現世乱武小説
日曜日(小十佐)
*視点変更*
工事は順調に進み、既に屋根まで完成していた。
外観だけなら家だと判るくらいに立ち上がり、あまり根詰めてもいいものはできないからという信玄の判断により今日は久方ぶりの休日。
日曜日に重ねたのは信玄の僅かばかりのメンバーへの気遣いだった。
皆各々に家族との時間を持てるようにと。
そういうわけで、佐助も穏やかな昼下がりを幸村と過ごしていた。
信玄は外出している。
なんでも、かすがの例の想い人であり信玄の古い知人である上杉謙信、ずばりその人が近くに来ているらしいのだ。
何も知らなかった佐助は、今まで謙信が新潟にいたとかいうのもはじめて知ったくらいなので、かすがに謙信の立場とそこに至る武勇伝を熱弁されたときは唖然としてしまった。
その話し様を見ても判ることだが、かすがの謙信への心酔っぷりは半端ではない。
今日という休みを一番心待ちにしていたのは彼女だろう。
ま、それはそれで置いといて…
佐助は思考を切り替えて、クッションと戯れる幸村に半ば呆れて言った。
「……ねぇ旦那、その顔どうにかならない?」
「しばらくはどうにもならぬ。んふふ」
……んふふって…
幸村の怪しげな含み笑いに寒気を感じつつ、佐助は諦めてごろりと寝返りを打った。
二人が今いるのは、家の中で最も涼しい部屋である信玄の和室。
壁にはいくつかの掛け軸があり、その中にひとつだけカタカナで明記されたものが目を引いた。
"エコロジー"
思わず距離を取って「ははーっ」と平伏したくなるような堂々たる達筆。
無論信玄の直筆であるこいつのおかげで、エアコンは意識が朦朧としてからという現代にあるまじき教訓が武田家には存在していた。
ちなみに扇風機は正午から午後四時のあいだのみ使用可能だ。
そんな地獄のような日常を送るだけあって、特技も身につけられた。
寝ながら団扇、である。
ぱたぱたとうだるような暑さの中、扇ぎながら睡眠に入るという神技。
幸村が実現させていたのを見たときは佐助も信じられなかったが、立場が逆だったときは幸村も同じように思ったらしい。
その幸村は、今クッションに埋もれて頬をだらしなく弛緩させている。
人はこれを俗に惚気と言う。
「だーもう!見てて暑苦しいんだってば」
「む、すまん。だが……来週が楽しみでござる〜」
一瞬真顔に戻ったと思ったら、後半はまたへにゃっと破顔した。
そう。
来週の日曜、幸村は政宗と出掛ける。
一ヶ月前に始まった交際は順調だとか。
今日は政宗殿と何を話した、とか政宗殿とどこへ行った、とか毎日聞かされているため、二人が喧嘩をすることもなくここまできたことも知っていた。
出掛け先は映画館と言っていた。
誘われたと興奮気味に佐助に話したのが一昨日なのだが、二日経ってもまだ嬉しそうな幸村だった。
この調子だと当日までずっとこんな感じだろう。
「佐助は片倉殿と出掛けたりはせぬのか?」
小十郎とのことは、幸村が政宗を好いていると知ったときに教えた。
いや、それにしてもあのときは本当にびっくりした。
幸村がもじもじしながら「政宗殿とお付き合いすることになった」と恥じらいつつ告白してきたそのとき、驚きのあまりわけが判らず居間と台所を行ったり来たりしたものだ。
旦那が伊達の旦那と。
俺様が小十郎さんと。
なんの因果があって同じ家に住んでいる者同士惹かれ合っているのやら。
「滅多なことじゃ出掛けられないだろうね。あの人、あれでも責任感強いしさ」
職場を長時間留守にするなどという考え自体、あの人にはないと思う。
伊達の旦那には甘いくせに自分や従業員にはまるで鬼。
あ、俺様にも…甘い……のかな?
ち、違う!
雰囲気とかそっちの甘いじゃなくて扱いが優しいとかっていう意味であって、恋人間に芽生えるオーラ的な何かとは違う!断じて違う!!
……こほん。
まあ、怒られたこともないので甘いということにしておこう。
「なるほどな…。ならば片倉殿が留守のときは某が支配人をやれば問題なし、ということだな」
「えー?…旦那、支配人の仕事知ってて言ってる?」
「知らぬ。政宗殿に教えてもらうのだ!」
握りこぶしまで作って熱烈に叫ぶ幸村を見ているうちに、気がつけば映画くらいなら潰れるのは半日程度だし…などということを考えていた。
なんだかんだで幸村が羨ましいのだ。
二人だけでどこかに行ったこともないし、それは仕方のないことだと自分自身にも言い聞かせていた。
しかし口にしないだけで、佐助だって小十郎と二人きりの時間というものは当然欲しい。
…ダメ元で提案してみようか。
よし、と頷いて幸村に向き直った。
「旦那、その話ほんとにいいの?」
「当たり前でござる!某、政宗殿と一緒ならば役職の苦難にも打ち勝てるっ!」
「旦那……さすが真田の旦那だよ!じゃあ今からダメ元で話持ってかない?」
「ダメなどではござらぬっ。いざ参ろう!」
がばりとクッションを投げ打って立ち上がり、幸村は佐助と手を取り立ち上がった。
火の元用心、窓オッケー、コンセントオッケー。
二人は炎天下への扉を勢いよく開けた。
「佐助佐助、政宗殿のところは涼しいでござろうかっ?」
「うん!きっと冷房ガンガンだよ!早く行こっ」
玄関の鍵をかけると、二人は嬉々として旅館を目指した。
目的が違っていようが、そんなの関係なかった。
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