BELL THE CATA なぜだろう。最近は眠る前にそのことばかりを考える。 そしてある夜、自室のベッドの中で希一の疑問はある考えにたどり着いた。 兄の様子がおかしい。でも楽しい兄弟の時間は続く。 そう思い始めてから1週間。やっと疑問が形になろうとしていた。 「・・・そうだ、俺」 もうずっと、零を抱いていない。 確かに欲求はある。ふとした瞬間に押し倒したくなるときもあるし、風呂上がりの甘い香りに誘われるときもある。 だが兄の顔を見るとすぐにそんな欲求が消えてしまう。 原因はわかっていた。 零の、希一を見る目だ。 以前はツンとした態度の合間に甘えを含んだ艶のある目をしていたのに、最近ではそれがまったくなくなっていた。 いま希一を見ている目は『血を分けた兄』のもの。『弟』に接する『兄』のものだ。 その事実に気づいた瞬間、希一は自分の最大の失敗を悟った。 自分は、兄をひとりにしてしまった。 兄は離れている数日間、家族の絆を思い出してしまった。そして、男としての希一を求めることをやめたのだ。 すべてはあの合宿の日から。希一が、連絡をしなかったあの4日間から。 あの日から零の中で何かが変わった。 だとしたら、合宿から帰った日の掃除をしようとしていた部屋の説明がつく。 兄は弟と一時離れたことで悟った。 きっといつかひとりになる日が来る、と。 その考えに行き着くと最後、ザワザワと胸の中を廻る嫌な予感に目が冴えていった。 以前にもこんな嫌な予感を覚えた記憶がある。 初めて兄を抱いた、その直前の何日かに。 「くそッ・・・!」 ビリ、と心臓が疼く。痛む胸を抑え、希一はキツく目を閉じた。 兄が離れていくことへの不安。苛立ち。焦燥感。 こんな想いを抱いてから、あのとき自分は零に何をした? 無理矢理抱いて、それがこんなに彼を苦しめる結果になった。 守ってやるだなんて言っておいて、自分がしたことは結局兄を引き返せないところまで追い詰めただけだ。 身体を求め、そして『恋人』にも『兄弟』にもなれないところまで堕としてしまった。 だから兄は今、必死に『兄弟』に戻ろうとしているのだ。 あの頃の繰り返し。 もう二度と彼を苦しめないと決めたのに。 「俺、なんてこと・・・!」 胸をしめつける痛みに希一はひとり頭を抱え呻く。 その痛みは兄のほうがずっと強いとわかっていながら。 結局、眠れないまま朝がやってきた。 答えは出ない。 希一の中で零はいまでもたったひとりの兄であり、変わらず欲望の対象だった。 でもそれはこれからも兄を傷つける。 どっちかにひとつ。 『弟』であり続けるか、『兄』を捨てるかだ。 「・・・」 希一はパジャマのまま兄の部屋の前で立ち尽くす。 その手はノックをする手前で止まっていた。 「・・・はぁ」 嫌な気持ちを振り切り、扉を叩こうとした瞬間。 ガチャ。 「ああ、おはよ」 「・・・・オハヨ」 扉を先に開けたのは零だった。 そしてその格好を見て、希一の頭の中に冷たい風が吹き抜ける。 ・・・制服。 兄はすでに制服をきちんと着て、その手にはカバンを持っていた。 「・・・どうしたの。もう学校行くの?」 自分より頭一つ分小さな兄を見下ろしながら訊く。 兄は自分より頭一つ分大きな弟を見上げて言った。 「ああ、朝食はいらない。図書館で勉強するから」 「そうなんだ」 ドクドクと煩いくらい全身が脈打っていた。 こめかみが疼いて痛い。頭がクラクラする。 それでも希一は無理に笑うしかなかった。 「弁当、俺が持っていくね。朝練の前に教室に持っていけばいい?」 兄弟の弁当は希一が作っていた。いつもは朝食が終わったあと兄に手渡すのだが。 「今日は購買で買うからいい」 穏やかな声がそう告げる。 同時に頭の疼きが一段と強くなった。 「・・・そう。わかった、気をつけてね。この時間は電車混まないと思うけど、もし窮屈そうだったら電話して。俺すぐ行く、」 「希一」 はっきりとした声。 兄はいつの間に行為以外で自分の名前を呼ぶようになったんだろう。 「ん?」 口元には笑みを浮かべながら、それでも次の言葉を聞きたくないと心の中で叫びながら希一は訊き返す。 しかしここ数日間の希一の兄への疑惑は、その言葉で確証へと変わった。 「俺はもう子供じゃないから」 その時、希一の中で大切な世界がひとつ終わった。 『伊澤零に彼女ができたらしい』。 すれ違い始めてからしばらくして、そんな噂が希一の耳に届いた。 もちろん嘘だと思った。 兄はいつだって自分より先に家に帰っているし、そんなそぶりは微塵もなかった。 それでもやっぱり不安は募る。 そもそも兄が自分から離れたいと思ったきっかけは、好きな人ができたからなんじゃないかとさえ思うようになった。 この日もやっぱり部活には集中できず、鬱々とした気持ちのまま希一は帰路についた。 家の前で立ち止まり、兄の部屋に電気が点いていることを確認する。 半ばホッとして玄関を開け、暗い気持ちを切り替えて笑顔を作る練習をする。 「・・・よし!」 軽い足取りを装って階段を上がり、零の部屋の前に差し掛かったとき。 兄の部屋の中からかすかな声が聞こえた。 いままでそんなことは一度もなかったのに。 思わず立ち止まり、その声に耳を傾けてしまう。 その声は。 「・・・・・兄貴?」 小さく、押し殺した泣き声だった。 兄が泣いている。小さい頃から一度も泣いたのを見たことがない兄が。 希一の全身からサッと血の気が引いた。 「兄貴・・・兄貴!どうした?なにかあった!?」 扉を力一杯叩き声をかける。すると、泣き声はぴたりと止んだ。 「どうしたんだよ!開けるよ!?」 「ダメだ・・・開けるな」 その弱い声にビクリと希一の肩が震える。 あのときと同じ状況。でもあのときとは違うと心の中で何かが警告していた。 開けなきゃいけない。 ここでこの扉を開かなきゃ、俺は一生後悔する。 「零、開けるから」 静かに告げ、ドアノブを回す。 そこには。 「・・・見るな・・・嫌だ・・・」 あのときと同じ、ベッドの上で自慰をしている兄の姿があった。 右手は濡れた性器を握りしめ、左手の指は後孔に差し入れられ。 背を丸めて項垂れた顔からはボタボタと大粒の涙が流れていた。 その兄のあられもない姿に、希一のまぶたの裏にカッと火が灯った。 視線は兄から外さず、ドアを後ろ手で閉める。カチャリと金具のはまる小さな音に零がビクッと顔を上げた。 ショックで身体が動かないのだろう。あのときもそうだった。 「なんで、そんなことしてんの」 徐々にベッドに近づいていく希一の声は低く静かだった。 その静けさがまた零を怯えさせる。 「来・・・ッ!」 「俺が怖い?」 零の瞳からまたひとつ透明な雫が落ちる。 その雫は、今までひた隠しにしていた弟の心の奥底にある暗い部分を潤していった。 「もう俺に抱かれるのは嫌?」 じり、とまた距離が縮まる。 「零は、俺に『弟』になれって言いたいんでしょ」 「え・・・?」 「普通の兄弟になりたいって。そう思ったんだ?」 零の目が大きく見開かれた。小さな唇が何度か動き、何かを言おうとするがまたすぐに噤んでしまう。 その様子を見て希一が悲しげに、そっと微笑んだ。 「いま思いついたんだけどさ。俺、家出るよ」 この部屋に入って、兄の姿を見て、そうしなきゃいけないと確信した。やっぱり、そういうふうにしか考えられなかった。 「俺はやっぱり零のこと・・・『ただの兄貴』とは思えないから。このまま一緒にいたら、いつか絶対また兄貴を無理やり抱くから」 一番好きな人を一番傷つけてるのが自分だとしたら、もう離れるしかない。希一はそう思った。 「だから家を離れて俺たち普通の兄弟に、」 「なんでだよッ!」 髪を振り乱し、零がベッドを叩いた。古いベッドがギシリと悲鳴を上げる。 「兄貴・・・?」 「お前がッ、お前が最初に、普通の兄弟に戻ろうって、そう思ったんだろうッ!だから俺は、こうしてずっと、隠してッ・・・!」 綺麗な顔をぐしゃぐしゃに歪めながら子供のようになきじゃくる兄を、希一は宥めることができなかった。 「あに、き・・・何を隠してたの・・・言って」 目の前で苦しむ愛しい人の姿。 そんな思いはさせなくないのに、どうしても兄の答えが欲しかった。 「・・・・・お前が、好きだ。兄弟じゃない・・・ただの弟じゃ駄目なんだ・・・!」 これで心が救われる。そう思ったのに。 「ッ!」 希一の心に湧き上がってきたのは、抑えきれない欲望だった。 ベッドの上でうずくまって泣いている零の肩を掴み、無理矢理押し倒す。 力の入っていない軽い身体は何度か暴れたが、見下ろす希一の目と視線が合うと、シーツの上に両腕を投げ出した。 その表情は確かに怯えていたが、征服される悦びに満ち溢れ、期待に潤んでいた。 「希一・・・」 弱々しく名前を呼ぶ甘い声が希一をさらに昂らせる。 もう我慢ができない。 理性を失った希一はおもむろに零の細い首に噛みついた。 「ぁッ!」 驚きに小さく上がる声。皮膚を噛み破らないように加減してはいるが、そこには数日間はくっきりと歯型が残るだろう。 白い肌に映える赤い噛み跡。つ、とその箇所から伸びる自分の唾液を舐めとりながら、希一は低く笑った。 「・・・抵抗しないの?・・・俺、ひどくするよ?」 ゾクゾクと背筋を粟立たせる劣情。今まで頑なに否定してきた自分の本性を垣間見る。 嫌われるかもしれない。いまさら身体まで傷つけるようなマネをすれば、今度こそ本当に。 胸の中にかすかな不安を隠し、零の顔を見下ろせば。 零は、微笑んでいた。 いままでで一番柔らかな表情で。 その白い手がそっと希一の背を抱き、熱い吐息で囁く。 「・・・嬉しいんだ、お前に求められるのが。お前はいつも俺を悦ばそうとばかりして、自分の欲望はずっと押し殺してきただろう・・・それが悲しかった。本当に俺のことが好きなのかって、何度も悩んだんだ。だから」 ぐ、とシーツから持ち上がった柳腰に、熱く昂ったモノを押し当てられる。 「今日はお前の好きなように・・・めちゃくちゃにしてもいいから」 その言葉は零の今までの苦悩そのものだった。 きっといつも不安を抱えて、だからこそ素直になれなかった。 零の苦しみ。そのすべてを理解した希一は、もう迷わなかった。 零の髪を撫で、心のままに囁く。 「零・・・愛してる。兄弟じゃなくて、もっとたくさん零を愛したい。もっと、もっと好きになりたい」 兄弟としても、恋人としても、そのすべてをまとめて愛していきたい。 『伊澤零』という人間を守っていきたい。 「零、 もう」 ぐ、と細い脚を抱え上げ、後孔を露にする。 「ん」 切ないような、照れくさいような。そんな複雑な表情を浮かべて零は頷いた。 もう一時も我慢ならない。いますぐ零が欲しかった。 いつもならゆっくりと、それこそ零が焦れて泣き出すまで解す後孔も、今日は指で広げる余裕はない。 さっきまで自慰をしていた細い指だけでは希一を受け入れるにはまだまだ足りなかった。 それでも。 「入れてもいいから、希一」 誘うような紅い唇に煽られ、希一は息をのむ。 そして自分のモノを取り出し、先端をつかって乾いた孔に先走りを塗りつけた。 「んッ・・・ぁ」 くち、くち、とかすかな粘り気のある音が響く。零の頬がさっと朱に染まる。 一時の痛みの先にある何かを求めて蠢く入口。それを割り開くようにぐっと力強く腰を進める。 「つッ!・・・キツイ」 メリメリと音がしそうなほど硬く閉ざされた肉を無理やり開く。 「ぁ・・・あ、ぁあ・・・!」 額に脂汗を浮かべ零が泣く。 色づいた頬がまた白く色を失っていく様を希一は心配そうに見ていたが、愛しい人の中に入ってしまったからには、もう止められるはずがなかった。 「零・・・零、ごめんッ・・・俺、きもちよくて・・・!」 ぽたぽたと汗を垂らし、すべてを媚肉の中に埋めた希一がゆっくりと腰を前後に振る。 熱い粘膜に包まれる感触に、その動きは見る間に速く、深くなっていった。 「ああッ、あ、ぃ、ん、んくッ!!」 急な突き上げに順応しきれていないのか、零が歯を食いしばって苦痛に耐える。 確かにキツすぎる締め付けかもしれない。しかし小刻みに震えて希一の蜜を吸い上げようと動く肉襞は巧みに希一を追い上げて行った。 「ぁ、あッ、零・・・好きだ・・・好きだ!」 「ひッ!や、やぁあッ!!」 自分の快楽を貪っているだけのように見えても、長年零の身体を悦ばせてきた希一のペニスは無意識に零の感じる場所を抉る。 開かれる痛みから突き上げられる快感へと。 なにより、本当に心が通い合ったことから生まれる気持ちよさが2人の脳を侵蝕していく。 がつがつと性急に突き上げるだけの行為でも、零の身体はしっかりと快感を得ていた。 零によって性欲の解放を許可された若い希一の身体は素直だ。 夢中になって腰を振り、絡みつく肉を楽しみ、締め付けを強めるために零のペニスを愛撫する。 「んんッ・・・く・・・れ、いッ・・・出るッ!!」 「あ、あぁッ、は、はぁあッ、あ、なかに・・・きいちッ・・・中に、だせッ・・・!」 「!ぁッ・・・零!」 ずっと待ち焦がれていた命令が、やっと希一に下された。 もう我慢する必要などない。 希一は歯を食いしばり、絶頂に向かって肉をかき分ける。 「くッ・・・・ぁ、あぁ・・・!」 最後に一際強く熱い蜜壺に杭を打ち込むと、夢にまで見たソコへ存分に欲望を叩きつけた。 身体の奥に熱を注がれた零が身を捩り、泣きながら自身も射精する。 真っ白になっていく頭の中で、希一は目の前にある愛しい人を逃がさないように、しっかりとその腕に抱きしめた。 「ね、零おねがい!優しくするから!」 夕食後、突然部屋がノックされたと思い零が扉を開けると、にこにこした希一が開口一番『抱かせて』と言い出した。 「駄目だ」 そのあまりにストレートな誘いにムッとした零はバッサリと弟を切り捨てる。 想いを通わせ、晴れて『兄弟兼恋人』となってからの希一のアピールぶりは凄まじい。 下手をすれば毎日風呂を覗かれかねない勢いだった。 「・・・あのときは俺の好きなようにしていいって言ったのに」 ぶーと口を膨らませたのは自分より背の高い弟。はっきりいって可愛くない。 「アレはアレ。いまは違う」 「・・・俺がいなくなって寂しがってたくせに」 「だからそれはッ・・・!」 結果的に心から結ばれる原因にもなった希一の合宿事件。 てっきり4日間も連絡がなくて飽きられたのだと勘違いしていた零は、希一の『ケータイ監督にとられちゃって云々』という弁明をまったく聞いていなかった。 だからこそ想いを断ち切り、普通の兄弟に戻ろうとしたのに。 「おい、暑苦しい!くっつくな!」 どしっと背中に乗ってきた希一を引き剥がしながら、零は家から出られない自分の宿命を呪う。 誰よりも深く、切っても切れない絆。 そして誰よりも愛しく想う、恋しい人。 「零ってば!兄貴ー!」 「うるさいッ・・・ぁ、コラどこ触ってッ・・・ん・・・」 無理矢理振り向かされ、塞がれる唇。 熱く激しいソレに舌を奪われて舐めまわされ、膝から力が抜けた。 「き、いち・・・・ッ、マテ!!!ヨシっていうまで触るの禁止!!!」 「えぇ〜〜〜!!」 もう二度と離れられない。 心も身体も。 2人は誰が何と言おうと、一生兄弟。 一生恋人なのだから。 Fin. 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