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プライベート泡姫2 〜この店、キスはOKですか?〜
津村明之、高校二年生。彼の家は三代続く銭湯だ。

今は明之の祖母ハツエが一人で店を切り盛りしているが、そのハツエが腰を痛めてからかれこれ1ヶ月、孫の明之と、ハツエの娘で明之の叔母である陽子が交代で番台を守っていた。

明之は学校帰りに早めの夕食をとって徒歩5分の場所にある祖母の銭湯へ向かう。陽子と交代してから閉店までは明之が店番をして、最後に戸締まりをして帰る。すっかりその習慣がついた頃、明之には閉店してから一緒に風呂に入り、一緒に戸締まりをして帰る友人ができた。

谷田脩平。明之と同じ高校で隣のクラスに在籍している野球部のエース。

184センチの長身、高校生とは思えないほどガッシリと厚い胸板、筋肉で覆われてなお引き締まった腰、逞しい太腿と日に焼けた精悍な顔つき。それだけモテる要素を持ち合わせていて、さらに彼は県内でも強豪といわれる野球部のエースだ。

そんな学校内外で有名人な同級生と明之は今までほぼ面識がなかった。それがここ3週間ほどで急激に親しくなったのは、脩平が祖母のいる頃からの常連だったから。

ある日、閉店間際に現れた脩平となんやかんやで一緒に入浴することになった明之は、彼に誘われるまま毎日二人きりで湯に入ることになったのだ。

客足も途絶えた午後10時前。閉店の看板を置きに表へ出た明之の耳に、どことなく弾んだ脩平の声が聞こえた。

「よ、津村。おつかれ」

声の方を振り返ると、ジャージ姿に部活カバンを肩に掛けた谷田脩平がやってくる。ちなみに彼は学校帰りではなく、家に帰ってからもたいていジャージを着ているらしい。

「おー、谷田。待ってた」

そろそろ来ると思った、と笑いかける明之に、脩平の顔がひくりと引きつる。そして夜目にはわからないほどうっすらと頬を赤く染めた。

「……おう」

それきり黙ってしまった脩平に明之は首を傾げながら、

「? 早く入れよ」

自分を見下ろすエースの肩を軽く叩いて店内へ促した。

明之の知っていた谷田脩平という男はたいていいつも難しい顔をしていて、仲の良い友人以外にはめったに笑いかけることもない。そして女子にあれだけモテるにもかかわらず野球一筋で彼女のひとりも作らない、そういう硬派な男だった。

それがここ最近、明之と仲良くなってからは笑顔も多く、ときには軽口を叩いたり、学校ではどんなに遠くからでも親しげに合図を送ってくるようになった。明之はそれが嬉しくてしょうがない。

やはり皆が騒ぐだけはあって谷田脩平には華があるし、男から見ても憧れる体型や、野球一筋と思いきや成績も常にそこそこ上位をキープしているところ、なにより女性ばかり4人の姉に鍛えられているのか面倒見が良く、誰にでも優しく気遣いができるところが明之の憧れるところだった。

他クラスの脩平と急激に親しくなった明之に、まわりの友人たちは不思議そうな顔をしていたけれども。

「それでさー、聞いてくれよ谷田ぁ」

いつものように二人きりの浴場で脩平の広い背中を流しながら、明之は愚痴るように呟いて唇を尖らせた。

「紺谷が・・・あ、紺谷って俺の友達。テニス部の」

「いつも津村といる奴らのでかい方だっけ?」

柔らかなタオルの感触に気持ちよさそうに目をつむっていた脩平が答える。

「そうそう。アイツ彼女がいるらしいんだけど・・・」

「え?」

突然、脩平が背後の明之を振り返った。

驚いたのは明之だ。

振り向いた脩平の顔の近さに戸惑いながらも、

「え? えっ、てなに?」

そう問えば、なぜか脩平が珍しく言葉を濁した。

「え? あ、いや、別に。そいつがどうしたんだよ」

この新しくできた友人の不自然な態度が気になった明之は、何か心に引っかかるものを感じながらも、話を続けるために口を開いた。

脩平ももう前を向いて黙って背中を差し出している。

「・・・その紺谷が彼女のこと俺たちに紹介してくれないんだよ。そんなに信用ないのかな俺って」

「あ・・・あー、何だよ、そういうことか」

泡だらけになった身体を大人しく流されながら、脩平は濡れた短い髪をかき混ぜた。

「それはさ、別に深い意味はないんじゃないか。人に言いたくないことって色々あるだろうし」

「色々って?」

「いや、まあ、相手が恥ずかしがりだとか」

「うーん。そうか」

どこがというわけでもなく、なんとなく納得のいかない明之はまだ口を尖らせたままだ。

シャワーのコックを捻って湯を出すと、脩平の周囲の泡を排水溝に押し流していく。

「じゃあさ、谷田は? 実は秘密にしてる彼女とかいんの?」

「俺? 俺は別に・・・」

こちらもどこか歯切れの悪い口調に、明之はなぜかもやっとした。

「谷田ってさ、モテるじゃん。でも彼女とか聞いたことないけど、なんで」

「モテてねぇし」

視線が泳いだまま脩平は立ち上がってもう一度浴槽に向かった。その背中を明之が追う。

「前からけっこうな噂になってんだよな。前も、香坂さんだっけ、あの子に告白されてたのに断ったんだろ」

「香坂とはあんまり喋ったことない。いきなりそういうこと言われても困る」

「でもあんな可愛い子だったら一回くらい付き合おうって思うじゃん、男なら」

「俺はよく知らない人間とは付き合えない」

「谷田は一目惚れってないわけ?」

「・・・いや、そういうわけじゃなくて」

「じゃあどういうんだよ」

「津村、お前今日しつこい・・・」

深いため息と共に浴槽に沈んだ脩平を見て、明之はハッと口を噤んだ。

「あ、悪い!・・・ごめんな、谷田」

脩平に嫌われてしまったのかと背筋を凍らせながらその場に立ち尽くす明之に、脩平は浴槽の湯で二、三度顔を洗ったあと、いつもは凜々しい眉を困惑したように垂らせた。

「俺がはっきりしないのが悪いんだよな」

何度か言いにくそうに唇を噛んだあと、脩平は、

「津村、その紺谷って人はどういう事情なのか俺は知らないけど」

「うん」

「その、俺、前から好きなヤツがいてさ」

「え、マジ?」

「・・・おう。マジ」

「あ・・・そ、そうなんだ・・・へえ・・・」

脩平の言葉に明之はホッとした反面、なぜか紺谷のとき以上の疎外感を感じた気がした。

少しばかりしょぼくれてしまった心を脩平に悟られないよう、急いで浴槽に入り込み、脩平の隣に腰を下ろした。

「そうならそうと言ってくれよー。あ、その子ってかわいい?」

「・・・かわいいよ。でも、すげー良い子で、俺はそこが好きだ」

「す、っ」

臆面もなく「好きだ」と言えてしまう脩平に思わず明之の方が真っ赤になった。

「ああ、そう! 付き合う前からのろけてんじゃねぇよ!」

日焼けした逞しい肩をバシバシ叩きながら笑う。水音が浴場全体にうるさく響いた。

「で、どの子? 俺でも知ってる? いつ告んの?」

「あー・・・それは」

矢継ぎ早の質問に目を逸らした脩平を見て、明之はまたやってしまったと息を呑んだ。

「だ、だよなー。悪い。俺まだ谷田と知り合ってそんなに経ってないし。俺には言いにくいよな! 忘れて!」

「違う」

身長差があるはずなのに、脩平の顔はすぐ近くにある。その脩平が真剣な表情で自分に話しかけているのがわかっていながら、明之はその睫毛の長さや黒々とした艶のある瞳に意識を奪われていた。

脩平の方も、なぜか次の言葉をなかなか発しなかった。

しばらくお互いに不自然な視線の絡み合いがあって、先に時間を取り戻したのは脩平だった。

「ちゃんと言うから」

「っ、え?」

「今はまだ・・・言えない。でも、ちゃんとお前に、言うから」

絞り出すような声でそう告げる脩平に、明之は心臓がバクバクとすさまじい勢いで全身に血を送り出していくのがわかった。

身体の隅々まで熱が回る。何故か顔が熱い。

湯気で曇った視界がぐにゃりと歪んで、明之は目を閉じた。

「ぁ・・・ヤ、バい」

明之の濡れた頭が力を失って揺れる。慌てたのは脩平だ。

「おい津村。大丈夫かよ」

「のぼせた・・・ちょ・・・上がる・・・」

「ほら、こっち」

ぐ、と明之の腰を抱き寄せた脩平の胸に頬が当たった。わざとしたわけではない。思ったよりも深刻にのぼせてしまった明之は、もう指ひとつ動かすのが億劫だった。

それでも脩平は戸惑ったのか、今日何度目かの困った顔をして、無言で明之を浴槽から上がらせた。

「くそ・・・ッ」

小さい悪態が届いたのか届かなかったのか、明之がもぞ、と身体を捩る。

「滑るなよ」

明之の腰に巻かれたタオルを視線を逸らしながら引き上げて、脱衣所まで肩を貸して歩いた。

古い業務用の空調の音だけが響く脱衣所で、半裸の脩平が同じく半裸の明之をベンチに寝かせる。濡れたタオルから透ける明之の股間が見えないよう、上から乾いたバスタオルを被せた。

脩平は素早く下着を着て、脱衣所の自動販売機でスポーツドリンクを買った。

「津村、飲めるか?」

「んっ・・・」

ベンチに横たわったままの明之は声を上げるのも苦しそうに喘ぐだけだ。

「ほら」

ドリンクの蓋を開けて飲み口を差し出すが、明之の唇は開かない。

このとき、脩平はあることを思い出した。それは明之の祖母、ハツエがまだ番台に座っていたときに交わした会話だ。

『うちの孫は末っ子だからか甘えたでね。ちょっと具合が悪いともうこの世の終わりみたいな顔してねぇ』

そう言ってハツエがコロコロと嬉しそうに笑っていたのだ。

もしやと思い、脩平は目を閉じたままの明之の耳元で囁いた。

「・・・飲めないなら、口移ししてやろうか」

熱い吐息と一緒にそんな言葉をかけられて、今までぐったりとしていた明之は目を見開いた。

「はっ!? ちょ、や、だっ!」

跳ね起きた拍子に目眩に襲われる。

「おっと」

よろけた明之の肩を抱きながら、脩平は笑いを堪えた口元を隠して顔を背け、落ち込む素振りを見せた。

「ヤダはねぇだろ。そう拒否られると傷つく」

「えっ! いや、違う、ヤダって言ったんじゃねえよ! 谷田、だよ! 谷田脩平の谷田!」

腕の中で必死に弁明する明之が可愛くて、つい意地悪を続けたくなった脩平だ。

「はぁ・・・俺はお前のこと心配して言ってんのに。水分もとれないくらい具合悪いのかってさ」

「違うって! もう、お前がややこしい名前してるから悪いんだろ!」

「じゃあ、別に嫌じゃないんだな」

「嫌じゃねぇよ! ・・・・・・・・・・・・ん? あれ?」

そこまで叫んでようやく笑っている脩平に気がついた明之は、今度は羞恥に顔を染めて怒り出した。

「お前、何言わせ・・・!」

「はいはい。たいしたことなくて良かったよ。それ以上暴れるとまた具合悪くなるぞ。ほら」

目の前に差し出されたドリンクを思わず受け取ってしまえば、明之はそれ以上なにも言えなくなってしまった。

脩平の方ももうからかうつもりはないのか、明之の身体を近くに置いてあったうちわで扇ぎ始める。

「気分良くなったらはやく着替えろよ。風邪引くぞ」

「・・・おう」

明之が充分に身体を休めている間に脩平は黙って浴場の掃除を始めた。

戸締まりも確認して回ったあと、二人は銭湯を出た。外は普段通り静かで綺麗な星が夜空一面に瞬いていた。

「だいぶ涼しくなってきたな」

パジャマ代わりのジャージをTシャツの上に着込みながら脩平が言う。

「そろそろ夏も終わりだからな」

二人の家は同じ方向だ。明之はあっという間に自宅に着いてしまうが。

「そうだ。津村んとこのばあちゃん、いつ帰るんだよ」

「ん〜本人はもう店出るって言ってる。来週には交代するかも」

「へえ・・・」

そう低く呟いたきり、脩平は口を閉じてしまった。

何故か気まずい空気が流れるのに耐えきれず、明之が話しかけようとしたとき。

「あの、さ」「あのっ」

重なった声が閑散とした住宅街に響いた。二人は慌てて声を落とした。

「津村から言えよ」

「・・・じゃあ。あの、さっきはありがとうな」

「別にあんなのたいしたことじゃねぇよ。熱中症なりかけのヤツとかよく介抱するし」

「そっか・・・あ、谷田は?」

聞き返されて脩平はまた沈黙した。その横顔は硬く険しい。

「谷田?」

「・・・津村が店に出なくなっても、またどっか、二人で遊びにいったり、とか」

「は? いや別にいいけど」

それだけのことをなに真剣に言ってんだ、とばかりに明之は笑った。

「いいのか?」

「だって俺ら友達じゃん。遠慮する必要なくね?」

「二人でだぞ」

「だからいいって。何、俺に相談事でもあんの? 天下の野球部エース様が?」

「・・・・・・お前ってさ、変化球とか通じなさそうだよな」

「え? ごめん俺ちょっと野球は詳しくなくてさ」

「・・・いいよ。いつかすげぇド直球なげてやるから覚悟しとけ」

「だから野球は詳しくないんだってば。あ、バッセン行く? 今度打ち方教えてくれよ」

下手な素振りを始めた明之に、脩平は呆れ半分、楽しさ半分に笑った。

「素振りはこうして、こう」

「なるほど、腰からか。あっ! お前いま尻さわっただろ!」

「触ってねえよ」

「いや触った。なんならちょっと揉んだ!」

「触るんならもっとガッツリ触るっての」

「わかった。お前そうやって女の子にセクハラしてんだな?」

「あのなぁ。尻を揉むってのはこうするんだ、よっ」

「ぁっ、ん・・・!」

「・・・・・・・・・・・・」

「いやっ、今のはビックリしただけでっ」

「他のヤツに尻揉ませんなよ」

「誰が男に尻揉ませるか!」

「はぁ・・・だからそうじゃねぇって・・・」

「あれ? こうじゃね? ほら、こう!」

「・・・もう風呂上がったんだから汗かくことすんな」


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