無双小説
左近流月見将棋・壱(左三)
満月もいいが…こういう月もたまにはいいものだな。
夜空に、まるで闇を切り取ったように浮かぶ下弦の月を見上げ、三成は胸中で呟いた。
半端な細さのくせに周りの星をも呑み込む明るさを放っている。
その明るさのあまり、夜だというのに周辺を泳ぐ雲さえ見えた。
暫く縁側に腰掛け、履物も無しで庭に足を投げ出していた三成は、知らぬまに冷えていた手を擦り合わせた。
「何やってんですか、殿。風邪引きますよ?」
軽い調子で声を掛けられ、誰だかなど判りきっていたがそちらに振り向こうとしたとき、肩に羽織りを掛けられた。
「まったく、そんな薄着で…。ほら、中入りましょ」
「…左近、お前に浪漫はないのか」
「浪漫?」
三成の肩を羽織りの上からさりげなく抱きながら、左近は三成の視線の先を追った。
質問の意図を察すると同時に微笑んだ。
「じゃあこうしましょう」
そう云うと左近は反転して襖を開け、火鉢によって柔らかい暖気に満ちた部屋に入ると部屋の一角から将棋盤と駒を持ってきた。
それを若干縁側拠りの室内に設置する。
「月見将棋です」
「…見たまんまだな」
「まあまあそう云わずに。左近だって殿に体壊されちゃ堪んないんですから」
そんなことを云われると返答に困る。
というか従うしかないではないか。
おずおずと三成が足を引っ込めて縁側から戻ると、左近が安心したように優しく笑う。
将棋の駒を配列どおりに並べながら、左近は空を見遣った。
「…明日は雨かもしれませんな」
「何故判る?」
「雲の流れと……大方は勘ですよ。寝るときは閉めて下さいね」
開いたままの襖を目で示す左近に頷くと、駒を並べ終えた左近が手合わせ願います、と冗談めかして頭を下げた。
「殿からどうぞ」
「先手必勝という言葉を知らんのか?腰が低くては勝てぬぞ」
「お、云ってくれるじゃないですか。……いいでしょう。なら、負けた方は相手の云うことをひとつだけ聞く、というおまけ付きでどうです?」
「ふん、己の首を絞めるだけだ」
三成の表情には余裕の色が濃かった。
勝つ自信はある。
秀吉や清正の相手をしてきたのだ。
まあ、建前で秀吉には負けたりもしたが。建前で。
左近は頭の回転は早いだろう。
元々そこを買ったのだからそうでないと困るが、所詮それは軍略においての話。
案外こいつは抜けている部分が間々あるのだ。
勝利の笑みを浮かべる三成の様子を見て、左近はこっそり不敵に笑った。
慢心はいけませんよ、殿?
既に左近の脳内は、三成にどんなことをやってもらうか考えていた。
こうして、お互いが勝利を確信した不毛の月見将棋は始まった。
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