LIBRARIAN〔長編小説〕
8
「おかえり。さっぱりしたでしょ」
「はい。すみません服まで借りちゃって。クリーニングが終わったらすぐにお返しします」
「いいよ別に。下着とTシャツあげるし。ジーンズも・・・ま、それは持ってても仕方がないか」
笑いを含んだ声に、俺はわざと唇を尖らす。
「なんですかそれ。どうせ俺は脚が短いですー」
「別にそんなこと言ってないって」
衛人さんもわざとらしく謝って立ち上がる。
彼は俺の足元に置いてあった自分の着替えを取り、俺の肩にかけてあるバスタオルを掴んだ。それをするりと抜き取ると。
「もうひとつ乾いたタオルあげるよ。髪、まだ濡れてる」
「・・・は、い」
通り過ぎざまに小さな声で囁く。
その柔らかい声音に、思わず背筋がゾクッとした。
なんのことはない。ただの親切なのに。
なんで急に・・・こんなにドキドキするんだろう。
俺って意外と単純なのかもしれない。
「叶くん、どうした?」
気がつくと、目の前に真っ白なタオルが差し出されていた。
「すみません。ありがとうございます」
素直に受け取って広げようとする。
すると衛人さんがタオルをさっと取り返して先に広げ、いきなり俺の頭を覆った。
「わっ!」
ぐしゃぐしゃと激しく掻き回されるけど、全然痛くはない。
むしろ羽根のようなタッチで、柔らかくて。時々耳に衛人さんの指が当たって・・・なんだか・・・うずうずする。
「じっ、自分でできますから!」
くすぐったくて身を捩ると、見えない頭上からクスクス笑い声が聞こえる。
「なんなんですかもう!」
「いや、ホント叶くんって面白いなと思って」
「人で遊ばないでください!」
「はいはい」
パッと手を離され、俺はタオルごと頭を抱えて衛人さんから離れた。
真っ赤になった顔を見られたくなくて、タオルの下で必死に気持ちを落ち着かせようとする。
「叶くん」
不意に声をかけられて、俺は怒ってるフリをした。
「・・・なんですか」
「今朝、隣にいてくれてありがとう」
「えっ・・・」
ドンッ、と心臓を強く叩かれた気がした。
それから、バクバクと血がすごい速さで巡って、せっかく落ち着かせようとした火照りがどんどんひどくなって。
「俺、別にお礼言われるようなこと、」
早口で捲くし立て、髪を拭いている素振りで答える。
でも彼はそんなこと気にしてもいないみたいだった。
「落ち着くんだ、叶くんといると。イヤなこととかあっても、大したことじゃないって思える。俺がいまこんなに笑えてるのは君のおかげだと思う」
「・・・」
そんな言い方、反則だよ。
衛人さんのことを仲のいい友達だと思うのならすごく嬉しい言葉。
でも俺は。
気づいたばかりだけど、俺は・・・
「風呂に入ったら買い物に行こうか。俺、すごく鍋が食べたいな」
「こんなに暑いのに鍋ですか」
「暑いからこそだろ。鍋は嫌い?」
「・・・・・・・・好きです」
好き、です。
気づかなかったけど、たぶん前から。
図書館で会ったときから。
声をかけられたときから。
最初に姿を見たときから。
思い返してみれば、ずっと片思いだったのかもしれない。
「すぐ上がるから。ドライヤー使っていいから、ちゃんと髪乾かすんだよ」
俯いたまま頷くと、衛人さんの足音が遠ざかっていった。
ひとり残された部屋でドライヤーをかけながら、俺はずっと考えていた。
隠し通せるだろうか。
求められているような、いい友人になれるだろうか。
いつかこの想いを伝えずにはいられなくなったとき、あの人は何を思うんだろう。
そして、俺になんて言うんだろう。
「・・・はぁ」
どこにも吐き出しようのない溜息が身体の中に充満していくようでつらい。
気分を静めようとドライヤーをかけながら最近楽しかったことを考えていると、昨夜のことが思い浮かんだ。
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