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無双小説
 想い想われ・弐


「あーもう!何やってんの……ほんとバ甘寧なんだから…」

「う…うるせ…」


もんどり打っていると、小走りで戻ってきた凌統に肩を落とされた。

持ってきた簡易式の医療セットを足元に置き、凌統は傷口に響かないようにと気を利かせてかゆっくり甘寧の腕と背を支えて上半身を起こした。


「なーにが魚捕りだよ。こんなデカイ怪我してるくせに」

「……似たようなもんだろ」

「血ィ洗い流すのと魚捕るのがかい?」


言いながら綺麗な布を軽く傷口に宛てがい、拭わずにとんとんと叩くように傷の周りを清めていく。

あらかた拭き終わると、また新しい布を取り出して甘寧に渡した。


「これ、固定するから押さえといて」

「……おう」


包帯を準備する凌統をちらりと見ると、ちょうど視線がぶつかった。


「…なんだよ」

「いや……これが愛、なんだなって」


遠い目をしてしみじみ言うと、きょとんとして凌統が動きをとめた。
徐々に頬を朱に染めて、傷口を中心に巻いていた包帯を遠慮なくぎゅっと絞めてくる。

突然の圧迫に甘寧は奇声をあげた。


「いいっ!?り、凌統っ…そこは優しく…」

「煩いっつの!もう自分でやれっ!」


ぷいっと包帯から手を離して顔を背けられてしまい、引っ張られていた包帯はゆるゆると落ちてしまう。


「自分でったってよ…」


布を右手で押さえたまま左手で包帯の端を持ち、肘から先だけ反動をつけて肩に引っ掛けようと試みる。
が、へなりと包帯は肩を滑って落ちてしまった。
なんとかならないかと再度挑戦したが結果は同じ。


「……凌統ぉー」

「……」


照れているときは無視を決め込むのがこいつの癖だ。
しかも仏頂面で。

左手に包帯を持ち、そっぽを向く凌統の背中をぺしぺしとその先端で叩く。


しばらく名を呼びながらそれを続けていると、業を煮やした凌統がばっと振り返って包帯の端を捉えた。


「だぁー!うっとーしいんだよさっきから!!」

「だって俺出来ねぇし…」

「じゃあ黙ってじっとしてるっ」

「……へーい」


不承不承頷き、凌統が扱いやすいように身体の力を抜く。
怒っているような口ぶりでいながら未だ顔が赤い凌統が可愛くて、緩まないよう丁寧に包帯を巻いている相手の首筋に鼻先をうずめた。


「……さっきなんて言ったっけ?」


一瞬手を休めたが、凌統は低く呟きながらも包帯巻きを再開する。
端を結んだのを確かめると甘寧は凌統の後頭部に右手をまわした。


「だってよ、溜まってたら明日の戦に集中出来ねぇかもしんねーだろ?」

「心配しなくても、その怪我じゃ明日はあんた本陣でお留守番だぜ?」

「あ?…あー、」


明らかに図星といった様子の甘寧に、凌統の片眉が吊り上がった。


「……普通に出るつもりだったわけ?」

「いや…左使わねぇし…いっかなーって」

「いっかなー、じゃないっつの!」

身体を離してばつが悪そうに頭を掻いていると、凌統にあからさまに嘆息された。

「もうすぐ軍議だから、孫権様には俺から言ってやる」


さしもの甘寧もこれには声を荒げた。


「大丈夫だっつってんだろ!ガキじゃねえんだから無茶なんざしねえ!」

「脳内五才児のくせによく言うよ。……それに、俺の気持ちも少しは考えてほしいね」

「ご、五才児ぃ?」


言わせておけば、と食ってかかろうとしたとき、視線の先に沈痛な面持ちの凌統を捉えて口を噤んだ。


「下手に戦場出て……死んだらどうすんだよ」


俯く凌統の声は、何かを堪えるようでいて吐き捨てるようでもあった。

死んだらどうする――か。

そんな大袈裟な、などと笑い飛ばせることではない。
死とは常に隣り合わせの日々を送っているのだ、その程度の節度は弁えている。


「…ありがとな」


感謝と申し訳なさと、少しばかりの喜びを篭めて静かに礼を述べると、凌統はぐっと押し黙った。

面を上げようとしない凌統に甘寧は調子を変えてにっと笑う。


「ま、凌統が今夜相手してくれたら大人しく待っててやってもいいぜ?」


腰に手をあて、ふんぞり返って言い放つ甘寧を見上げ、凌統は数秒ぽかんとした後軽く吹き出した。


「待っててやってもって…何様だよ、あんた」

「甘興覇様に決まってんだろ」

「そういうとこが五才児なんだっつの」

「ぁあ?五才が言えるか、こんなこと」

「…じゃあ八才に昇格してやるよ」

「八才か…。その年頃の三つの差はでけぇな」

「んじゃ、甘寧は八才ってことで」

「おう、俺八才………って、なんか違くねぇ?」


他愛のない会話をしていると、幕舎のほうから召集の声がかかった。


「さて、そろそろ行きますか」

「軍議終わったらちゃんとヤらせろよ?」

「なんのことだい?」

「……しらばっくれるか。真夜中に襲ってやる」

「…何その犯行予告」


二つの背中がゆっくり遠ざかっていく。


少しして、静寂を取り戻した湖に映っていた月の姿が、再び雲に隠れだした。
煌めく月光が消えゆくと、見計らったように虫たちの音色が辺りを満たす。


数刻前と違うといえば、水辺に甘寧の具足と医療道具が残されているという点。

軍議が終わっても尚、持ち主たちは姿を現さなかった。


fin.

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あきゅろす。
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