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アソビの恋A

基哉に指定された居酒屋『こもり』は、その名の通り繁華街とはだいぶ離れた、ひっそりとしたポツンとあった。

店内に入ると、時間が早めだからか客は少なく、それも会社帰りのような格好をした人々は見受けられない。
どうやら隠れ家的な店のようだ。

遊穂を見かけてサッと近寄ってきた店員にツレが来ることを伝えると、ではまたあとで伺います、と一礼して立ち去った。

ツレ。
こんな言葉でちょっと浮かれてしまう自分がキモチワルイ。
しばらくすると手動の引き戸が静かに開いた。
いらっしゃいませー、というお決まりのテンポの挨拶に顔を上げると、こっちを気まずそうに見ている基哉と目が合う。

「基哉さん」

この間あれほどの剣幕で基哉の元を去った男と同一人物とは思えないほど、遊穂の口調はウキウキとしていた。
その声に、また一段と基哉の機嫌が悪くなる。
しかし周囲に怪しまれるといけないからか、さっさと遊穂の前まで歩いてきた。

「座ってよ。とりあえずビールに、」

「いい。すぐ帰る」

そっけなく答える基哉に、遊穂はほんの一瞬、傷ついた顔をした。
基哉は思わず謝ってしまいそうになるのをぐっと堪え、立ったまま用だけを告げる。

「もう会社には来るな。迷惑かけないでくれ。それだけ言うために来た」

遊穂が何も答えないのを確認して、くるっと背中を向ける。
すると、思ったより小さな声が追いかけてきた。

「・・・教えてやろうか」

出口に向かう足がぴたりと止まる。
振り向かないまでも、意識は声の主に向いた。

「なんで笹川優子が、基哉さんをフったか」

遊穂は自分の口が動くのを止められなかった。

最低だ。基哉が言うように、自分は最低だ。
こんなことで。ただ一瞬、基哉と一緒にいたいというだけで、また彼を傷つけようとしている。

「大好きなんだろ、今でも。教えてやるよ。ただし基哉さんが・・・俺の部屋に来るなら」

「は・・・お前、なに言って、」

「知りたくないなら別にいいけど」

基哉は一瞬、たしかに迷った。
自分がフラレた本当の理由。
それさえわかれば、もしかしたらまた優子とヨリを戻すことができるかもしれない。
でも。

「どうする?」

遊穂の挑むような口ぶりに、背中を一筋汗が辿った。

嫌な予感がする。
それは確かに、自分の中で何かが変わってしまった瞬間だった。

「本当に、教えるんだろうな?」

「・・・約束する」

答えた遊穂の表情が、痛みをこらえるようなものだったのは、見なかったことにして。




先に部屋に入ったのは遊穂だった。
後ろからしぶしぶついてくる基哉がドアの鍵をかけたのを確認して、ライトをつける。
部屋の中は意外と殺風景で、黒を基調とした部屋のインテリアが若さを感じさせる。

「適当に座って」

途中、コンビニで遊穂は大量に酒を買った。
飲むつもりはないと強く言うと、いつか自分で飲む分だとあっさり返される。
テーブルの上にガコン、と乱暴にコンビニ袋を置き、中からペットボトルの烏龍茶を取り出す。基哉のために買ったものだ。

「はい」

それを手渡すと、基哉はいらないと無言で首を振った。

「約束通り来たんだ。ワケを話せ。俺が・・・フラレた理由」

「そう焦んなって。ちゃんと教えるよ」

自分のために買った缶コーヒーを開けながら遊穂が言う。
一口飲むと、すぐにテーブルに置いた。
いよいよ本題に入るのかと、基哉が背筋を強張らせる。
そんな姿を、遊穂は冷たい目で見ていた。

「基哉さんはどう思う?なんでフラレたかって、だいたい予想できてる?」

「・・・知らねぇよ」

だいたい、フラレたことすらいまだに信じられないのだ。

自分たちはうまくやっていた。
ちゃんとデートの時間も作ったし、出来る限りコミュニケーションをとってお互いを尊重していた。
なのになぜ。

「俺は、アイツのことまだ諦めてねぇし」

「ふぅん」

まただ、と基哉は思った。
遊穂はあの目をしている。
苛立ちを隠すようでいて、全然隠し切れていない激しい熱をもった目。

この目が基哉は苦手だった。
基哉の方が年上だし、怖いわけではない。
ただ、この目で迫られたら、逃げ切れるかどうか自信がなくなる。
瀬野遊穂という男は、意識的にか無意識にか、完全に生れながらの捕食者だった。

そして基哉は今、その檻に投げ込まれた哀れな獲物。

「・・・もう帰る」

これ以上我慢できなかった。
このままここにいたら、喰らい尽される。
骨の髄までしゃぶられ、二度と元には戻れなくなってしまう。
そして案の定、慌てて立ち上がった基哉の腕を、素早く遊穂が掴んだ。

「い、ってッ!」

力任せに引き寄せられ、フローリングに胸を打ちつける。
一瞬息ができずに、基哉は歯を食いしばる。肺がじんと痛んで、すぐに空気が爆発した。

「げほッ・・・あ、ぐッ!」

背中に信じられないほどの重みを感じる。どうにか首を捻ってみると、すぐ後ろに遊穂の顔があった。馬乗りになっていたのだ。

「お前ッ、どけッ!」

押し返そうとするがまったく敵わず、基哉は見た目ではわからない、身体の造りの差を実感する。

「基哉さん」

耳裏で名前を呼ばれ、足元から鳥肌が立った。

「最期に俺のわがままきいてよ。俺、基哉さん抱きたい」

「はッ!?ざけんなてめぇ!」

力の限り暴れ、抑えつけている腕を叩く。硬い張りつめた筋肉はびくともしない。
服の上から感じる遊穂の体温は熱い。
いつもこんな行いを女に強いているのだとしたら、呆れてモノも言えない。

「こんなの完全な犯罪だからな!?てめぇわかってんのか!!」

「全部終わったら警察でもなんでも行ってやるよッ!!」

ドン!と床が踏み鳴らされる。
そのあまりの気迫に、基哉は言葉を失った。
いったい、なんだというんだ・・・?
なんでここまで・・・

「ぁッ!」

ぐ、と肩を掴まれ、その手を振り払うつもりでなぎ払うと、その勢いのまま仰向けに倒れた。
今度はしこたま背中を打ちつけ、また息が詰まる。
視界が明るくなり、そしてすぐ遊穂の真剣な顔に埋められる。

「・・・ごめん、基哉さん。我慢できない」

「あッ・・・ま、まてッ」

髪の毛を痛いくらいに掴みあげられ、さらりとした茶髪が頬をくすぐった。
一瞬走った寒気に背筋を震わせて目を閉じる。
間を置かずにきゅっと閉じられた唇に濡れた感触。

「んッ、んんッ!」

チロチロと基哉の出方を探るように、遊穂は舌を動かす。
最初のうちは意地でも口を開くまいと歯を食いしばっていた基哉だが、そのうち焦れた遊穂の手が股間を揉みしだき始めると、呼吸が荒くなりわずかに唇が綻んだ。

ずるん、と厚く熱い舌が咥内を犯す。

「うッ・・・くッ」

ぐに、ぐにと力のない性器をズボン越しに愛撫される。
基哉も男だ。いくら抵抗したところで直接的な刺激には弱い。遊穂の上手過ぎるキスとも相まって、すぐに息が上がってしまう。

口の中を縦横無尽に遊穂の舌が這いまわる。舌の上、裏、ざらざらとした上顎、歯列。すべてが性感帯に変わるように、ゾクゾクとした快感が大きくなっていく。
いままでの人生でキスなんて数えきれないほどしてきたはずなのに、そんなキスはまるで子供のするものだというように、激しく侵入される。

息継ぎの合間にちゅっと唇が離れ、飲みこみきれない唾液が糸を引いた。
その隙に顔をそらそうとするが、また一瞬で吸いつかれる。

百戦錬磨の強者。笹川優子を含めて、たかだか数えるほどしか女性経験のない基哉では、遊穂の相手を落とすテクニックにかなうはずがなかった。

「あッ、あッ!」

キスだけでうなじの産毛が逆立つほど興奮させられ、そのうえで性器をいやらしく撫でられればたまらない。
抵抗しなくては。そう焦れば焦るほど基哉は自ら遊穂の張った蜘蛛の巣に絡め取られていった。

「んぅ〜ッ!」

ぎち、と奥歯が鳴る。ここのところ落ち込んでばかりで自己処理をしていなかった。
溜まったモノが外に出ようとするのを必死に抑え、基哉は呻った。

「やめっ・・・やめ、ろっ、いやだッ!」

直接、遊穂の手首を掴んで引き剥がそうとするが、逞しい手首は筋肉の筋を浮かせてその場にとどまろうとする。
絶対に止めない。そう宣言しているように。
布を押し上げて形を露にした肉棒。その形を確かめるように骨ばった指が動いた。

「勃ってんじゃん・・・俺、知ってんだよ。基哉さん、意外と力あるって」

「は?ッ、ん」

硬い指に先端あたりを摘んで揉まれる。
見上げた遊穂の顔は複雑な表情をしていた。
まるで自分の気持ちをうまく言い表せず、もどかしく感じている子供のような。

「最初、勘違いされて基哉さんに無理矢理キスされたとき、必死に抵抗した。でも、ビクともしなかったよ」

擦り上げるように裏筋を圧迫され、喉がヒクリと鳴った。

「本当は抵抗しようと思えばできるんだろ?俺を押し退ける力くらい、アンタにはあるんだ」

「えっ?・・・あ、ちが・・・」

違う、のか?俺は遊穂より力が弱い?
そう言うと男のプライドがズタズタになる。
でも、本当は抵抗する力が自分にはあるんだとしたら。
本当は、この逞しい体を引き剥がす力くらい、あるんだとしたら。

基哉は愕然とした。
それではまるで・・・自らして欲しいと望んでるみたいじゃないか。
もっと気持よくなりたい、遊穂とのキスが心地いいと。

「俺は・・・」

「続き、する?」

にやり、と遊穂の口が歪んだ。
背筋が痺れるほどの色男の顔だった。
ほろ酔いのとき、苛立っているとき、そのどれとも違う顔。
これか、と基哉は思った。
この表情が女を落とす最大の鍵なんだろうと。

そのときはっきりと、基哉は遊穂に対して恐怖を感じた。
逃げられない。
いまなら這いつくばってでも玄関に向かえるのに、体がまったく動かない。
唯一かすかに自由のきく唇を震わせ、基哉は一言だけ声を発した。

「・・・・・し、ない」

遊穂の眉が寄せられる。
それは拒絶されたことへの怒りだったのだろうか。

「わかった」

す、っと遊穂の体が基哉の上から離れていく。
突然の自由に戸惑いながらも、基哉は震える肩を抱きしめて上半身を起こした。
情けない。たかだか男に押し倒されただけでここまで弱気になるなんて。
そう思っても震えはとまらず、中途半端に高められた熱は逃げ場もなく胸の奥にわだかまった。

「ごめんね、乱暴して。約束は守るからさ」

「・・・約束?」

頭の中に靄がかかったような気分のまま、顔を上げる。

「基哉さんがフラレた理由。笹川優子がなんで離れていったかって」

正直、今の今まで忘れていた。
遊穂に襲われることを自分がどう思っているのかを必死に考えるあまりに。
床にあぐらをかいたまま、遊穂はなにかを考えているようだった。
一瞬、痛みをこらえるような顔をし、そして薄く笑った。

「あの人さ。ショックだったんだって。自分は基哉さんが好きで結婚するつもりだったのに、基哉さんの家と結婚するつもりだと思われてるみたいだって。あの人にとっては基哉さんが会社を継ごうが継ぐまいが、関係なかったってことだろ」

「・・・なんの話だ、ソレ」

優子とそんな話をした記憶はない。
だとしたら、基哉にはフラレた理由がわからなくても当然だった。

「兄貴がいるから会社は継がなくていい。そう言ってあの人を安心させたかったんだろ。逆効果だったってことだよな、要は」

「はっ」

無意識に、基哉の口から乾いた笑いが漏れた。
くだらな過ぎて、笑いしか出てこなかった。


「だから望みあるかもよ、まだ」

その言葉に、弾かれたように目を見開く。

「行けば?」

冷たく言い放たれ、心臓が凍った。

遊穂はこちらを向かない。ただ基哉が部屋から出て行くのを待っているようだった。
その空気に気圧され、カバンを掴む。
玄関まで歩いていき、冷たいドアノブに手をかけた瞬間、優子との関係の望みが繋がれたことに戸惑いを感じている自分に気づいた。

生まれたばかりの感情を振り払うように、思いきりよく玄関の扉を開く。
部屋を出る瞬間、座ったまま頭を抱える遊穂の背中が見え、その光景がいつまでも離れなかった。



続く。



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