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中・長編。
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 いつの間にか、ずいぶんと山奥まで入り込んでしまっていた。

「最初の道をまっすぐじゃないのか・・・・・・」

 予定ではもうすぐ港が見えるはずなのだが、隣国で用意したこの国の地図はずいぶんデタラメなものだったらしい。海どころか、ユインの目の前にはどこまでも鬱蒼と茂った森が広がっている。

 日も暮れかけ途方にも暮れかけたころ、ふと漂ってくる濃い花の香りに誘われた。

 木立を分け入った先に見つけたのは、小さいが立派な造りの建物だ。

 咲き誇る花や木々に埋もれるようにして建つそれは、外観から察するに神殿。

「なにかお探しですか?」

 ふと背後に軽やかな声を聞いて振り返った。

 声の主は、バケツを持った女神・・・・・・いや、両手が泥でまみれた女神などたぶん存在しないだろうから、十中八九、人間の、しかも背格好からするに立派な青年だ。

 身につけているのは大陸で広く信仰されているフルロ教の神官衣装。清廉な薄青の長衣が奥深い森の神殿で祈りを捧げ続ける身にふさわしい、色の白い肌によく映えていた。

 年の頃は十七、八ほど。神官としては若すぎる外見は青年の神秘的な美しさをよりいっそう際立たせている。

 とはいえ、こんな場所にいるということは、目の前にある神殿の関係者であることは明らかだった。

「邪魔して悪い、フルロの神官どの。俺はウェードゥスから来たんだが、今夜の宿を探しているところでね。どこか良いところを知っていたら教えてもらえないか」

 この大陸では珍しく、ユインはフルロ教の信徒ではない。彼の祖先が大陸の外からやってきた人種であるためだ。肌もウェードゥスの人間にしては少しばかり浅黒い。

 フルロ教は大陸でも広く伝わっている宗教だが、異教徒に対してそれほど排他的ではない。同じフルロの信徒が聞けば眉をひそめるだろうユインの気安い口調も、神官の青年はまったく気にした様子はなかった。

「この近くに宿はないんですが・・・・・・」

 それどころかユインの質問に宙を睨みつつ真剣に悩み、そして、さも名案を思いついたとばかりに得意げな表情をつくった。

「あ。神殿に空いている部屋がありますから、よろしければ泊まっていきませんか」

「そうしてもらえれば助かるが、いいのか?」

「もちろん」

 青年の顔には、ぜひ泊まっていってほしい、そうありありと書いてあった。

 どのみちこの先には宿はない。神殿ならば盗難にあうこともないだろう。

 不完全な地図にずいぶん歩かされた疲れもあって、ユインは一晩の宿を借りることにした。

「感謝する。けっしてフルロの神の怒りに触れるようなことはしないと誓うよ」

「貴方のお心遣いに感謝を。ちょうど私も戻るところです。さ、参りましょう」

 捲り上げた長衣に泥がつかないようそろそろと歩き出した青年。

 その優雅な身なりにそぐわない愉快な足取りに、あとをついていくユインの口元は自然と綻んでいた。


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