現世乱武小説
甘い職場(小十佐)
幸村に引っ張られて事務所に来た政宗だったが、小十郎とはだいぶ距離を取って入口付近に寄り掛かっている。
確かにあのときのヘッドロックは、傍から見ていても容赦ないことがひしひしと伝わるほどの押し迫る何かがあった。
……俗にそれは殺気と称されるのかもしれないが、愛ゆえだ、と佐助は解釈している。しかし果たしてその実態やいかに。
などとミステリー小説の冒頭のようなことを考えていると、幸村が口を開いた。
「政宗殿っ。某、片倉殿の代わりを見事果たしてみせる所存!是非ご教授いただきたい!」
目をきらきらさせて言う幸村に政宗は微笑み返す。
「安心しな、幸村。俺が手取り足取り教えてやるからよ」
「政宗様」
にやけた顔も、小十郎の短い呼びかけに固まった。
眼球だけを動かして小十郎をなんとか視界に入れている様子がなんだか笑えてしまう。
「真田に限らず、素人に支配人の仕事が務まるはずがありません。あなた一人にここを任せるようなものです。…仕事量は確実に増えますぞ」
暗に心配しているのが佐助にも判る。
政宗も何かを感じ取ったのか、政宗が纏っている強張った空気が和らいだ気がした。
「仕事は徹夜してでもやってやるよ。なんなら一泊くらいしてきたらどうだ?」
政宗の物言いにも別段棘は感じなかった。
あのくらいのやり取りはしょっちゅうなのかもしれない。
うちで言うところの、旦那の起こし方に重なるのかも。
それに対して小十郎も微かに笑った。
「そんなに大きく出ていいのですか?」
「ま、なんとかなるだろ?それに…なぁ?」
「何か…?」
政宗はにやにやと口元に弧を描きながら小十郎と佐助を交互に見遣る。
意図を察することが出来ず二人で小首を傾げていると、佐助は政宗に肩をぽんぽんと意味ありげに叩かれた。
「…夜はあったほうがいいだろ?」
「んなっ…あ、あのねぇっ!」
「くくっ、さすがは政宗様。よく判ってらっしゃる」
「ちょ、小十郎さんまでっ?」
一人狼狽する佐助を尻目に小十郎はくつくつと笑いを堪えている。
こ、こんなところでなんてことをっ…!
しかし、赤面する佐助と楽しげに笑う旅館組を見て尚も判っていない様子の奴がいた。
「某も夜はあったほうがいいでござるっ」
無邪気にはきはきと言い放つ幸村の思いがけない言葉に、他三名は揃って目を剥いた。
「Honey!!…そうか……先に進みたかったんだな。確かにもうそんな段階でもおかしくねぇか…。お前に言わせるとは情けねぇ!幸村っ、来週と言わず今夜にでもっ――」
「旦那ぁ!意味もろくすっぽ判ってないくせにそういうことを軽々しく言わないのっ!!」
喜びと興奮で震える政宗を押しのけて幸村に訴える。
しかし答えたのは政宗だった。
「幸村はちゃんと意味判って言ってんだよっ」
「あの顔見てから言ってよね!あの何も知らない眩しい顔をさ!」
ぎゃあぎゃあ言い合っている隙に、小十郎が幸村を手招きして呼び寄せた。
「真田、夜があったほうがいい理由はなんだ?」
Honey、聞いちゃダメだ!などと政宗が喚いていたが、幸村はその辺は残酷にも反応を返さず、小十郎にうきうきした笑顔を向ける。
「枕投げや夜更かしは定番でござる!」
「ほらねー?」
「ちっ…」
あーよかった…
マジで旦那が判ってて言ってたらどうしようかと…
ふぅ、と安堵の溜息を吐く佐助に反して、政宗は悔しげに舌打ちを漏らしていた。
「政宗殿もやりたかったのだな!」
「……ああ。俺はヤりたかったんだけどな」
「ならば今宵某がお相手致す!」
「……枕投げのか?」
政宗が胡乱げな視線で幸村を見て訊ねると、幸村はきょとんとしとから柔らかく笑った。
「なんの相手でも、政宗殿となら満足でござる」
「…幸村……お前…」
…旦那、伊達の旦那がほんっとに好きなんだねぇ。
しみじみと温かい気持ちでそう思う。
政宗も、幸村の想いに充てられたようで邪な考えは吹っ飛んだようだ。
ひしと自身と同じくらいの体格である幸村を抱きしめている。
「…真田は不思議な奴だな」
デスクに肘を突いて眺めていた小十郎がぽつりと呟いたのが聞こえ、キャスターを転がして傍に寄る。
「さっきは騒がしい奴って言ってなかったっけ?」
「それを取り消す気はねぇ」
「あははっ、だろうね」
でも、と佐助は続ける。
「そんな旦那が好きになった伊達の旦那も相当いい男だよ。
まっ、俺様たちが育てたんだからいい子なのは当然だけどー?」
「ふっ…、よく言うぜ」
ひっついている政宗と幸村を見ているうちに、なんとなく小十郎に触れたくなって椅子を更に近付け肩と肩をくっつけた。
それに気付いた小十郎がこちらの頭をよしよしと撫でてくる。
この職場空気甘すぎなどと思いつつも、佐助は満たされた気分に浸った。
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