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アソビの恋〜後悔編〜@
運命の出会いから一夜明けて。



瀬野遊穂(24)はいまだかつてないほどの深い後悔と頭痛に悩まされていた。

床に寝転がったまま隣のベッドを見上げればそこには男がひとり。

昨夜バーで知り合って、なぜかその人の彼女(元カノ)と間違われてキスをされ、自分も勢いに任せて彼をイかせてしまったという事実。

冷静になって考えればとても信じられないことだった。

少なくとも遊穂にとっては。

(やっぱ俺、いつもより酔ってたんだわ。よく考えなくても男相手とかありえねーし・・・)

深く溜息をついて身体を起こす。

床で寝ていたせいかあらゆる関節がギシギシと痛み、ついでのような軽い二日酔いに視界が揺れた。

寝癖でひどいことになってるであろう薄茶色の髪を撫でつけ、ハッとその手に昨夜握り締めたモノの感触を思い出してまた溜息をつく。

これだけ後悔し、忘れたいと願っているのに手のひらに残る男のモノの感触は消えていない。

(・・・誰か助けて)

自他共に認める女好き。

それがこんな思い出したくもない経験をすることになるなんて。

ギシ。

ふと隣のパイプベッドが軋む音に目をやると、この部屋の主かつ遊穂の後悔の原因である小金井基哉(26)が寝がえりをうっていた。

一途に思い続けていた彼女にフラれ、連日の仕事で疲れきったサラリーマンの顔。

どこをどう取ったって、昨夜みたいにちょっと顔が良いだけのこの男に遊穂が欲情する要素はない。

(・・・馬鹿馬鹿しい。帰るか)

ひっそりと息を吐いて重い身体で無理やり立ち上がった。

さっさと家に帰ってシャワーを浴びて。

そして働いている店を開けて。

それで終わり。それですべてが忘れられるはずだった。

昨日の失態を断ち切るように遊穂は気合いを入れてベッドに向き直る。

飲み過ぎのせいかそれとも泣いていたのか。

ぐっすりと眠りこけている基哉の瞼は腫れていた。

起こすのは酷だろうが、それでも一宿の礼は言っておかなければならないだろう。

それに昨夜のことももう一度謝ったほうがいい。

「基哉さん・・・基哉さんって」

掛け布団を握りしめた手を揺さぶると、基哉は一声唸って目を開けた。

「・・・なんだよ」

昨夜のことがあったからか、その眉は不審げにひそめられる。

まるで警戒した動物みたいだな、と遊穂は内心苦笑した。

「基哉さん。昨日は変なこと言って・・・っていうか、してごめんね」

その言葉で遊穂に言われたことを思い出し、基哉は溜息をつきながらベッドの上で身体を起こした。

こちらも二日酔いで頭痛がするのか、頭を抱えながら小さな声で返事をする。

「・・・昨日も言ったけど、俺は男とかありえねえし、」

「や、俺も」

あっさりと言い放った遊穂に、基哉は目を見開いて顔を上げた。

「は?」

「いや、だから。俺も酔ってたんだって。一晩たって目が覚めました。すみませんでした」

深々と頭を下げればそれ以上責める力もないのか、基哉が戸惑いの表情を浮かべる。

「・・・ああ、まぁ、わかったんなら別に」

ボリボリとこめかみを掻いて呟いた基哉に遊穂はほっとした表情を浮かべた。

「じゃあアレはなかったことに。よし、お世話になりました!俺帰るわ」

「おお・・・・またな」

また。

その機会があるかどうかはわからないが、とりあえずは平和的に解決したようだ。

玄関まで見送ろうとベッドを降りる素振りをした基哉を制止して、遊穂はひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。

エントランスを出てよく晴れた空の下で思う。

これでまた、いつもの生活が始まると。







それから二週間がたったある日、遊穂は勤め先のジュエリーショップにいた。

この店は遊穂の高校時代の親しい先輩である古嶋が開いたもの。

もともと実家が宝石商を営んでいた古嶋の経営手腕は若いながらも同業者の間でも一目置かれており、近々支店を出す予定もあるほどの盛況ぶりだ。

その際には遊穂をぜひ支店長に、とまで言うほど古嶋はこの後輩を気に入っていた。

今では新たなルート開発に走りまわっている古嶋の代わりに遊穂が店を切り盛りしている。

キツめの空調が効いた店内に流れる軽快な音楽。

それをかき消す程の大きな溜息をついたのは当の遊穂だった。

「・・・おい。辛気くせぇ空気だしてんじゃねぇよ遊穂」

ライトアップされたショーケースの上で片肘をついている後輩に古嶋は呆れたような声を出した。

久々に店に顔を出してみればこのザマだ。

いつもは鬱陶しいくらいに店内の商品を磨いている手も、今日は不景気そうな顔を支える杖になっていた。

商品のほとんどを占めるシルバーアクセサリーを磨くためのクロスも、所在なさげにカウンターに放り出されている。

女関係や私生活に関してはけっして真面目とは言い難いが、仕事のことになるとこっちが関心するほど真剣になる。

それが古嶋の遊穂に対する評価だったのだが。

「具合悪いってわけでもねぇんだろ?」

さすがにいつもと違いすぎる様子にそう訊ねてみても、遊穂は気のない返事をするだけだ。

これは末期だな。

とりあえず底抜けに明るい遊穂がここまで落ち込む何かがあったのだろうと勝手に解釈した古嶋は、ダメージジーンズの尻ポケットからジャラジャラとストラップのうるさいケータイを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。

「・・・よぉ、俺だけど。あのさお前がこないだ言ってた女の子いたよな・・・そうそう。ウチの店の近くで、ってやつ。アレさ、俺の後輩に紹介してもいい?・・・あ、マジ?じゃあ頼むわ。よろしく」

古嶋はパチン、と乱暴にケータイをたたむとケースの上で伸びている遊穂の頭を思いっきり叩いた。

「いて」

たいして痛くもなさそうに返事をする遊穂。

「おら、なに落ち込んでっかしらねぇけど。俺のご好意を受け取れ。新しいオンナ紹介してやるから」

「・・・・・・・オンナ?」

それまで何を言っても生返事しかしなかった遊穂がやっと顔を上げる。

やっぱりコレが一番効くか。

「俺のダチが紹介してくれるってよ。俺も写メ見たけどすげーイイ女。よかったな、新しいヒマ潰しができて」

「別に、ヒマ潰しとかじゃないっすよ」

ブツブツと文句を言いながらも遊穂はいい機会だと思っていた。

あんな事故もう忘れてしまえと自分に言い聞かせてきた二週間。

いろんなオンナノコとデートしてきたし、ヤったりもした。

それは基哉に出会う前と一緒だ。

しかし明らかにあの日から変わってしまったことがあった。

(全然楽しくないんだよなぁ・・・)

いくら刺激的なセックスをしても基哉とのあの行為ほどの興奮は得られない。

可愛い女の子が甘えてきても正直鬱陶しいとさえ思うようになった。

だからといって毎日基哉のことを思い出しているわけではない。

ただ、楽しくないのだ。

だからこれはいいチャンス。

もしかしたら今度紹介してもらえる彼女は自分の運命の人かもしれない。

基哉のことなんかスッパリ忘れて、今度こそだらしのない女関係にピリオドを打つのだ。

そう考えるとここ最近鬱々としていた気持ちが晴れていくようで、遊穂はわずかに元気を取り戻した。

「やっと仕事する気になってくれたか、この節操無し」

「気ぃ使わせちゃってスンマセン」

照れたように答える遊穂に古嶋は心の底から呆れた声を出した。

「店のために決まってんだろ。しっかりしろや」

「またまたぁ〜」

「うっせぇ。仕事しろ仕事!」









「おはようございます。小金井商事営業一課、小金井と申します。先日はお世話になりました」

いつものように取引先に電話をかける。

挨拶から始まり、長々と契約の段取りを確認。そして最後に相手のご機嫌をとって電話を切った。

日々の忙しい生活。

いくらハイスピードでこなしたとしても目に見えて溜まっていく仕事。

そして、未だ心に深い傷を残す彼女との別れ。

「小金井さ〜ん、コレついでに総務に持って行ってくれる?」

「あ、はい。あとで取りに行きます」

いくら代表取締役の息子とはいえ基哉はまだ平社員。

将来的にはそれなりのポストが用意されてはいるものの、まだまだ雑務に追われる日々だ。

いくら働いても終わりの見えない生活。

そんな激務に耐えられる力をくれたのは、高校時代から付き合っている彼女だった。

彼女は就職活動をするにあたって基哉の会社に応募し、そしてもちろん自分の力で内定を勝ち取った。

それも基哉を支えるためと笑って言ってくれた。

そんな彼女が先日、突然の別れを切り出してきたのだ。

『ごめんね基哉・・・私、もっと自分らしく生きてみようと思う』

そのために会社を辞めて専門学校に通うという。

どんな仕事がしたいのか。これからどうやって生きていくのか。

何度聞いても彼女は答えてくれなかった。
自分を忘れて、もっと貴方にふさわしい人を見つけてほしい。そう言われた。

彼女意外に自分にふさわしい人間などいない。

そう思っていた基哉は失意のどん底に突き落とされた。

そこであのバーでの一件。

あまりの悲しさに一人で酒を飲んでいた基哉は、突然後ろの席のカップルが口論・・・というよりも女性が一方的に怒り始めたことに気を取られ、いけないと思いつつも聞き耳を立てていた。

静かな店内を憚ってかその声は小さかったが、次の瞬間、背中にいきなり液体をかけられたのにはさすがに驚いた。

一瞬遅れてそれが背中越しの青年に浴びせられた酒のとばっちりだということに気づき、なぜか彼に親近感を覚えたのも確かだ。
そして意気投合し、あんな事態を招いてしまった。

「先輩、どうかしました?」

「・・・え?あ、ごめん。なにか言ったか?」
隣のデスクに座る男の後輩社員が心配そうに覗き込んでいたのに気づき、基哉は顔を上げる。

「ちょっと前から顔色悪いですよ。ちゃんと食べてます?」

「おお、大丈夫だって。さ、総務に行って外回りでもしてくるか!」

カラ元気だということは自分でもわかっている。

しかし仕事にでも打ち込まなければこの傷は癒えそうにない。

キャスターつきのイスを蹴飛ばさん勢いで立ち上がった基哉は、数々の不幸な出来事を忘れようと気合いを入れた。

「・・・よし」

とりあえず、今は前に進むしかないのだ。









「でさ、遊穂くんってもうすぐ支店長になるんだよね?」

「ん〜、たぶん」

匂いの強すぎない香水。

歳相応に落ち着いた雰囲気を醸し出している彼女は確かに魅力的でイイ女だった。

カウンターについた肘からすらっと伸びる白い手は、今はもう遊穂の腕に乗せられている。

22時のファミレス。

大人の彼女にはこういう場所は似合わないと思いつつも、やっぱり通い慣れたこの場所が遊穂にとってはホームグラウンドだ。

あれから古嶋に紹介してもらったこの女性とメールをし電話もして、3日たった今日さっそく会うことになった。

そして一目見た瞬間、わかった。

これもアソビの恋になるだろうと。



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あきゅろす。
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