LIBRARIAN〔長編小説〕
4
「先にコイツの家に寄ってもいいか?」
振り返った鳴人さんの問いかけに、もちろんと頷く。
ここからだと距離が一番近いのは衛人さんの家だ。
鳴人さんは最初から俺たちを送るつもりで酒を飲まなかったらしい。
確かに、近くなくたってこの状態の衛人さんを連れ回すわけにはいかないし、早く休ませてあげたいっていう気持ちもあるんだろう。
明日は仕事がないって言ってたけど、やっぱりいつ具合が悪くなるかもわからない。
車はすべるように駐車場に入り、俺たちは衛人さんを抱えて部屋に上がった。
「衛人。家に着いたぞ。わかるか?」
鳴人さんが頬を軽く叩くと、低い唸り声が応えた。
「ぁー・・・」
「ダメだな」
しばらく目を覚ましそうもない。
ゆっくりと、床に敷きっぱなしになっている布団に衛人さんを下ろした。
ふと鳴人さんに視線を投げられ、俺は慌てて言う。
「俺、明日休みだし、帰るのはいつでも大丈夫です」
「そうか?俺は・・・明日早いか」
鳴人さんは小さく舌打ちをして、腕時計に目を落とす。
そろそろ2時になろうとしている。あまりゆっくりはしていられないんだろう。
そこで、ダメもとで俺も提案してみた。
「あの、俺、今日ここに残ります。朝になれば衛人さんも目を覚ますだろうし、電車も出ますから」
知り合ったばかりの他人の俺を、具合の悪い兄と一緒に残していくことに抵抗はあるだろう。
だから遠慮とか、もしかしたら拒絶されるかもしれないと思っていた。
でも鳴人さんはそんなこと考えなかったようだ。
「そうか。助かる」
この返事には俺の方が拍子抜けして、思わず訊き返してしまった。
「い、いいんですか?」
「お前さえよければ。コイツもお前のこと信用してるし・・・ああ、襲われる心配してるなら大丈夫だ。いくら酔っててもそこまでバカじゃないだろ」
「へっ!?や、そ、そんなの心配してないですっ!」
そんなこと露ほども考えなかった。
そもそも俺は衛人さんのタイプじゃないし・・・友人と思われてるかどうかも怪しいのに。
いや、それ以前に衛人さんはそんな人間じゃない、と思う。
「もしなにかあったら連絡しろよ。ケータイ」
「え?」
差し出された手の意味がわからず、間の抜けた声が漏れる。
「ケータイ。俺の連絡先知っといたほうが便利だろ」
「あ・・・そっか」
俺は急いでポケットからケータイを引っ張り出した。
前に衛人さんと、鳴人さんのケータイ番号について話したけど・・・まさかこんな場面で連絡先を知ることになるとは思わなかった。
赤外線通信でアドレスを交換すると、鳴人さんは部屋を見回して溜息をつく。
「汚ねぇな。ホント、付き合ってるヤツと上手くいかなくなるとすぐコレだ」
確かに洗濯物は床に落ちてるし、シンクの中も使った食器が溜まっている。
目の前に寝ているこの綺麗な人がこの部屋の持ち主だなんて信じられないほど、汚かった。
「明日、目が覚めたら掃除させてやれよ。お前が言えばすぐに片づけるだろうし」
「はい」
二日酔いで顔をしかめながら掃除をする衛人さんを想像して、ちょっと笑ってしまう。
「じゃ、悪いな。あとは頼む」
「わかりました。また明日・・・連絡してもいいですか?」
控えめに言ってみると、鳴人さんは大げさなくらい笑った。
「俺に連絡するくらい遠慮することないだろ。衛人のことよろしくな」
今日の鳴人さんは機嫌がいい。前に会ったときよりも笑顔が多いし、なにかいいことがあったのかもしれない。
そんな鳴人さんを見送って、俺はとりあえず一息ついた。
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