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無双小説
 声・壱


高低差の大きな地形での戦は、高所を占拠したほうが有利に戦局を動かせるのは周知の事実。

和州にその人ありとまで謳われた石田軍の軍師、島左近がそれを見過ごす筈がなく。
戦場を見晴らすことが出来るその山を押さえるべく、速やかに兵を向けた。

相手が同じことを考えていることは百も承知。
何か罠があるとも踏んだが、この地に先に到着したのはこちらだという伝令が来ていたため、向こう方にそんな時間はないと見当をつけ、慎重さよりも速度を優先させた。


案の定、山頂に向かう道程敵軍に遭遇することはなかった。
しかし、応援に駆け付けていた幸村や慶次等友軍と共に敵本陣へと馬を進めていた左近のもとに届いた報は耳を疑うものだった。


「左近様!山頂へ進軍していた軍が何者かの集団により壊滅致しましたッ!」

「…第三者?どこの連中だ?」

「恐らく……あの山を根城にしている山賊共かと…!」


甘かった。
相手がそこまで手を回しているとは。
山賊連中は恐らく今回限り、報酬を以て飼われたのだろう。

思わず舌打ちが漏れた。
山頂を取られれば、嫌が応でも防戦を強いられるのは目に見えている。

馬の首を巡らせ、走って来た伝令に早口に訊ねる。


「敵方の動きは?」

「山頂に主力を向けているとのことです!」

「……なるほどね」

今なら敵本陣に雪崩込むことも可能だろう。
が、主力と共に総大将がいたらどうなる?

逡巡して、愛刀を肩に担いだ。

「俺が行く。幸村にはこのまま敵本陣に向かうように伝えておけ」

「し、しかしっ…」

「一応殿にも伝えておいてくれ。山頂を押さえることが出来たら狼煙を上げる。赤い狼煙だ。そしたら小西や安国寺を連れて本陣を山頂に移すようにってね」

「お一人で行かれるおつもりですかっ…!なりませんっ、危険すぎま…」

「んじゃ、頼んだ」


兵の制止を遮って片手を挙げ、馬の腹を蹴る。
相手は山に差し掛かっただろうか。自分としたことが、進度を訊くのを忘れていた。

…焦ってるってことかね。

頭でいくら平静を装おうとしても、顕れる部分には顕れるらしい。

次第に背の高い木が目立つようになってきたなだらかな地を、風を切ってひた走る。

斜面に差し掛かり、急な坂を緩やかに蛇行して駆け登っていると、山頂に送ったはずの兵がぽつぽつと木々の茂みに隠れるように倒れ込んでいる。

所持していた刀や鎧兜がないことから見ても、金品に餓えた山賊連中の仕業だと判る。
見れば、斜面を上っていくかのように点々と兵士たちが横たわっていた。


「…急がないとな」


山頂を取れれば有利どころの話ではない。
本陣の安全はほぼ約束され、攻めのことだけを考えていればいい。

しかしそれは向こうとて同じ。

要するに山を制したほうが戦を制する。


次第に刀が交じり合う金属質の音が聞こえてきた。
しかしこちらの部隊は壊滅したと伝えられたのだ、未だ戦える兵が残っているとは思えない。

訝しみながらも馬を駆ると、ボロを纏ったような粗野な連中と、俺たちと相対する敵――彼等を雇っているはずの軍だ――が対峙していた。


「……?」


事態が飲み込めず、少し離れた木の影に身を潜めて様子を窺うと、どうやら何か揉めているらしい。激しい口論が聞こえる。

更には馬上の軍の兵に山賊の一人が斬り掛かった。
それを皮切りに他の者も躍りかかり、何やら酷く取り込んでいるようだが、つまり…


仲間割れ、だよな?

こりゃあいい。
まぁ主力を率いる軍に山賊風情が勝てる見込みなどないが、僅かでも疲弊してくれるのならそれに越したことはない。


落ち着くまで傍観を決め込もうと一息ついたとき、背後から質のいい蹄の音がした。
振り返ると、松風に乗ったどこにいても目立つ風貌の長身の男が、金の髪を揺らしながら馬の速度を落としてこちらに寄せてくるところだった。


「やってるかい?」

「! あんた…幸村と中央を任せたはずなんだが?」


期待に溢れた瞳を俺の後方に向ける慶次に苦笑混じりに小言を云う。

しかし聞く耳持たずといった感じに、敵同士が刃を交えているのを視認するなりあからさまにつまらなそうな顔で呟いた。


「かー…せっかく派手な喧嘩出来ると思ったのによー」

「ま、すぐに山賊共が蹴散らされて終わりだろうね。一応援軍に来てくれたのかい?」


相当ショックだったらしく、彼にしては珍しく溜息を吐いている。
しかし慶次という男は律義だ。いくらやる気が削がれても俺の質問には答えた。
ただし、首を横に振って。


「いや、だって楽しそうじゃねえか。大群を相手に一人だろう?暴れ甲斐もあるってもんだ」

「…ははは、そうかい。確かにあんたはそういう御仁だったね。ならここは任せて大丈夫か?」

「俺は構わねぇが…せっかくだ。一緒に暴れてやろうぜ、左近」


煩い兼続もいねえから思いっきり出来るぜなどと、嬉しそうに笑いながら指の関節をべきばき鳴らしている姿はおぞましい。


「ん、終わったみたいだな」


再び進軍を開始した軍を見て云う。
武将はさすがに健在だが、兵卒はいくらか掃けたようだ。


「さ、行こうぜ左近!てっぺん取られちまったらまずいんだろう?」


呼びかけておいて返答は求めていないようで、慶次は松風と共に敵主力勢の中に突っ込んでいった。


「やれやれ、相変わらずだね…」


苦笑しつつ後に続き、山頂への進行を妨害しにかかった。


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