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現世乱武小説
支配人代理(小十佐)


ダウンした政宗を担ぎ、幸村は小十郎から逃げるように空いていた部屋に勝手に駆け込んだ。


「勝手知ったるなんとやら、だな」


小十郎は呆れたようにそれを見送ったが、表情はどこか柔らかいものがあった。

そのまま大浴場を出ようとして、未だに「支配人こえーよ…」とぶつぶつ繰り返す従業員の背中をさする佐助に声を投げる。


「佐助。何か用があって来たんだろう?」

「ん、あぁそうそう!…や、でも…」


口をもごもごさせる佐助に、従業員が首を傾げている。

…なるほど。

なんとなく言おうとするニュアンスは伝わった。


「おい、お前は掃除終わらせておけ。政宗様のお言葉に甘んじなかった姿勢はよかった」

「は、はいっ!恐縮っす!」


びしっと気をつけまでして従業員が作業に戻ると、佐助を呼び寄せて大浴場を後にした。

後ろからついてくる佐助の気配に若干浮足立つものがあるのを感じつつ、どうせ誰もいない事務所に入ると後ろに佐助が続く。
はじめの頃は遠慮してか、なかなか仕事場には足を踏み入れなかった佐助だったが、夕方だけカウンターに入るというバイトを続けるうちに他人行儀な部分が薄れてきた。

従業員も佐助の顔はとうに覚え、来るたびに自分と話していることから関係を感づいている者もいるだろう。


自席に腰を下ろすと、疲れた己の心の声を代弁するようにキャスター付きの椅子の背もたれがぎっと軋んだ。

その前に慄然と立ちはだかる書類やファイルの山に佐助が絶句する。


「……うーわ、何これ…全部これから手ェつけるやつ?」

「ああ。…政宗様のぶんは別にある」


あれだ、と向かいのデスクの上にどっさりと詰まれている書類の山を顎でしゃくる。

片付けてほしいと思いつつ、政宗がいないあいだに少しずつ政宗の仕事もやっている自分はまだまだぬるいのだろう。

とか言いながら、政宗が現在仕事など出来ない状態にあるのは自分のせいだったりするのだがそこは気にしない。


「それで、用件は?」


用がないと来てはいけないということは決してないが、忙しいためどうしても素っ気ない訊き方になってしまう。

小十郎の隣のデスクに佐助は座り、こちらの物言いには慣れているようで特に気にせず椅子でくるくる回りながら口火を切った。


「んー…この有様見たらちょっと言いづらいんだけど…」


苦笑いで小十郎の前の山に目をやる佐助に、とりあえず言ってみろと先を促す。


「……俺様たちってさ、どっかに出掛けたりすることないじゃん?お互い予定合わないから仕方ないけど。…だから……なんつーかさ…」


しどろもどろで頬を赤らめる相手を見る目が細くなる。

恋人らしいことは何ひとつやってやることが出来ない立場であることは、普段から歯痒く思っていたことでもある。
佐助が出掛けたいというのなら小十郎としては異論はない。

しかし、佐助も承知済みだろうがなにぶん時間が――


「もしさ…、」


難しい顔で考え込んでいると、ぎぃ、と佐助が回るのをやめて見つめてきた。


「真田の旦那に小十郎さんの仕事任せてくれるんなら…一日だけどっか行かない?」


相変わらず頬を赤く染めたまま。
駄目なら別に構わないんだけどと暗に瞳に称えて。

小十郎は小さく笑って、柔らかい佐助の橙の髪をくしゃくしゃと掻き回す。

照れ臭そうに口を引き結んで佐助は下を向いてしまった。


「いい考えだ。乗りたいところだが……真田に任せるってのがどうもな…」

「でも伊達の旦那だっているわけだし…!」


勢いよく顔を上げたかと思うと、頭に乗っていた小十郎の手に取り縋ってきた。


…真田と二人ってのが心配のもとなんだが…
かなりの確率で、オーナーとして今まで手掛けてきた仕事も放棄してしまうと考えられる。

常日頃聡いはずの佐助には、小十郎が危惧するところに気付けていないようだった。


それほど行きてぇのかもな…


小十郎は逡巡して、結局頷いた。


「政宗様がお目覚めになったら話しに行ってみるか」

「まじっ?ぉおっしゃ!」


普段言動が大人びたものだから、年相応の笑顔のはずが少し幼く見えた。

拳を振ってはしゃぐ佐助に、つい頬を綻ばせた。


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