[携帯モード] [URL送信]

過去拍手文。
ヒロとナルのなつやすみ。
始業式を明日に控えた夏休み最後の一日。
お庭でジワジワと残り少ない命を精一杯燃やしているセミたちの鳴き声に負けないくらい大きな声で、
「う〜・・・う〜・・・」
と畳の上で何度もゴロゴロと転がりながら、唸っているひとりの少年がいました。
その少年の手には一冊の本が握られています。
さっきからその本を持ったまま開こうともせずにただ唸り続けている少年に、台所から見ていたお母さんは呆れ顔。
「ヒロ、いい加減にしなさい!そんなことしてたらもう明日になっちゃうでしょ!」
「う〜・・・」
しかしお母さんがなんと言ってもヒロと呼ばれた少年は本を開こうともしません。
ヒロは今中学2年生。そして今は夏休み。
持っている本は、夏休みの読書感想文の指定図書でした。
ヒロは小学生のころから本を読むのが嫌いで、特に読書感想文は大嫌いでした。
自分で選んでもいない本を無理やり読まされ、感想を書かされる。
しかも「この本のここが面白かった」と書け、なんていう教育委員会の無言の圧力。
そもそも本の内容自体を面白いと思わないので、これはもう苦痛以外のなにものでもありません。
だから今、こうして机の上に作文用紙を準備したまま、畳の上に転がって唸っているのです。
しかしいつまでもこうしていて夏休みの課題で一番最期まで後回しにしていたこの感想文を終わらせないと、先生に怒られてしまいます。
ヒロは考えました。
そして玄関の扉がガチャリと開く音とともに、あることを思いついたのです。
「ただいま」
「!」
廊下の向こうから聞こえてくるのは耳慣れた弟の声でした。
「おかえりナル!」
今までゴロゴロしていたのがウソのようにヒロは目にもとまらぬ速さで立ち上がり、玄関に走ります。
驚いたのは図書館から帰ってきたばかりの4つ下の弟、ナルです。
突然大声で自分を迎えた兄に、ナルは嫌な予感を覚えていました。
「図書館どうだった?」
「・・・べつに。人がおおかった」
本嫌いのヒロと違って本の虫である弟のナルは、夏休みの間、図書館と家の往復を繰り返してたくさんの本を読んでいました。
「そっか。疲れてない?麦茶でも飲む?」
「・・・いらない」
・・・不気味です。
普段も優しくなくはない兄のヒロですが、今日はどうも様子がおかしい。
こういうときの兄はたいてい、ナルになにかお願い事をしてきます。
とても面倒だと思ったナルは急いで自分の部屋に向かおうとしました。
「あ、待てよナル」
「はなせ」
「実はお願いがあるんだけど・・・」
・・・・・やっぱり。
嫌な予感は的中しました。
ヒロのことですからそんなに変なお願いではないでしょうが、それでもやっぱり面倒なものは面倒です。
「嫌だ」
「そんなこと言わないでさ!お願い!すぐに終わるから!」
4つも年下の弟にヒロは一生懸命手を合わせてお願いします。
ナルにはヒロのお願いがいったいなんなのかわかっていました。
昨夜からずっと浮かない顔をしていた兄。その原因が最後に残った読書感想文だということをナルは知っていたのです。
・・・しょうがない。
これから一日ずっとお願いを聞いてくれるまでヒロはナルから離れないでしょう。
それはとてもうっとうしいことでした。
「お願いって?」
子供ながらに溜息を混じらせてナルがヒロに言いました。
途端にヒロの顔がぱっと明るくなります。とても感謝しているようです。
「助かる!じゃ、コレお願い!」
と言ってナルに渡したのはさっきまで自分が開こうともしなかった本。
やっぱりか、とうんざりしながらその本を見たナルでしたが、受け取ろうとはしませんでした。
「その本なら一週間前に部屋に落ちてたとき読んだから」
あまり面白くはありませんでしたが、話の内容は頭に残っていました。
「さっすがナル!じゃ、お母さんにバレないように部屋で書いて!」
ウキウキとナルの背中を押して子供部屋に向かうヒロ。
兄の本嫌いにも困ったもんだと思いながら、ナルは頭の中で作文の内容を考え始めたのでした。
















「・・・・・なんてことがあったよな」

「そうだっけ?」
時は流れて現在。
二人の兄弟は運転席と助手席に並んで座っています。
ヒロは運転席、ナルは助手席。
後ろのシートにはそれぞれ二人の恋人。
今日はヒロの提案でちょっとしたドライブに出かけているのです。
途中ヒロの恋人が『あ、あそこかき氷って書いてありますよ!』と言ったのが事の始まり。
その日はとても暑かったので、4人は途中で車を止めてかき氷を買おうと考えたのです。
しかし問題は誰がお店まで行くかでした。
そのかき氷屋さんは屋台を引いて屋外でかき氷を売っています。
なので4つのかき氷を受け取るために、つくっている間誰かが外で待っていなくてはならないのです。
兄弟は後ろの席の恋人二人をとりあえず選択肢から外しました。
しかしここからがまた問題です。
外は暑い。絶対に汗をかく。
どっちが買いに行くか。
ナルは日差しが嫌いですし、ヒロも好き好んでわざわざ暑いところには行きたくありません。
そこで言い合いをしているうちに、昔の話を蒸し返すような事態になってしまったのです。
「あのときの借り、返してもらおうか」
「冗談。あの作文、お前が自分が書くようにバッチリ書いたからうっかり金賞なんかとっちゃって、県代表で発表までさせられて、お袋にはお前が書いたってバレて。さんざんな目にあったんだからな」
「やっぱり覚えてたんだな。ふざけんな。感謝されても批難される覚えはない」
「次の年の算数のドリル手伝ってやったのは忘れてるわけ?」
「あれは手伝ってもらっただけだ。お前は全部俺に作文書かせただろ」
「理科の実験の宿題は俺がしてやった」
「結果間違ってたけどな」
「お前が最初の溶液を間違ってたからだろ」
うだうだうだうだうだうだ。
二人の言い争いはいっこうに終わる気配がありません。
そのケンカに一番イライラしているのは後ろに座っていたナルの恋人でした。
とにかく早くかき氷を買って、この不毛な争いをやめてほしいと思っていました。
「あの、だから僕が行って、」
「「ダメ」」
きれいにハモる兄弟にナルの恋人はまた大きな溜息をつきます。
「いいから行ってこいって。こういうのは兄貴の仕事だろ」
「年長者を敬え。ほら、健多くんが呆れてるぞ」
「それを言うなら藤宮もな」
「叶くんは俺の味方」
「健多だって・・・」
いつの間には二人の話はお互いの恋人のことになっています。
叶くんはこうだ。健多はこうだ。
これでは後ろで聞いている本人たちが迷惑です。
「だいたいお前は乱暴なんだよ。健多くんだって大変だろう」
「はっ。健多はちょっとくらい乱暴なほうが好きなんだよ。この間の夜も、」
ドスッ!!
・・・突然、ナルの背中に何かがぶつかったような衝撃がありました。
二人がそっと後ろを振り返ると、普段の可愛らしさのかけらもない、鬼のようなナルの恋人の顔。
さっきの衝撃はどうやら、後ろからシートを殴られたようです。
「・・・・・・それ以上喋ったらコロス」
低い・・・それはそれは低く小さな声でした。
しかし二人にはそれで充分だったのです。
「・・・・・・・・・俺、行ってくる」
「あ、俺も行く!」
慌てて車を降りる二人。
それを見たヒロの恋人が感心したように腕を組みます。
「あの二人本当に仲が良いよなぁ・・・俺一人っ子だからすごい憧れるんだ」
「・・・・そうですかね」
少なくとも兄弟に恋人との夜の営みまで話すような兄はいらないと、そう思ったナルの恋人なのでした。


終わり。

[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!