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無双小説
 角虫戦争-蜀編-・肆


槍を固く握りしめ、完全に白目を剥いて仰向けに倒れている関平に馬超と趙雲は駆け寄った。

ここまではっきりとした白目を見たのは初めてで、物珍しさについ数秒ほどそのまま二人は関平を凝視していたが、この姿が関羽に見られてしまう前にと瞼を閉じさせてやった。
そのまま少し先の鍛練場に運び込んだとき、馬超は何かを感じておもむろに鍛練場の扉を封鎖した。


「馬超殿…?」

「…何か、いる気がする」

「何かって…まさか、」

「ああ。角虫とやらかもしれん」


広い鍛練場の中央に関平を横たえ、それを挟むようにして二人は得物を構える。

張り詰める緊張感の中、微かな音すら聞き漏らすまいと神経を集中させたきっかり二秒後。


ジジッ


「すぉこくぁぁあああ!!!」

「馬超殿、待っ――」


防具を納めている棚の下に馬超は確かな黒色を見つけ、正義の大剣を振り下ろし問答無用にその切っ先を床に突き立てた。

ズガッという凄まじい破壊音を伴って板張りの床が突き抜け、大剣は垂直にめり込んだまま静止したが、肝心の切っ先が見えない。


「…馬超殿、手応えはありましたか」


低い声音で訊ねる趙雲に馬超は難しそうな顔で頷く。


「あった…気がする。なんとなくサクッとしたものが最初に感じられたような…」


二人は頭を寄せてそっと床の穴に耳を澄ました。


「…」

「…」


何かが蠢くような音は聞こえない。

仕留めたのか…?
淡い期待を胸に顔を見合わせ、馬超は柄を握ってゆっくり大剣を引き抜いた。

あまり見たいものでもないが、やはり確認はせねばなるまい。
特に趙雲には気掛かりなこともあった。


パラパラと木屑を下に落としながら上昇する剣の切っ先がすっと床から現れたとき。


「おぉ!」


馬超の目は輝き、


「これは…やはり…」


趙雲は肩を落とした。
いや、黒いのだ。確かに。
だがこの厚みと触覚の短さは…


「馬超殿…非常に云いにくいですが、こいつは角虫ではありません」

「なんだとっ?……ん、や、確かにこれは俺も見たことがある気がする」


改めて馬超は身を屈め、自らが貫いた物体に目を凝らす。

漆黒というより心なしか光沢が見て取れる体。
頭が小さくて、うっかり角なんてつけたらカブトムシにでもなりそうだ。

そしてはたと思い当たった。


「もしかしてカナブンか、こいつ…」

「…おそらく」

「くっ…ならば角虫はどこにい――?」


不意に聴覚が地鳴りにも似た音を捉え、馬超は言葉をぶち切った。
趙雲も表情を険しくし、周囲に視線を走らせている。


ゴゴゴ…


次第に大きくなる音とともに、地面というか建物全体が微かにではあるが揺れてくる。


「な、なんの音だ…?」

「…判りません。とりあえず扉は開けておいたほうがよさそうですね」


酷くなる揺れに足元を捉われそうになりながらも、低い姿勢で趙雲は廊下に繋がる扉を手前に引いた。


――刹那。


「…う、わ」

ごおっという凄まじい音を立てて風が大挙して押し寄せてきた。
目に見えるのではと思えるほどの凝縮された風が趙雲の鼻の先すれすれを通過していく。
長い趙雲の髪がそれを受けてあらぬ方向にはためいた。

暴風といっても過言ではないほどの乱暴かつ強い風…
閉塞されたはずの廊下にそんな理不尽な風が駆け抜けていった理由なんて、趙雲はひとつしか思い付くことが出来なかった。


「…諸葛亮殿」


背筋を嫌な汗が伝う。
自分以上に潔癖なあの人は、嫌っているものに対してはとことん容赦がない。
おそらくゴキブリは閑静な場を求めた結果、諸葛亮のもとに行き着いたのだろう。

…が、それが最後だ。


「軍師殿のもとか…」

しかし馬超の思考は別のところにとらわれているようだった。

「…角虫、本当にすごい移動能力だな。どんな足をしているんだ…?まさか瞬間移動とかいうやつじゃないだろうな」

「生命力も並ではありませんよ。…突風程度で死ぬとは」


思えません。

そう続けようとした趙雲に被って、廊下の先から決意に満ち満ちた女性の凛々しい声が響いた。


「孔明様の敵は私の敵……覚悟ぉッ!」


サクッ


何が起きたのか、なんとなく二人は察し、戦いが終わったことを悟った。


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あきゅろす。
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