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キリリク小説。
狂愛@〜陽向蒼さまリク☆〜
―――――――――夢を見ていた。

もう一度あの光を仰ぐ夢を。







ぽつ。

首筋に落ちた一滴の水の冷たさに、リューンは重たい瞼をわずかに開いた。

目に飛び込んでくる風景は相も変わらず灰色の石の床。

投げ出された足元には天井から一滴ずつ落ちる水が大きな水溜りをつくっていた。

顔を上げれば首に巻きついた鎖がじゃら、と耳障りな音をたてる。

立ち上がりたい。

しかし、壁に寄りかかったままの四肢がまったく言うことをきかない。

前方にある小さな鉄格子のはまった小窓から伸びる橙色の光は今が夕刻であることを教えてくれた。

ここに囚われてからどれくらいの歳月が経ったのだろう。

虐げられる身体は日毎に弱っていき、最近ではお情け程度に出される冷めた食事さえ喉を通らなくなってしまった。

希望などとうに朽ち果て、あるのは広がる薄闇と錆びた鉄の匂いだけ。

殺してくれ。

何度そう懇願しても聞き入れられず、忘れ去られた沼地のように変化のない毎日に気が狂うのにも時間はかからなかった。

だからリューンは夢を見る。

あの鉄格子の向こうで陽を全身に浴びる夢を。

リューンはゆっくりと目を閉じて、希望の向こうにある幻想の世界へもう一度旅立った。






「起きなさい」

その冷たく低い声が降ってきたのはリューンが眠ってからすぐのことだった。

いつの間に部屋に入ってきたのだろう。

毎日この男は唐突にこの部屋へやってくる。

リューンは自分の前に立った男を見上げた。

撫でつけられた黒髪。柳眉の下には溶けることをしらない氷の瞳。

最低以下の生活水準を強いられたこの部屋の中で、男の襟まできっちりと装飾の施された深緑の制服だけが異質だった。

「下がれ」

たった一言。

この男が命令すれば背後につき従っていた二人の部下が声も立てずに部屋を出ていく。

重い鉄の扉が閉じる音がして、そしてまた静寂が訪れた。

「・・・何も召し上がらないそうですね」

はるか頭上から、地の底を這うような声がリューンに降り注ぐ。

答える気力も、答えてやる気ももたないリューンはただ静かに目を閉じただけだった。

それが男の癇に障ったのだろう。

「・・・ッ、ぁ!」

目の前に膝をついた男の長い指がリューンの顎を力任せに掴む。

首まで絞められそうなその行為に、リューンは目の前の男を力なく見つめる。

「・・・ころせ」

この男の質問に対する答えはひとつ。

ただ、殺してくれという一言だけだ。

「おれを・・・ころせ・・・ころせッ・・・!」

掠れた声で何度も呟く。

そのうちに怒りが引いたのか、男の手がわずかに緩められた。

「自分の立場を理解していないわけではないでしょう。貴方を殺せば誰が私の欲を受け止めるのです」

リューンの顎を掴んでいた指がつっ、と首筋をなぞる。

男が触ったところから一直線に痺れが走り、唇を噛み締めた。

「覚えておきなさい。貴方は私の慰み物になるためだけに生かされている。それ以上でも、それ以下でもない。よって、死ぬことは赦されません」

悔しさに流す涙などもうとっくに枯れ果てた。

今のリューンにできることはただこの男の言葉を聞かないように心を塞ぐことだけだ。

動かない首を必死にそらし、ただ時が過ぎることだけを願っているリューンの姿に、男は唇だけで笑う。

「おわかりになりましたら食事をなさってください。そうすれば今日はこれで帰ってさしあげましょう。・・・・嬉しいでしょう?私に抱かれずに済むのは」

服とも呼べない布きれのようなリューンの汚れたシャツを肌蹴させ、現れた紅い果実に指を伸ばす。

「ふッ・・・くっ・・・!」

コリ、コリ、と乾いた突起を爪でゆっくりと転がし、男はその感触を楽しんだ。

背を反らし、胸へ与えられる刺激に感じまいと強情を張るその姿がまた男を煽る。

「抱き殺してもらえるなんて思わないことです。私は貴方の身体を楽しむためにこの牢へ足を運んでいる。貴方が死のうとすれば全力で介抱させ、また抱くだけです」

男の執拗な愛撫にリューンは歯を食いしばり、残された最後の力を振り絞って足元に転がったトレイに手を伸ばした。

震える手でスプーンを握れば、やっと乳首への攻めが止まる。

声を漏らすまいと息を詰めていたリューンは、やっと訪れた解放に深い息をついた。

「殊勝なことだ。それほど私に触れられるのはお厭ですか」

スプーンがカチカチと食器を叩く音に眉をひそめ、男は立ち上がる。

「せいぜい生き長らえることですね。生きていればいつかは希望が見えるかもしれない」

ニヤリと歪む口元は、もとよりリューンに希望など残されてはいないと語っているように見えた。

扉へと向かって歩いていく男の後ろ姿をリューンは睨みつけ、小さく吐き捨てた。

「貴様なぞ死ねばいい・・・シヴァ」

視線だけで人が殺せればいい。

信ずることのできなくなった神にそう願いながら。








はるか遠くで爆音が鳴った。

唯一外界からの空気を運ぶ窓からかすかに聞こえてきたものだ。

四肢に繋がれた鎖を子供のように弄びながら、リューンは何度忘れようとも忘れられない、あの悪夢の日を思い出す。

革命。

勝者によって後にそう呼ばれるであろうあの反乱の始まり。

それはこの国を統べてきたリューンの父である皇帝が逆賊によって弑虐された日のことだ。

その日、リューンは武道の指南役兼警護係を務めるシヴァ=ラグーンと共に兼ねてより病で静養中の皇帝を見舞いに宮殿に入っていた。

皇帝として多忙を極めるリューンの父。

久しぶりの会話をリューンも心待ちにしていた。

『陛下。お身体の具合はいかがですか』

いつもはそこに必ずいるはずの見張りの兵がいないことを訝しがりながらも、もしかすると皇帝が人払いをしたのかとも考え、リューンは自らの手で皇帝の寝所の扉を開いた。

『外はいい天気です。よろしければ散歩、な、ど・・・』

開け放たれた窓から、大量の風が寝所の中へ吹き込んでいた。

その風は扉という出口を得、部屋に充満した空気が一気にリューンへと押し寄せた。

『・・・・ぁ・・・・ッ!?』

むせかえるような血臭。

視界に飛び込む、一面の赤。

そして部屋の中央に設えられた王の寝台には、無惨に切り裂かれ原型をとどめぬ王の屍があった。

『ち・・・ち、うえ・・・?』

嘘だ。

なぜ、こんなことに。

なぜ。

リューンは後ろを振り返る。

そこには生まれたときからリューンを守護してきた、この世で最も信頼できる男の姿があった。

ある、はずだった。

『・・・・シヴァ?』

シヴァの長身がリューンに影を被せる。

陽光を遮るその闇の奥で、シヴァの唇は確かに笑っていた。

『いったい何が、』

『・・・これでもう、私のものだ』

次の瞬間、振り下ろされた長剣の鞘がリューンの首筋を襲い、リューンは太陽を失った。
 

その後は終わることのない地獄だ。

どこかわからない地下牢に四肢を繋がれ、国家の転覆を謀るシヴァを含めた革命軍と名乗る者たちの捕虜とされた。

最も信頼していた、兄のように慕っていた男に裏切られ、犯され。

今なおリューンの行方を捜す国軍の兵たちが無残にも散っていく様子を毎晩のように語られた。

殺してくれ。

何故、俺は生かされている。






「ふぁッ、は、ぁ、ぐ、ぁ、アアッー!!」

突き上げられる最奥。

カラダの中から押し出され、白い腹部に飛び散る精液。

手足を床に縫いとめる鎖のけたたましい金属音。

リューンは今夜もいつもと変わらず、シヴァに犯されていた。

「ああぁッ!シ・・・ヴァァッ!!」

屈辱と嫌悪、そして抗えない快楽に歪んだリューンの顔をシヴァは満足げに見下ろした。

嬌声の合間に呟かれる憎しみの言葉。

制服の袖に爪を立て、淫らに腰を振りながら何度も「赦さない」と吐き捨てる。

そんなリューンをシヴァは微笑みをもって見つめていた。

愛しい愛しい、我が主。

振り乱される金髪を指に絡め、ぐっと引き寄せる。

「が、ぁッ!?」

頭部に走る痛みにリューンが叫んだ。

その耳元に寄せられたシヴァの冷徹な唇が、リューンへいつもの言葉を囁き続ける。

毎晩のように行われるこの行為の間、ずっとリューンへと降り注ぐ呪詛。

「・・・・・す」

「ッる、さ、ぁッ・・・!」

その言葉を否定するかのように、リューンが逃げ場のないカラダを捩る。

ギチギチと己の怒張を締め付ける心地よい内部をシヴァは揺すり上げた。

そのたびにリューンは高い悲鳴を上げて仰け反り、紅く熟れた乳首をシヴァの眼前に晒した。

「ひぃッ、ぃやぁ・・・!」

刺激に膨らんだ粒を捏ねまわす。

先端を押しつぶし、尖らせて上下に倒した。

胸へと与えられるもどかしい快感にリューンは涙を流して耐える。

ソコへの刺激はリューンの後孔をさらに淫らに蠢かせ、シヴァを楽しませた。

「た・・・す、けッ・・・」

ゆさゆさと人形のように揺さぶられ、リューンは徐々に自我を失っていく。

カラダの内側から脳をも焼きつくす快楽に侵蝕され、やがて嬌声を上げ続けるただの肉塊へと作りかえられていくのだった。







いつものようにシヴァがリューンの牢へとやってくる。

また今日も犯されるのか。

警戒したリューンは無駄とは知りつつもじゃら、と鎖を手繰り寄せて部屋の隅へ逃げる。

しかし、今日はいつもと様子が違っていた。

「これを」

ばさり、と足元に投げつけられたもの。
それは清潔な毛布だった。

空調の管理されているこの牢ではリューンが繋がれた当時に着ていたシャツ以外、なにも纏うことは赦されていなかった。

それがいったいどういうことか。

シヴァの真意が掴めず、しかし逆らうこともできずに毛布を身体に巻きつける。

すると、遠くから軍靴の高々と石を叩く音が聞こえてきた。

誰か来る。

もう長いこと見張りの従者とシヴァしかやってこなかったこの牢に。

わけのわからない緊張にリューンは息をつめた。

足音が部屋の前で止まり、重い扉が開かれる。

「・・・ご足労痛み入ります、叔父上」

「うむ。思っていたより快適そうな牢だな」

シヴァに頭を下げられ、中へと入ってきたのはシヴァの叔父。

元国軍東部統括元帥、マヴァル。

そしてこの革命軍を率いて国家転覆を謀った首謀者マヴァル=ラグーン。

それがなぜここに。

「お久しぶりでございますな、殿下。いや・・・今となっては陛下とお呼びした方がよろしいか」

小馬鹿にしたようなその言い草に、カッと目の前が赤く染まる。

怒りに叫び出しそうになる自分をリューンはやっとのことで抑え込んだ。

「まあ、もうすぐ陛下ですらなくなるのですが・・・我が軍はあと一歩でこの国を手に入れることができる。その証として、この国の最後の日に貴方様を民の前で処刑いたします」

告げられた残酷な言葉。

リューンはもう涙を流す気力すらなく、冷たい床に目を落とした。

マヴァルはそれを愉快そうに眺め、リューンに一歩近づく。

「・・・・・私に近寄るな」

せめて死に際までこの男には屈せずに生きよう。

俺は最期の瞬間だけでも、この国の次期後継者でいよう。

そう心に誓い、リューンはマヴァルを睨みつける。

「おお。そういう目は亡きお父上にそっくりですな。しかし、その他は傾国の王妃と謳われたお母上によく似ていらっしゃる・・・」

ぐ、とマヴァルの太い指がリューンの顎を掬いあげる。

吐き出される呼気がかかる不快さに、眉をひそめ目を反らした。

「・・・そういう反抗的な態度もお父上に似ているな」

「・・・ッ!?」

力任せに首の鎖を引かれ、リューンは濡れた床に勢いよく倒れこんだ。

その頭を鷲掴みにし、マヴァルが耳元で囁く。

「貴様の父親は私の意見を聞かなかった。もう少しで隣国を攻め滅ぼすことができたものを、あろうことか和平なんぞを結びおって・・・いまいましい。あれがなければ今頃この国はもっと豊かになっていたのだ」

「父上、はッ・・・陛下は争いを、好まなかった・・・我が国は今のままでも充分・・・ッぁ!」

ギリ、と鎖を引かれ、苦しさに声を上げる。

「黙れッ!この期に及んでまだ皇族を気取る気か!・・・・・そうだな、処刑までの間お前を徹底して貶めてやるのもいいな。その無駄に美しいカラダを開いて、自ら男を欲しがる淫売にしてやろうか」

くくく、と好色な目が細められ、リューンは背筋を震わせた。

・・・辱められるのか。

シヴァではなく、この男に。

それは・・・それだけは・・・!

「叔父上」

その時、扉に背を凭せかけこちらの様子を見ていたシヴァが口を開いた。

甥の責めるような言葉にマヴァルは眉を跳ね上げる。

「文句でもあるのか、シヴァ」

「そうではございません。これは正当な要求です。その者に手を出さないでいただきたい」

カツ、と靴を鳴らしてこちらに歩み寄る。

「なんだと!貴様、ワシに逆らうつもりか!」

マヴァルが握っていたリューンの首の鎖を投げ出し、シヴァの襟首を掴んだ。

しかしシヴァは顔色一つ変えずに自分より頭一つ分背の低い叔父を見下ろす。

「・・・この革命に手をお貸しする際に申し上げたはず。処刑までの間、私に殿下の処遇の一切をお任せ下さると。私が握っている軍の情報を漏らされたくなければ、殿下には指一本触れぬようお願いいたします」

冷たい、それでいて煉獄の炎のような凄みのある声だった。

その声にマヴァルは一瞬目を泳がせ、そしてゆっくりと甥の襟元から手をひく。

「・・・ふん!」

不満そうな目を残しながらマヴァルがシヴァの横をすり抜ける。

部下に扉を開かせ、振り向いて言った。

「この革命において自分が重要な人物であるとでも思っておるのだろう、シヴァ。この国を我が物にしたあかつきにはその間違いを正してくれるわ」

声高に甥の後ろ姿に向かって叫び、マヴァルは牢を出て行った。

残されたのはシヴァとリューンの二人。
「シヴァ、お前は・・・」

助けて、くれたのだろうか。
あの男に辱められることから守ってくれたのか。

しかしその言葉を言い淀んでいたリューンに、シヴァは冷たく言い放った。

「勘違いをしないでください。貴様は私だけの慰み物。それを叔父上に説明して差し上げたまでのこと」

「じゃあなぜ・・・このようなことを・・・」

この男がわからない。

自分の玩具を奪われたくないという独占欲なのだろうか。

それでは、なぜ。

「・・・お前はあんなに何度も、」

行為中に何度も囁かれる言葉。

狂ったように。

『リューン様・・・・愛しています』

「なぜ・・・いつも、あんなことを言うんだ・・・!!」

自分が殺されると宣言されたときにさえ流れなかったリューンの涙が、一筋その白い頬を伝った。

「俺が、お前のことをどう思っていたのか・・・・知らなかったわけじゃないんだろう!!」

生まれたときからこの男は自分の傍にいた。

普段はまったく笑わず、部下からは恐れられ、それでも自分にだけはいつも優しく微笑みかけてくれた。

父である皇帝に縁談を持ちかけられたときでさえ、自分の傍にシヴァ以外の人間がいることに耐えられないと思って断った。

ずっと、好きだったのに。

「俺は、ずっと・・・!」

自分を縛める鎖を何度も叩きながらリューンは泣いた。

裏切られてもなお、そんなシヴァを見ていたくなくて、殺してくれと訴えた。

「シヴァ・・・」

鎖に繋がれた手を伸ばす。

あと少しで袖に触れる。そんな距離で無残にも鎖はびん、と伸びきった。

リューンの頬を新たな涙が伝う。

それを眺め、シヴァはくるりと踵を返した。

「シヴァ!」

・・・その悲痛な叫び声をシヴァは背中で振りきった。


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あきゅろす。
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