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fetishism『指』
青年と男との出会いは大学に近いカフェのオープンテラスだった。

季節がようやく夏に差し掛かろうという頃、青年が川に向けて張り出したテラスの白いチェアに腰かけ、目を凝らして陽光を乱反射する水面の中に魚影を探している最中だった。

12時を過ぎて人の姿がちらほらと増え始め、冷たい海風が吹き抜ける外の席はあっという間に満席になる。

開店直後からその席に居座り、広げたレポートの続きをするでもなく1時間以上もぼんやりと外を眺めていた青年の席にも店員が申し訳なさそうに一人の男との相席を頼みにやってきた。

店の回転を悪くしている自覚もあって、快く了承したのがそもそもの始まり。

テーブルを占領するプリントアウトした資料を片付け男のための席を作る。

にこやかに目礼して男は青年の斜向かいに腰かけた。

やがて男の注文した飲み物がやってきた。

目にも鮮やかな濃い赤のスイカのフローズン。まだ都会に慣れない青年には、そのいささか細すぎるグラスに入った飲み物が、量より見た目のお洒落さを重視しているようにも見えて少し滑稽だった。

男の視線は遠く海の方を向いている。

その手がふとグラスに伸びたとき、青年は視界に入ったその指の美しさに小さく息をのんだ。

細いグラスを握ってなお余る長い指。男らしい爪の形だが指先が細いせいで実際よりも指が長く見える。

うっすらと筋の浮かんだ手の甲がセクシーで、色気のある、というのはこういうことを言うんだろうとぼんやりと考えた。

そんな男の指先が水滴を纏い始めたグラスの表面にそっと触れる。

つう、と爪の先に丸い水滴が絡まる。やがて大きく膨らんだ水の粒は、内側から赤を映した細いグラスの表面を滑らかに滑り落ちていく。

その水滴を指が追いかけ、掬い上げて濡れる。

男の手は初夏の暑気にあらがうようにグラスの表面に浮いた冷気を撫でる。

視線は遠くを向いたまま。

やがて表面をあらかた拭ったあと、指先はグラスの縁にたどり着いた。

その頃には青年の視線は、男の手から離れられなくなっていた。

刺さった薄ピンク色のストローを親指と人差し指、そして中指がそっと摘み、紙縒りを作るようにそっと捏ねる。

何度も何度も。擽るように。

(ぁ・・・胸、が)

海風の通り抜ける白いポロシャツの中。いつしか青年の胸の尖りはツンと立ち上がっていた。

親指の爪がストローに痕をつけるように軽く押し付けられる。そのまま潰されて、慰めるように指の腹が優しくさする。

そこに飽きると露に濡れた指先はグラスの縁をゆっくりと撫で始め、執拗に撫でられた先端から蜜が幾筋も伝い落ちる。

溢れた露はいつしか水たまりを作っていた。

(ん・・・)

青年の下半身の深いところからいやらしい場所へ目に見えない快感が走り、赤く色づき始めたに違いない己の先端が熱を帯びるのを感じてかすかに身じろいだ。

爽やかな風の吹く真っ青な太陽の下。赤いグラスを弄ぶ指を見て欲情する。

甘美な想像が止まらない。

やがてすべての水滴が流れ落ち、赤い果実の色が濃く変わる。

そこで男はようやくグラスを持ち、ストローを引き抜いて中身を一息に飲み干した。

喉を鳴らし大きく息をついたあと、唐突に視線を青年へと向けた。正面から視線がぶつかったが、見られていたことに驚いた様子は微塵もなかった。

青年は目をそらせない。赤い果実に濡れたその男の唇から。

首筋を汗が伝い、乾いた自らの唇をそっと舌で湿す。
日陰の中にいてさえ奥底から燃え上がる熱に眩暈がした。

あと少しで熱く濡れたモノが布を押し上げてしまう、というその時。

(あ、)

突然テラスを襲った突風が、押さえていたはずの紙を宙に巻き上げた。

淡い快楽の中に身を預けていた青年は咄嗟のことに反応できず、ただ小さく声を上げただけ。

青空を舞う紙はまるで吸い込まれるように、伸ばされた男の水を纏った指先に捕らえられた。

男はかすかに微笑みながらその細い指の形に湿った紙を差し出し、言った。

『濡れた』

心臓が跳ねる。

先ほどまでのいやらしい妄想を見抜かれたようで恥ずかしかった。

かすかに震える手で紙を受け取る。

礼を言わなくてはと思いついたときにはもう男は青年の分も伝票をとって去ろうとしていた。

追いかけなければと席を立ったとき、財布を取り出す男の上着から何かがひらりと落ちるのが見えた。

走り寄り拾い上げてみて見覚えのある店の名刺だと気づき、思わずその場に立ち尽くす。

その店は青年が上京してすぐ自分の性的指向を確かめるために何度か訪れた店だ。

手の中にある名刺の意味を考え、先ほどよりも早くなった胸の鼓動に戸惑いながら、青年は去っていく男の背中を眺めていた。





青年は一度、あのときの誘うような仕草はわざとだったのかと尋ねたことがある。

男はしばらく考えたあと、そういう目で見ていたからそう見えたんだ、と笑った。


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