[携帯モード] [URL送信]
プライベート泡姫
「なぁなぁ。アキんちの実家、ソープってマジ?」

昼休み。

購買から帰ってきた友人の突然の質問に、明之は手に取った箸を一度、弁当箱の上に置いた。

「・・・甲斐さ。しゃべる前にさ、自分の発言がマトモか考えたことある?」

「え?どゆこと?紺谷、俺なんかマズいこと言った?」

明之の前の席に座り、隣に立つ紺谷に甲斐は上目遣いで訊いた。

ふたりの共通の友人、紺谷は焼きそばパンの袋を開け、甲斐の口に無理やり突っ込む。

「ふが」

「あれだ。そういうプライベートなこと訊くときは気をつけて、ってことだろ」

「違うわ!実家が風俗っていうヤツが日本にどんだけいるかって話だわ!」

「ひらうほ?」

「違うの?」

「なわきゃねーだろ。普通の銭湯だっつの」

弁当箱の隅に申し訳程度に詰められたブロッコリーを摘む。

口いっぱいに頬張った焼きそばパンを飲み込み、甲斐はつまらなそうにため息をついた。

「なんだぁ。アキんち遊びにいったらイイコトできんのかと思ったのにぃ」

「いや、そもそも俺たち高校生だからね」

「紺谷はいいよなぁ。去年から付き合ってる彼女いるんだろ?」

「・・・おう」

すい、と視線をそらす紺谷に、甲斐は、いいなぁいいなぁと繰り返した。

「あ、そういえば!アキも最近かえんの早くね?学校おわったらソッコーかえんじゃん。彼女できたとか!?」

「それこそ家の手伝い。ばあちゃんが入院したから番台に座ってんの」

「えーっ。じゃあ女の裸みほうだイテッ!」

声を上げた甲斐の額を思い切り叩いたのは、クラス中の女子の視線が一気に突き刺さったからだ。

「女湯には番台ねぇの!向こうが見えねぇ小窓があんだよウチは!」

断じて覗きなどしていない、と周囲に言い聞かせるように叫んだ。

「えええ・・・じゃあ野郎の裸みほうだい・・・」

「・・・まぁ、そうだよ」

途端に重くなった空気に廊下へ視線を向けると、そこを通りかかる長身と視線がかち合った。

こちらが座っていなくても、その背の高さが目立つ。

すれ違う生徒が思わず道を開けてしまうほどの威圧感を纏った17歳は、隣のクラスの谷田脩平だ。

野球部2年。短い黒髪に均整の取れた体つき。全身を細身の筋肉が覆って、日焼けしていない場所は思ったよりも色が白い。

なぜそんなことを明之が知っているのかといえば、彼が明之の実家の銭湯に通っているから。

面と向かって喋ったことはない。ただ脩平は野球部のエースで、自然と噂が耳に入ってくるほどには有名だった。

その脩平が自分の家の銭湯に通っているということを明之は最近まで知らなかったが、いつも一人でくるところをみると、部活帰りに立ち寄っているわけではないらしい。

祖母のハツエが入院する前から毎日のように来ていたらしく、明之が初めて番台に座ったときは、いつも冷静で精悍な顔つきに一瞬、驚きが走ったのがわかった。

もっとも明之にしてみれば、脩平が自分のことを同級生だと認識していたことの方が驚きだったが。

まぁ、同級生に見られてるってわかってて、何のためらいもなく素っ裸になる17歳ってのも衝撃だよな。

頬杖をついてそんなことを考えていると、いつの間にか脩平の姿は見えなくなっていた。






その日も明之は放課後、銭湯のある祖母の家へ向かう。

祖母の家といっても実家から徒歩5分のところにあって、途中で家に寄って軽めの夕飯をとっていくのが日課だ。

夕食の支度に戻る叔母と入れ替わりで番台に座り、課題を片付けながら客を迎えた。

すっかり顔なじみになった常連客と話しながら、ふと時計を見るとあと10分ほどで10時になろうとしている。

祖母のいない間は10時閉店で営業していて、いつもならもう客も来ない。そろそろ店じまいだ。

そういえば今日は脩平が来なかった。

昼間に目が合ったばかりでなんとなく気にはかかったが、まぁそういう日もあるだろうと明之は番台の足元から自分の風呂道具を取り出した。

浴場の簡単な掃除も兼ねて、いつも閉店してから風呂に入って帰ることにしている。

表にかかった暖簾を外すため引き戸を開けたとき。

「あ」

すぐ目の前に、部活カバンを肩からかけた脩平の姿があった。

「あ、えっと、谷田。いらっしゃい」

背の高い脩平のあまりの近さに思わず後ずさりながら、上ずった声で。

少し見下ろす形の脩平は、バツの悪そうな顔をした。

「わり。もう閉めるとこだったか」

「まだ10時じゃないから。入れよ」

「悪いな」

もう一度謝ってから脩平が入ってくる。

「すぐ出る」

「ゆっくりしてけよ。せっかくだし」

「でも津村、風呂はいって帰るところだったんじゃねぇの?」

「あ、これ」

胸に抱いたままの洗面器を慌てて番台に置いた。

「ホント、気にしなくていいから」

今日は遅かったんだなー、と軽口を叩くふうに誤魔化して、とりあえず閉店の看板をかけた。

脱衣所に向かう脩平の広い背中を見て思う。

俺の名前、知ってたのか。

「津村」

「あっ?ハイハイ」

奥から呼ぶ声に急いで脩平を追いかけると、Tシャツの裾を捲った脩平が予想外な提案をしてきた。

「お前も入ればいんじゃね。一緒に入ろうぜ」

「・・・・・え」

思わず答えに詰まって、顔を引きつらせる。

脩平はばさりと豪快に脱ぎ去ったTシャツを篭に放り込んだ。

「掃除して帰るんだろ?俺も手伝うし」

「い、いやいや。お客にそんなことさせらんねぇよ」

綺麗に割れた腹筋が露わになって、さらにパンツまで勢いよく下ろした。

「・・・っ!」

ぼろん、と見事なモノを惜しげもなく晒される前に、明之は全力でソレを見ないように視線を宙に放り投げた。

「二人でやった方が早いって」

「いや、でも、ほら、そういうのは商売としてどうかと、」

「じゃあ代わりに背中ながしてくれよ」

「はっ?あ、まぁ、それは別にかまわないけども・・・」

それくらいなら常連客へのサービスに入るだろうか。

もにょもにょと煮え切らない明之の様子にしびれを切らしたのか、脩平が大股で向かってきた。

「おいこっちくんなっ。つか谷田、前かくせよ、前っ」

脩平のあまりの大胆さに、明之は火照る顔を隠して生娘のように騒ぐ。

「いいから早く入れ。お前が外で待ってたら落ち着かねぇ」

「・・・わかったよ!さき入ってろって!」

すぐ出る、なんて言ってたのはどこのどいつだ、と心の中だけでツッコみながら、諦めてシャツのボタンに手をかけた。





これが狭い家庭の風呂なら、きっと二人きりの風呂など耐えられなかったに違いない。

そもそも明之は修学旅行の大浴場ですらあまり乗り気ではないのだ。同性でも裸を見られるのは普通に恥ずかしいタイプ。

それがどういうわけか、ほぼ喋ったことすらない同級生とふたりで風呂なんて。

貸し出しのタオルで前を隠しながら擦りガラスを開けると、もう脩平は広い湯船に仰向くように浸かっていた。

その視線がこちらを向かないうちに後ろ向きで手早くかけ湯をする。

とりあえずさっと身体を洗い、明之も浴槽の隅に滑り込んだ。

熱い湯に肩まで一気に浸かる。全身を炭酸の泡で包まれたように、びりびりと湯が肌に沁みた。

「ん、ぁぁぁぁ・・・」

冷房で冷えた身体を包み込む湯のあまりの心地よさに、思わず唸る。

広い浴場に小さな笑い声が上がった。

「なんだよ」

「いや、ごめん」

見ると、向こうで脩平が肩を震わせている。

「オッサンくさくて悪かったな」

「ちげぇって。津村って喘ぎ声エロそう」

「はぁ?」

なに言ってんだ男相手に、とそっぽを向く明之に脩平はまた笑ったが、ふと真面目な顔に戻って、そういえば、と声をかけてきた。

「お前んちのばあちゃん、大丈夫なのか」

「ああ。ちょっと腰やっただけ。1ヶ月もすれば戻れるってさ」

「そうか。たいしたことなくて良かったな」

「・・・おう、サンキュ」

脩平が祖母のことを心配しているのは意外だった。

明之の知る谷田脩平という男は、あまり他人に興味がないように見えていたから。

つい最近も、明之のクラスの女子の告白を断ったというのは記憶に新しい。その子は学年でもカワイイと噂されていた女子だけに、話を聞いた誰もが驚いたものだ。

熱い湯気が顔を覆って視界がぼんやり曇る。

明るい蛍光灯に光が反射して綺麗で、明之はほうっ、とため息をついた。

「ばあちゃんがいない間は、ずっとお前がいんの?」

「んー・・・ああ、そうだよ・・・」

「偉いな。手伝いとか」

「ガキみたいに言うな。他に誰もいないし」

「ばあちゃん言ってたぜ。お前がいつも良くしてくれて、優しいってさ」

「・・・ひとんちのばあちゃんと仲良いのな、谷田って」

自分の知らないところで、自分の話をされるのは気恥ずかしい。

ハツエには普段から可愛がってもらっていたが、それをまさか昨日までまともに喋ったこともない同級生に話されるとは思ってもみなかった。

「谷田は自分んちで風呂はいらねぇの?」

「俺んち5人姉弟なんだけど。上が4人とも姉ちゃんなんだよ」

「ああ、なるほど」

それはたしかにゆっくり風呂に入る時間がないだろうな、と姉のいない明之にもたやすく想像できて笑ってしまう。

「俺、谷田がこんなに喋るとか、思ってなかった」

霞んだ視界の中で、まるで夢の中にいるように、するっとそんな言葉が口を突いて出てきた。

身体が温まって、いつの間にか緊張がほぐれたのかもしれない。

まるでもう友達のように思えてしまうのだから、裸の付き合いとはよく言ったものだと思う。

「俺の事なんか知らないと思ってたし」

「そうか?今日、目が合ったよな」

「それは・・・たまたま目がいっただけとか」

「知ってたぜ、津村のこと。一年のときから」

「あの銭湯の息子だって?」

「まぁそんな感じ」

他愛もない会話が続いて、充分身体が温まったのか、脩平は大きく伸びをした。

「そろそろ出るかー。あ、津村、背中流して」

「はいよ、お客さん」

その頃には明之も脩平にたいしてだいぶ気安くなって、一緒に流し場へ向かう。

昔ながらの木の椅子に座った脩平の背中は、大きく、逞しい。

襟足から垂れる雫が首筋を通って流れていくのを見ていると、その向こうの曇った鏡のなかの脩平と目が合った。

「津村?」

「え?あ・・・タオルとって」

手の中でみるみるうちに泡立つタオル。日焼けの境目の襟元から、一気に腰へと滑らせる。

うつむき加減の、脩平の閉じられた瞼。彫りの深い目元がぴくりと動いた。

高校生ながら盛り上がった上腕を丁寧に擦る。

そりゃモテるだろうよ。

同じ男子高校生としての悔しさよりも、そんな感想が頭に浮かんだ。

「谷田って、なんかデカい。横じゃなくて縦、な」

「いま184。もうちょっとイケるかってとこ」

「まだ伸びる気かよ」

「背はあっても困んねぇだろ。ま、今は別のとこがちょっと成長しすぎて」

「別のとこって」

「ここ」

そう言って脩平が指さした場所を不意に覗き込むと。

「ばッ・・・えっ・・・・・・デカくね!?」

なんてものを見せるんだ、という言葉さえ吹き飛んでしまうほどの大きさのアレが、でん、と垂れさがっていた。

さっきまでは極力目に入らないように気をつけていたが、まさかこれほどの大きさだとは。

これはまた羨ましいを通り越して、ただ恐ろしい。

「これ、通常時?」

「おう」

「いや、これは、はいらねぇんじゃ・・・」

コレを入れられることになる女の子は悲惨だ、と思わず天を仰ぐ。

「前はこんなでもなかったんだよ。高校入ってからすぐ」

見られても隠すことなくソレを見せつける脩平に、明之のほうが恥ずかしくなる。

いくら男同士だからといって、銭湯に慣れるとここまで羞恥心がなくなるものなのだろうか。

「でもほら、デカくてできないとかでフラれるくらいなら、俺の事そこまで好きでもなかったんだなってならね?」

「そもそもそんな悩みがねぇよ・・・」

明之のソレは極めて平均的な大きさだ。

だからといって参考に、と脩平に見せる気にはならないけれども。

真剣に悩んでいるらしい脩平には悪いが、あまりタメになるような意見は出してやれそうになかった。

そんな凶悪なブツをもった身体の前の方は脩平自身に洗ってもらって、お返しに洗ってやるという言葉を丁寧に、かつ必死に断って。

湯を抜く作業が残っているため、脩平には先に上がってもらう。

明之が出たときにはもう脩平は着替えていた。

「最後の片付けってなにすんの?」

「あー、軽くモップ掛けして水気拭いて・・・あとは忘れ物のチェックとか」

「よし。さっさとやろうぜ」

さすがは運動部、というふうに指示を出すとテキパキとこなしていく脩平は見ていて気持ちが良かった。

空調が効きすぎているおかげで、汗ひとつかかずに作業を終えた。

最後に戸締りをして、表に出た時間は10時半過ぎ。

空には雲ひとつなく、満天の星空。

途中まで同じ道だという脩平と並んで、ひっそりと静まり返った夜道を歩く。

「今日はホント悪かったな。閉めるとこに来ちゃって」

「いいって。手伝ってもらったから結局いつもより時間も早いし」

あと、と言葉を継いだところで脩平とまた目が合った。

「ひとりで入るより楽しかったし」

見下ろす脩平の目がわずかに見開かれ、微笑んだようだった。

「じゃあさ、明日からもこの時間に来ていい?」

「え?」

「また、帰りは手伝うから」

「悪いって、そんなん。バイト代なんて出さねぇよ?」

笑いながら言えば、脩平は。

「・・・独り占めってのが、最高のご褒美なんだけど」

ぼそ、と呟かれた言葉に明之が不思議そうに首をかしげる。

「独り占めじゃなくて俺がいるじゃん」

「・・・ま、まぁな」

それでも結局、押し切られる形で脩平の手伝いを受けることになった。

また背中流してくれよ。

そんな言葉に、お客の頼みなら仕方ないな、と明之は笑った。


[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!