キリリク小説。
健多くんの苦難の日々5〜かなたさまリク☆〜@
窓の外は相変わらずの雨。
「遅いなぁ・・・」
ローテーブルの上のカップを手に取り、すっかり冷めた中身を一気に流し込む。
鳴人が淹れてくれたお茶は、時間が経って渋味が増したような気がした。
溜まっていた原稿を上げて、久しぶりのゆっくりとした休日。
いつも通り泊まり込みの勉強会と母さんに告げて、こうして鳴人のマンションに泊まりに来ている。
こうも頻繁に特定の男の家に出入りする息子を母さんが少しも不思議がらないのは、やっぱり兄さんの口添えがあるからだと思う。
それに鳴人に勉強を見てもらうようになってから僕の成績も上がり、母さんは万々歳だ。
一緒に早めの夕食をとって、鳴人は切れたミネラルウォーターを買いに出かけた。
このマンションのすぐ近くに大型スーパーがある。
そこに行けばだいたい10分くらいで水を買って帰ってこれるはずなのに、30分経っても鳴人は帰ってこなかった。
悪運の強い鳴人に限って事故かなにかに巻き込まれているということはないだろうけど、さすがに心配になってくる。
ふと外に目を向けると、鳴人が出かけた頃よりずっと雨はひどくなっていた。
ソファに放り投げてあったケータイに手を伸ばす。
着信履歴から鳴人の番号にかけてみようとボタンを押したとき、玄関でドアが開く音がした。
そして、うぇー、という間の抜けた声も。
慌てて玄関に駆け寄ってみると、そこには見るからに服の中までびしょびしょに濡れた鳴人の姿があった。
「いきなり降りだすとか、ありえねえだろ」
「傘持っていかなかったの?」
急いでバスルームからタオルを持ってきて渡すと、鳴人は片手でがしがしと頭を拭った。
「傘なんて役に立たねえよ、この雨」
「でも近いんだからそこまで・・・」
濡れないだろ、と言おうとして、鳴人のTシャツのお腹が不自然に膨れているのが見えた。
「それ、なに持ってんの?」
靴を脱いで片足だけ廊下に足を踏み入れていた鳴人が僕の視線の先に目を落とす。
そういえば、どこにもミネラルウォーターらしきものを持っていない。
「まさか・・・ペットボトルを濡れないようにお腹に隠してたとか?」
「なわけねえだろ。これは」
ぴら、とTシャツを捲るとそこには。
「にゃあ」
「・・・・」
ずぶ濡れの、大きな仔猫がいた。
「この子、生まれてどれくらい?」
オレンジと黒がぐちゃぐちゃに混じり合った不思議な色の仔猫。
それは大人の猫とはいえないけれど、仔猫ともいえない微妙な大きさだった。
その猫は今、見知らぬ場所に警戒しているのか、部屋の隅で丸くなっている。
びしょ濡れだった体はすでに鳴人がお風呂に入れて、ドライヤーをかけてやっていた。
「そうだな・・・4、5ヶ月か」
ゴソゴソと普段は使わないクローゼットの中を漁りながら鳴人が言う。
「お、あった」
「なに探してんの?」
「これ」
振り向いたその手には、白い袋が握られていた。
「ちょっと前に親父たちが旅行に行ったとき、実家の猫ここで預かったことがあったんだ。そのときのメシ」
袋の中にはキャットフードが小分けして入っていた。
それを小さな皿にザラザラと音をたてて入れると、こちらを睨んでいた猫の耳がピクッと震えた。
「これくらいデカければ固形のメシも食えるだろ」
鳴人はご飯の入った皿を猫の方にゆっくりと押しやる。
最初は逃げ腰だって猫も、しばらくするとよほどお腹が空いていたのか、じりじりと皿に近寄ってご飯に口をつけた。
猫はムガムガと何やらわけのわからない声を出しながら一生懸命ご飯を食べだす。
「食べた」
こうして動いてる姿を見ると、この奇妙な模様も愛嬌に思えてくるから不思議だ。
けっこうな量が入っていたご飯はあっという間になくなって、猫はまだ足りないとばかりに鳴人の足に擦り寄った。
「一度に食ったら腹壊すぞ」
鳴人は笑いながら皿を片づける。
「・・・なんか、動物と戯れる鳴人って変な感じ」
あまりに不思議な感じがして、そんな言葉が思わずポロッと口をついて出てしまった。
「そうか?昔から家に必ず一匹は猫がいたからな。慣れてんだよ」
「ふぅん・・・」
この猫にもそれがわかるのか、さっきまであれだけ警戒していたのに今度は鳴人の後ろをついて離れなくなった。
鳴人がソファに座ればその足元に纏わりつき、立ち上がればその後をついていく。
終いにはトイレにまでついていって、鳴人が出てくるのをドアの前で待っている始末。
「・・・ずいぶん懐いてるね」
「もとは飼い猫だったのかもな」
猫は鳴人の膝の上で喉元を撫でられ、ぐぐぐ、ぐぐぐ、と気持よさそうに喉を鳴らした。
僕も少しくらいは触ってみたくて、恐る恐る小さな頭に手を伸ばしてみる。
すると猫はその気配を感じたのか、はっと顔を上げてこっちを見たまま固まった。
「・・・だめ?」
ダメ。
そう目が語っているようでしぶしぶ手を引っ込める。
それをみて鳴人が笑う。
「そういやお前んち動物飼ったことないんだよな」
「うん。みんな忙しくて世話できないから。でもちょっとくらい触りたい」
あのフワフワの毛・・・柔らかくて気持ち良さそう。
「ビビってんのが気配で伝わんだよ。じゃ、俺風呂入るわ」
「えっ」
この子と二人きり!?
どうしようなんて思ってる間に、鳴人は猫をソファに降ろしてバスルームに行ってしまった。
残されたのは僕と猫一匹。
「・・・」
チラッと横眼で見てみると、猫もこっちをじっと見ていた。
その目にはまだありありと警戒してます、のサインが出ている。
試しに手を伸ばしてみる。
猫はビクッと腰を引いて一歩下がった。
「・・・もしかしてメス?」
僕には男としての魅力が足りないのか・・・。
結局この猫がオスなのかメスなのか確かめることすらできないまま、僕は猫と並んでテレビを見ていた。
しばらくしてシャワーを浴びた鳴人が帰ってくる。
すると猫はぴょんとソファから飛び降りて、鳴人に駆け寄っていった。
「なんだお前ら。まだ和解してなかったのか」
ぐるぐると足元を回る猫の頭を鳴人が撫でながら言う。
「・・・僕、猫に嫌われる体質?」
少しだけいじけて言うと、鳴人が噴き出した。
「さあ。同族だと思って警戒してんじゃねねえの?」
「同族って僕は猫じゃないし・・・・・もういい。僕も風呂入ろ」
猫を抱きかかえてソファに座る鳴人の横を抜けてバスルームに向かう。
途中振り返ってみると、鳴人は髪も乾かさずに猫の頭を撫ででやっていた。
猫を見下ろすその顔がいつになく優しげで、なんとなく面白くなかった。
風呂から上がると、鳴人はソファの上で横になっていた。
そのお腹の上にはちゃっかり猫が陣取っていて、僕が近づくと顔を上げた。
「髪乾かさないとまた風邪ひくよ」
声をかけると、鳴人は視線だけをこちらに向ける。
髪はまだ濡れたままだ。
「コイツ明日俺の実家に行くことになった」
手元にケータイが転がっているから、僕が風呂に入っている間に電話したんだろう。
「引き取ってくれるって?」
「今さら一匹増えたところで変わんねえって」
仲良くやれよ、と声をかけられて猫が目を覚ましたのか、またぐるぐると喉を鳴らしだす。
「よかったな」
このまま引き取り手がなかったらどうしようと僕も思っていたし、これで一安心だ。
最後くらいは撫でられてくれるかなと思って手を伸ばしてみたが、やっぱり睨まれたので手を引っ込めた。
「・・・・・・・・・・・・・寝る」
なんだか否定された気分になって僕はふてくされる。
鳴人は一度だけそんな僕を見たが、特に何も言わずに猫の頭を撫でるだけだった。
心にモヤモヤと蟠ったわけのわからない感情を振り払うように、僕は乱暴に髪を乾かす。
それでもベッドに潜ると、すっかり慣れた匂いに少しだけ穏やかな気持ちになった。
・・・きっとあの子も不安なんだ。
あんな冷たい雨の中に一人いて、やっと自分を拾ってくれた鳴人に一生懸命縋ってるんだろう。
僕があの子の立場でもきっとそうすると思う。
(明日になったら、あの猫とも仲良くなれる気がする・・・)
だから明日は優しく見送ってあげよう、と目を閉じたときだった。
カチャ。
寝室のドアが静かに開く音がして顔を上げると、猫を抱えた鳴人が入ってきた。
「寝るの?」
「ああ。ほら、お前はここで寝てろ」
俺は髪乾かすから、と猫をベッドに乗せる。
それは僕からけっこう離れたところだったが、猫はしばらく考えた後、もそもそと僕の方に寄ってきた。
「お・・・・おお・・・」
感動に思わず声をあげる。
猫は僕の目の前でくるくると回ると、ドテッと僕の腕の中におさまった。
「やっと慣れたのかな・・・かわいー・・・!」
猫の毛は思ってたよりフワフワで、とても温かかった。
せっかく寄ってきてくれた猫を刺激しないようにゆっくりと頭を撫でると、すぐ目の前でぐぐぐ、と喉を鳴らす音がする。
「見て、ほら」
嬉しくて鳴人の方を振り返ると、鳴人は髪を乾かしながら何故かムッとした表情でこっちを見ていた。
ちょっとした優越感に僕はニヤッと笑う。
「ふふ〜ん。自分だけが好かれてると思うなよ」
「・・・」
無言で髪を乾かし続ける鳴人に背を向けて、僕はここぞとばかりに猫を撫でた。
「あー・・・癒される・・・」
今までこうして動物と一緒に寝たことなんてなかった。
猫とか飼ったらきっと毎日こんな感じなんだろうなぁ、なんて思いながら柔らかい体に顔を埋めていると、ドライヤーの音が止まった。
そして部屋の灯りが消え、ベッドが沈む。
思ったよりベッドが揺れて、猫が顔を上げた気配がした。
「ちょっと、静かに!猫が起きちゃ・・・・あっ!」
ひょい、と鳴人が猫を持ち上げた。
慌てて体を起こすと、鳴人が僕を見下ろしている。
「なにすんだ、大人げないぞ!」
自分以外に猫が懐いて悔しいからって猫を取り上げるなんて!
持ち上げられてだらんとしている猫を取り返そうと手を伸ばすと、鳴人は猫をベッドの一番端に下ろした。
「もう!・・・っと、わっ」
もう一度猫を引き寄せるために起こした上半身を、鳴人に押し倒される。
抗議しようと口を開きかけたとき、耳元に寄せられた唇から低い声が流れた。
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