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LIBRARIAN〔長編小説〕
8
そう呟くと、衛人さんは寂しそうに笑って俯いた。

それは俺が今まで見たことのない、彼の本心からの表情だったのかもしれない。

「俺は確かにハルさんのこと好きだった。いや・・・今でも好きなんだと思う」

風がふっと衛人さんの前髪を揺らす。

・・・一瞬、泣いているのかと思った。

でもそれは俺の見間違いで、彼はしっかりと目を閉じていた。

「俺はあの人に無理矢理、言い寄った。あの人の気持ちも考えないでしつこいくらいに。それで付き合ってもらって馬鹿みたいにはしゃいでた。でも本当は、ただの自己満足だったんだ」

欲しくて欲しくて、やっと手に入った人。

俺の頭の中で、衛人さんがハルさんの腕を掴み、振り向かせる。

ハルさんは、戸惑った表情をしていた。

「きっとあの人は、どうしていいかわからなかったんだ。男と付き合ったこともなければ、自分がいったい何を望まれているのかもわからない。ただ好きだ、付き合ってくれって言われて、頷くしかなくて。俺は大切にしてるつもりで、あの人に何も求めなかった。優しくしてくれなんて言わなかったし、好きだと言ってほしいなんて顔にも出さなかった。きっと、それが」

不安、だったんだろう。ハルさんは。

求められて、それに応えたのはいいけど、それから先はただ人形のように大切にされる。

別れたいと言ったハルさんの気持ちが痛いくらいにわかって、俺は何も返す言葉がなかった。

残酷だと思った。

衛人さんは、残酷だ。

それがたとえ、ワザとじゃなかったとしても。

「おかしな話だ。こうして冷静に考えてみればすぐにわかることなのに。一緒にいるときは全然気付かなかった」

好きなのに、どうしてこうなったんだろう。

衛人さんのなにがいけなかったんだろう。

ただ、大切にしたかっただけなのに、ハルさんにとってはそれが重荷以外のなにものでもなかったなんて。

「・・・ッ・・・!」

ぱた、と何かが俺の手の甲に落ちた。

それが自分の頬から落ちたものだと気づくのに、時間はかからなかった。

「叶くん・・・?」

心配そうな顔が俺を覗き込んでくる。

慌てて目を擦った。

「すみ、ませッ・・・」

隣で息を飲む声が聞こえる。

恥ずかしかった。痛いのは俺じゃないのに、自分のことみたいに平気で泣くことが。

本当に泣きたいのは、衛人さんなのに。

肩にそっと熱を感じた。ハッとして顔を上げると、衛人さんが俺の肩を抱いていて。

「・・・・・・・・ごめん。少しだけいいかな」

なにも答えられずにいると、回された腕に力がこもった。

ぐ、と引き寄せられて衛人さんの胸に収まる。

温かいそこは、俺の涙を一滴残らず吸い取った。

「また、泣かせちゃったよ。でも・・・ありがとう」

衛人さんのいつになく低い声が、俺の耳元で囁いた。

ありがとう叶くん。俺は・・・泣けないから。



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