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無双小説
 声・拾伍


数的に、不利ではあるが二十余人を三人で捌くのはそれほど苦でもない。
特に天下御免の傾奇者は二人分の働きを難無くこなす。

突き込まれた槍を弾いて相手の得物の内側に刃を捩込み、寸断するつもりで横に一閃払いその勢いのまま背後にぶつけられていた殺気目掛けて大刀を薙ぐ。
前後両名の事切れた男の胸部から派手に血飛沫が舞い、生暖かい血液が顔に付着した。


一息つく間もなく鉄扇を鮮やかに振るう佳人の周囲に群れる男たちのほうへ走りながら、奥に一人佇む額巻きの男をちらりと盗み見る。


立場は一目瞭然。賊徒を思い通りに支配し、賊徒共も指示されることに違和感を覚えている様子もない。
男が着ている着物の衿に家紋のようなものが染め抜かれているようだが、遠くて確認もままならず、そもそも見たところで今の俺には判らないだろう。


興奮が増していく賊徒と違い、酷く落ち着いていて口元にはのっぺりとした白い笑みが浮かんでいる。
その視線の先には己が主の姿。


…嫌な予感がする。
殿の身分をあの男は知っているのではないだろうか。


殿の背後の援護をしつつ思案していたとき、喉に詰まらせるような小さな呻きが近くでした。

はっとして視線だけで後方を見遣ると、右の肘あたりを押さえる殿が目に入る。


「殿!無理はなりませんっ」

「くっ…少し掠っただけだ!」


一瞬の隙。

視界の端で、額巻きの男が懐から小さな銃を取り出すのを捉えた。
流れるような動作で銃口が俺の少し手前――殿に向けられる。


「ちっ…」


舌打ちとほぼ同時に上がる銃声。
咄嗟に殿の肩を強く押して弾丸の軌道から追いやり、その反動で己も後方へのけ反る。
間一髪銃弾はよけられたが、完璧に体勢を崩したこちらに賊徒が刃を閃かせる。


「左近っ――!!」


複数の刃が振り下ろされるのを映像としてだけ視覚が受け取ったとき、聞き覚えのある悲痛な叫びが鼓膜をつんざいた。


『左近っ――!!』


あのときと同じ、今にも泣き出してしまいそうな上擦った声。


――それは、聞き間違うはずのない殿の声。


声の主が合致した刹那、寝ていたわけでもないのに目が覚めた気がした。

山での戦の情景が脳内に怒涛の勢いで流れ込んでくる。


「……」


地面に手をつき不安定な体勢から持ち直したと同時に、眼前の男たちの首が綺麗に撥ねた。


「今回は間に合ったみてぇだな!左近、三成、大丈夫かい?」


自分の側の賊を片付けた慶次殿が即座に割り込んで来てくれたようだ。
さすがに冷汗を額に滲ませながら礼を述べようとしたとき、殿の張り手が飛んできた。


「いっ…?」

「お?」

「話はあとだ!馬鹿左近めっ!」


喚く声が震えている。

あぁ、また泣かせたんだと重くなる心と裏腹に、慶次殿と目で合図をして額巻きの男に飛び掛かった。


「義継様っ…!」


自分たちをほっぽらかして指導者を押さえられたことに、堪らず賊徒の一人が額巻きの男の名と思しき単語を発した。

男を二人掛かりで地面に縫い付け、気になっていた紋を確認する。


「…やっぱりな」

「何がだい?」


確信して呟くと、慶次殿が横から紋を覗き込みながら問うてくる。


「義継って名前でもしやと思ったが…この家紋、三好の紋だ」


義継という名の男は、抜け出すことは不可能と悟ったのか、抵抗せずにただただ下唇を噛み締めている。


「んー?……お、本当だ。……あ?三好?」

「知り合いでも?」

「いや、浪人してたときに里村紹巴ってのに世話になってね。確かあいつの友人に三好長慶とかってのがいた気がするんだが…」


慶次殿の言に義継が目を見開く。
しかし、同時に俺も固まった。


「……ほんとか、それ」

「おう、よく話してたぜ。…なに凍ってるんだ?」

「……、筒井に仕えてた頃、その三好長慶さんが率いる軍とでっかい戦をしてね…
まさかあんたの遠い知り合いだとは…」

「そりゃあ……世の中狭いな」

「…まったくだ」


お互い口をあんぐり開けたまま阿呆のように唖然としていたが、上から降ってきた殿の厳しい声で我に返った。


「で?義継は三好のなんなのだ」

「え、あ、はい、確か長慶さんの養子だったかと。
随分前に死んで三好の血は途絶えたって聞いてましたが……こんなことしてたなんてね」

「へぇ、だから一人だけ雰囲気が違っ……
…左近、今随分前って云ったかい…?」


慶次殿の云わんとするところに殿も気付いたらしい。
はっとしてこちらを凝視してくる。
…というか、普通三好のことを知っている時点で気付くべきではなかろうか。

小さく笑って、目を見張る二人に頷いた。


「ええ。さっき戻りまし――」


云い切らないうちに、殿の張り手が再び飛んできた。


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