でありながらまったく違う手触りは、女の肌とはまた違った張りを感じて恍惚とする。


視線に気付いたらしく、三成が顔を真っ赤にして身体ごと背を向けてしまった。


「そ、そんなに見るな!脱げと言ったのはお前だろうっ」

「あ、三成さん」

「………なんだ」

「チョコあげますから、今夜抱かせてください」

「!」


冗談で小十郎に叩かれた憎まれ口をそのまま使ってみた。

ふざけるなと一蹴されるだろうと思っての発言だったのだが、三成は究極の選択を強いられているかのように瞳を揺るがせて返答に窮している。


……おいおい、まさか片倉さんの言ったこと、当たってんじゃ…

抱かれることが嫌いでも、好きな食べ物が報酬としてもらえるならそれでもいいって?
…まあ、自分の体に無関心なあたり、三成さんっぽいと言えなくもないが…

それじゃあ困る。


チョコはありふれているため、もう少し凝った、普通の人はなかなか思い付かないもので更に詰めてみた。


「…チョコプリンでどうでしょう」


衝撃を受けたように固まる三成。
少しの間を置き、体裁ぶって咳払いをひとつしてちらりとこちらを見上げてくる。


「カ、カカオは?」

「控えめで」

「…生クリームは…?」

「乗ってますとも」


なんだかこのままだと本当にスイーツで落ちそうだと左近の胸中に暗雲が立ち込めてきたとき、三成が「チョコ…プリンか」などとぼそっと真顔で呟いた。

まあ実際、今言ったような三成の要望に応えられるチョコプリンが存在するのかすら知らないのだが。


三成が黙り込んで葛藤していると、複数の話し声が近づいてきてわらわらと部屋に顔を出した。


…途端、視線が二分する。


左近をはじめて目にした二人――元親と元就ははたと足を止めてじぃっと凝視してくる。
残りの面々は小難しい顔で未だ葛藤中の三成に怪訝そうな視線を送っている。


「……なんかよぉ、」


言いにくそうに何かを言いかけた元親の足を、元就の足が華麗に踏み潰した。
「うだっ!?」とよく判らない悲鳴を上げてぷるぷるしながら蹲る元親には一瞥もくれず、元就はその冷えた眼差しをこちらに向けた。


「我は毛利。女王様ゲーム、我も参加させてもらう」


女王様…
真剣な表情でそんなことを言われると…

込み上げてくる色々なものに耐えながら、左近は口元を上げて無理矢理笑った。


「島です。お手柔らかに頼みますよ」


踏まれた足の痛みから復活したらしい元親が涙目の顔を上げた。


「急になんだよ元就っ」

「またいつ頭の弱い発言が出るやもと思うてな」

「はあ?なにわけわかんねーこと……まぁいっか。長曾我部っス。長曾我部元親」

「元親さん……ってことはあんたが佐助と同い年っていう?」


少し前の会話を思い出しながら言うと、元親は恥ずかしがるでもなく豪快に笑った。


「なんだよー、もう知ってたのか?ちょっとクイズみたいにしたかったのによ」

「……くだらぬ」


あっけらかんと笑い飛ばす元親に元就は付き合ってられるかと言わんばかりの溜息をひとつついた。

なんかすごいでこぼこコンビだな…

元就の態度に噛み付く元親。
そんなやり取りを引き攣り笑いで見守っていると、すぐ傍に視線を感じた。
いや、それはもう視線と言うほど遠距離の類ではない。


顔だ。
こちらの肩あたりから、鼻から上を覗かせて。
今まで気付かなかったのが恐ろしくなるほどの至近距離に兼続がいた。


「…………、…な、何をしてるんです?」


ひくり、と口の端が痙攣するのを極力気にしないようにしつつ、努めてにこやかに兼続に訊ねる。


「お前は…左近でいいのだな?」

「…は?あ、あぁ!そうです、はい、左近です」


そうだった…
兼続さんと幸村には俺は双子っていう設定で通してたんだよな…

これから会うたびに訊かれ続ければ、いつしかボロが出そうだ。
ここはひとつ…


「右近なら新潟に帰りましたよ。もうこっちには来ないとか…」



思い切って右近を余所にやってみた。


「む?そうか…いつかゆっくり話してみたいものだと思っていたが……仕方あるまい」

「某も…生でりあるな双子をこの目に納めておきたかったのだが…」


一気にへこんだ兼続と幸村の様子に、三成が刺々しい眼差しをじっとりとこちらに向けてくる。

友を落胆させたな、そんな風に訴えてくる瞳を、左近は複雑な心境で頬で受け流していた。

……面倒ごとは嫌なんですってば…


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あきゅろす。
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