現世乱武小説
雷って怖い(小十佐)
「たのもーっ!」
「こんにちはー」
玄関の扉を開けずに道場破りの如く朗々と声を張る幸村を無視して、佐助はがらりと扉をスライドさせて中に声をかけた。
「だからオーナーがお手を煩わせるような仕事じゃねえんですって!」
「Shit、ちょっと手伝うだけだっつってんだろ?」
「でーすーかーらー…」
何やら温泉の暖簾の向こうから、政宗と従業員と思われる声が響いてくる。
幸村と顔を見合わせて揃って首を傾げたとき――
支配人・片倉小十郎が、すさまじい形相で事務所のドアを蹴り開けた。
「テメェ等、お客人への挨拶はどうしたァ!!」
「ひぃっ、すすすすいやせんっ…いらっしゃいませぇ!!」
あちこちから怯えた声が応答する中、小十郎はこちらを見遣ると腹に響くほどの低い声で「……ここで待ってろ」とだけ言い、未だ言い合いを続けているらしい大浴場へと大股で消えていった。
「…さ、佐助…」
「な…なに、旦那」
二人で指示通り直立不動で待機の姿勢を取っていると、幸村がこそけそと耳打ちしてきた。
「……片倉殿のこめかみに…血管を見た気がしたでござる」
「…あ、あはは……見間違いじゃないよ、それ」
「なんと…!つ、角もなかったかっ?」
「いやそれはないかな。てかあったらやだよ、うん」
「た、確かにそうでござるな!ははは」
「もぉ旦那はぁ〜。あははは」
笑い合っていると、温泉に雷が落ちた。
「判っていらっしゃらないようだから小十郎が何回も繰り返し申しているのですッ!」
その叱責の鋭さに、佐助と幸村の肩までもが反応する。
こ、怖っ!
…伊達の旦那何したんだろ。
つーか…生きて帰ってこれんのかな…
幸村の表情も政宗を案じているようで強張っている。
怖いと思いつつも、野次馬精神に二人は負けて生唾を飲み下しながら耳をそばだてた。
「いつの間にか事務所を抜け出したと思ったら…大浴場の掃除の手伝い?そんなものは誰だって出来ることでしょう!!政宗様には政宗様のすべきことが山のように残っているのですぞッ!」
「い、いやほら…一人じゃ可哀相…だろ?」
「ほぅ、小十郎も事務所で一人でしたが?」
「う……」
「とにかく。もう少しオーナーという自覚を持っていただきたい。貴方にしか出来ない仕事だってごまんとある。
逆に従業員一同が出来ることは限られています。それを政宗様がやってしまったら、彼等はなんのために雇われているのかという根本的な疑問が発生してしまいます」
うわぁ…小十郎さんって怒るとああなの?
口喧嘩じゃ絶対勝てない。
…だ、伊達の旦那に甘いってのも取り消しておこう。
くどくどと正論を言う小十郎に、政宗は諦観の吐息をついた。
とうとう政宗が折れたのかと思いきや…
「Okey,Okey!!そんなに熱弁したら血圧上がるぜー?ったく、しょうがねぇな。一人が淋しかったんなら素直にそう言えよ」
「………」
だ、伊達の旦那ー!
なんてこと言ってんのさっ
小十郎さんの顔見えないから判んないけど…角生えるかもしんないよ!
政宗も負けず嫌いだ。
幼少時代から育てたのが小十郎であるというのが大きく影響しているのだろうが、そのおかげで少し雷を見たくらいでは怯まない。
実際に打たれない限り、雷への負けを認めない。…たとえいくら怖くても。
そして、今回は打たれたようだ。
「……政宗様、失礼」
「ん?わ、お?え?こじゅ……ぅあぎゃあああああ!!!」
「反省の色が見えませぬ故…」
「オ、オーナーしっかり…!てか支配人っ、ダメっす、オーナーが…オーナーがダメっす!」
「こじゅっ…ろっ、Give up!ギ…ぐぐ…っ!」
「…Never give up.よく入試の前には政宗様がおっしゃっておりましたなぁ」
「し、支配人っ、オーナーが……支配人!」
従業員のとにかく切羽詰まった声に、幸村が意を決した風に駆け出した。
しかし咄嗟に危険信号を感知して佐助の手が幸村の手首を掴む。
「旦那っ、早まっちゃダメだ。…死にに行く気っ?」
「離せ佐助!某は……政宗殿がダメになるくらいなら死を選ぶっ」
「ちょ、なに言って……うわわっ」
制止も聞かずによく判らない決意を胸に秘めた幸村は、佐助に構わず暖簾を潜り脱衣所を抜けた。
体力馬鹿な幸村に比べれば佐助は力で劣る。
幸村の手首を掴んだまま、佐助も引きずられて大浴場へとなだれ込んだ。
「片倉殿、待たれよ!!政宗殿をダメにすると申すなら、まず某をダメにしてからに致せっ!」
「こらこらこら、なにまた適当なこと言ってんの……って伊達の旦那ぁー!!」
佐助の視線の先では、政宗が背後から小十郎にヘッドロックをかけられるという悲劇が繰り広げられていた。
近くでわたわたしている従業員には目もくれず締め上げる小十郎の腕の中で、確かに政宗がダメになりかかっていた。
と、そのとき。
政宗がついに白目を剥いた。
「かっ、片倉殿は人殺しでござらぁぁぁ!!」
「こここ小十郎さんマジでストップッ!!」
さすがにまずいと思い、二人で小十郎を引き剥がしにかかった。
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