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無双小説
 説教・壱


「…孟徳」


中にいるはずの主の名を呼び、軽くノックをする。

いつもならすぐに入れだの開いているぞだのと返ってくるが、何故か物音ひとつしない。


「……?孟徳、いるのか?」


不審に思い、もう一度強めに扉を叩いてみるが、相変わらず沈黙しか返ってこなかった。


「…開けるぞ」


一応中に声を投げつつノブに手をかけ、ゆっくり開ける。
足を踏み入れるなり曹操の姿を探すと、文机に人影を捉えた。

持っていた軍議の資料を小脇に抱えなおし、文机に歩を進めながら溜息混じりに口を開く。


「孟徳、いるならいるで返事くらいしたら…………」


途中で台詞をぶち切った。

曹操だと思って近づいてみれば、それはただの人形だった。
ちゃんと椅子に座り、曹操がたまに着ている服を羽織らせた人形。
顔らしき場所には「殿」の一文字。


「………」


…どう考えてもサボり。
自分のこめかみに、ぴき…という亀裂を感じた。

書類が山積みにされた曹操人形の机に、持っていた軍議の資料をパンッと無言で叩きつけた。

ツカツカと今しがた入って来た扉を出て、肺一杯に空気を吸い込む。


「もぉぉぉとくぅぅぅぅ!!!!」


夏侯惇の怒りの雄叫びは、城内余すところなく響き渡った。









あんな人形まで用意していたということは、捜索されてすぐに見つかるような場所にはまずいないと考えていい。


曹操がいつも行くようなところといえば、俺のもとか典韋のもと。
が、サボっておいて自ら見つかりに来るようなことはしないだろうから、俺の居城疑惑は却下。

だからといって典韋のところにいるかどうかは怪しいところだが、行ってみる価値はあるだろう。


ひとまずそう結論付けて、夏侯惇は足早にその場から立ち去った。





足音が遠退き、辺りがしーんと静まり返った頃。

開け放たれた曹操の執務室の扉の裏側から、曹操本人が頭だけを覗かせた。


「おー…相変わらずの気迫よな。怖い怖い」


出てくるなり名を大音声で呼ばれたときは、さすがに口から心臓のひとつくらい出るかと思った。

独り言でも云ってくれれば助かるのだが、生憎夏侯惇がどこに向かったのか判らない。


「それにしても…くくっ、夏侯惇め、わしの人形に話し掛けておったわ。あのがみがみ煩い夏侯惇が……ふふふ」


不気味に笑い声を響かせながら肩を震わせ、先程の光景を思い出していた。

しかし、あの怒り具合は尋常ではなかった。
さすがに見つかったら少し説教されるくらいでは済まないかもしれない。


「…ふむ、子桓に匿ってもらうか」


顎髭をひと撫でし、周囲を見渡しながらそそくさと我が子のもとへと向かった。








「悪来、入るぞ」


夏侯惇は、典韋の居城へと赴いていた。


「へーい、開いてやすぜ」


中からどこか気怠いような声が返ってきて、夏侯惇は促されるままに入室する。

典韋は寝台にあぐらをかき愛斧・牛頭を磨いていたようだったが、夏侯惇を見るとそれを壁に立てかけた。


「珍しいですねぇ。どうかしたんですかい?」


厳つい顔を綻ばせて訊ねる典韋。
周りを注意深く見回しながら夏侯惇は早速本題に入った。


「ああ……孟徳を見なかったか?」

「へ?御大将?……さぁ、軍議のあとはわしもずっと此処にいたもんで」

「そうか…。此処に隠れていると踏んだんだが…」


腕を組んで低く唸ると、典韋がきょとんと見返してくる。


「……かくれんぼでもしてんですか?」

「するかっ!」

咄嗟に間髪入れずに突っ込んでしまい、気を取り直してひとつ咳払いした。

「サボりだ。やらねばならんことは山とあるのに…」

「頭痛の元が絶えやせんねぇ…」


うーん、と同じく腕を組む典韋に、夏侯惇は眉間のしわを減らして力無く笑った。


「それを判ってくれるのはお前くらいだな」

「へへっ、でも案外楽しんでんじゃありやせんか?」

「……本気で云ってるのか?」

「おっと失言。ま、見っけたら知らせるんで」


にっという笑顔からは悪意が感じられず、怒るに怒れなくて調子が狂った末に軽い溜息に変わってしまった。

頼んだ、と短く云って部屋を出て、さてどうするかと思考を巡らせる。


他で有り得るのは…


「曹丕か…張遼か…。その辺を当たってみるか」


まずは曹丕だなと胸中で呟き、その場をあとにした。


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あきゅろす。
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