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健多くんシリーズ。(短編)
離れられない。
「どうしたの畏まっちゃって。どうぞ、入って」

今日は母さんの仕事が休みの日。

家には僕たちの帰りを待っていた兄さんと、何もしらない母さんがいた。

兄さんは僕たちのただならぬ雰囲気を感じたのか、冷やかしの目でじっと見つめている。

僕は恥ずかしくて目を反らしたけど、鳴人は兄さんに向ってにやりと目配せした。

「あ、俺ちょっと買い物いってこよー」

「え?鳴人くん幸多に用事があるんじゃないの?」

「いや、俺関係ないし。ね?」

「はい。今日はお母さんに」

母さんはきょとんとしていたが、すぐに僕の勉強のことについてだと思ったのか、納得したようにニコニコと玄関からリビングへ向かった。

「お茶淹れるから座って待ってて」

「いえ、このままで」

キッチンに入ろうとする母さんを鳴人が止める。

その声色があまりに真剣で、母さんは驚いたらしい。

訝しげな表情のまま、振り向いた。

「大事な話なの?」

「はい」

張りつめた空気が漂う。

隣でそのやりとりを見守っている僕にも鳴人の緊張が伝わってきて。

でも母さんはそんな空気を払拭するように、朗らかに笑った。

「だったらなおさらリラックスして喋りましょう。ゆっくりね」

今度は鳴人も何も言わなかった。

手で椅子を勧められ、お辞儀をして椅子に腰かける。僕も慌ててその横に座った。

母さんがお茶を淹れている間、僕はテーブルの下で鳴人の手をそっと握っていた。

僕の覚悟が鳴人の後押しになればと思って。

しばらくして、いつもより時間をかけて淹れたお茶がテーブルに置かれた。

かすかに立ち上る白い湯気が強張った気持ちを少し和らげてくれる。

母さんが向かいの椅子に座り、僕たちの顔を交互に見た。

「お待たせ。さ、話ってなぁに?」

その声は落ち着いていて、まるですべてを悟っているかのようだ。

そのおかげもあってか、鳴人は滑らかに話を切り出した。

「突然こんなことを言って、驚かせてしまうかもしれません」

「そうね。こう改めて話って言われるとドキドキするかも」

少女のように母さんが笑う。

父さんが昔大好きだと言っていた、母さんの笑顔だ。

なにも怖くない。きっと皆が笑顔になれる。

だから・・・鳴人。頑張ろう。

「俺は、健多と付き合ってます。友達としてでも、家庭教師としてでもなく、恋人としてです」

触れた指先から、鳴人の熱が伝わってくる。

目を反らしちゃいけない。鳴人は僕のために言ってくれているんだから。

僕は俯いていた顔を上げて、まっすぐ母さんを見た。

「母さん・・・僕、鳴人が好きです。今まで怖くて言えなかったけど、遊び半分じゃなくて、本当に」

母さんは、何も言わない。

その目はなにかをじっと考えているように、僕たちを見つめていた。

「最初に健多を好きになったのは俺です。健多がその後俺を好きになってくれたとはいえ、最初は俺が巻きこんだようなものです。責任はすべて俺にあります」

「巻き込んだって・・・」

アレを巻き込んだというなら、軽く言いすぎだ。アレはもう台風みたいなものだった。

それに責任だなんて。

「僕は自分で鳴人を好きになったから。だから、鳴人は全然悪くない」

慌てて訂正するが、母さんの表情は変わらない。

怒ってるのかも、何か言おうとしているのかも全然わからなくて、ただ焦りだけが募った。

「かあさ、」

「すみませんでした」

「ッ!鳴人!」

隣で、深々と鳴人が頭を下げた。

慌ててその肩を掴むが、びくともしない。

それどころか鳴人は僕の手をやんわりと遮り、頭を下げたまま言った。

「本当に、すみませんでした。でも俺は諦めません。俺は・・・コイツなしでは生きていけないんです」

そしてゆっくりと顔を上げ、真正面から母さんを見据える。

「俺はまだ自分一人の力で健多を守ることもできません。未熟だということはわかっています。だから今すぐ息子さんをくださいとは言えません。でも・・・いつか本当に守れるようになるまで、コイツの一番近くにいたいんです。一緒に笑って、一緒に悲しんで、健多の心を受け止めてやりたいんです。それを許していただくために今日は来ました」

・・・涙が出そうだった。

鳴人が、いつも自分勝手で傲慢で意地悪な鳴人が、僕と一緒に生きていきたいと強く思ってることが伝わったから。

鳴人。

僕も、ずっと鳴人と一緒にいたいよ。

これからいろんなことを知っていくと思う。

もしかしたら嫌な部分もあるかもしれない。

でも、それも全部ひっくるめて鳴人だって受け止められると思う。

それくらい、好きだ。

「お願いします」

「・・・お願いします」

2人で、机に額が着くほど頭を下げた。

母さんに想いが届くように。

天国の父さんに、この気持ちが伝わるように。

シンとした空気がリビングに漂う。

そして、やっと母さんが引き結んでいた口を開いた。

「・・・頭を上げて」

その声に恐る恐る顔を上げる。

目に入った母さんの顔は・・・・笑っていた。

「本当は知ってたの。あなた達が付き合ってること」

「・・・ホント?」

僕は信じられない思いで聞き返したのに、母さんは可笑しそうにころころと笑う。

「気づかない方がおかしいと思わない?お兄ちゃんの友達の家にあれだけ泊まりに行ってるんだから、何もないほうがびっくりでしょ」

そ、そうなのか・・・?
そういうもんなのか・・・?

「健多はともかく、鳴人くんは私が気付いてるって知ってたでしょ」

「・・・はい。気付かないほうがおかしいとは思ってました」

「え、ウソ」

「いや、普通そうだろ」

信じられない・・・気づいてなかったのは僕だけだったんだ・・・!

そう考えると、ちょくちょくそれらしいことを母さんが言っていたような気がするけど。

必死に今まで何を言われていたかを考えていると、母さんはこれ見よがしに大きな溜息をついた。

「はぁーあ。せっかく治ったと思ったのにまだまだねー」

「・・・なにが?」

「あんたのその子供っぽいところ」

少し冷めてしまったお茶をすすりながら言う。

「ね、鳴人くん。この子に最初会ったとき、歳の割にずいぶん子供みたいだって思わなかった?」

子供みたい、って・・・失礼な。

僕は歳相応に物事を考えてるつもりなのに。

でも鳴人は母さんの質問に、まったくだと言わんばかりに頷いた。

「正直、初めはそう思ってました」

「でしょ。本人はまったく気づいてないの。自分が・・・父親を亡くしたときから変わってないって」

さっきまで笑ってたのが嘘のように、母さんの瞳が曇る。

寂しげな微笑みを浮かべて、棚の上に置いてある、父さんが生きていた頃の最後に撮った家族写真に視線を移した。

「健多は、8年前にあの人がいなくなったときから知能は普通に成長していったのに、心が成長しなかった。どこかぼーっとしてて、甘えん坊で。ずっと心配してたの。このままこの子の時間は止まったままなのか、って。でも」

母さんの目が僕たちをうつす。

それは・・・どこか眩しそうで。

「鳴人くんが来てから、健多はすごく変わった。強くなったの。自分で自分のことを決めて、どんどん大人になっていった。それはきっと、あの人よりも大切な人を見つけたからだと思う」

柔らかな微笑みの向こうに、僕は光る雫を見た。

たぶんその涙は、子どもが自分の手から離れてしまうことへの寂しさであり、僕が成長したことへの悦びなんだと思った。

「・・・きっと昔の私なら『男同士なんてとんでもない。いますぐ別れなさい』っていうところだったんだろうけど」

・・・ありがとう。

僕の成長を黙って見守っていてくれて。

これからは僕が母さんに恩返しするから。

母さんの目が、もう一度あの家族写真に。

「本当に大切な人と出会っても、いつまでも一緒にいられるかわからない。だから後悔だけはしないようにしなさい。あなたの人生よ。好きなように生きて」

「ん・・・うんッ・・・」

泣かない。

もう子供みたいだって言われないように、泣かない。

だから今日だけ。

今だけだから。

「あ、りがとッ・・・母さん・・・」

ぎゅっと瞑った瞼の裏。

母さんがどんな気持ちで僕たちのことを許してくれたのか。

どんな想いで父さんがいなくなった後、僕たちを育ててくれたのか。

考えれば考えるほど、次々に涙が溢れてきて、音をたててテーブルを打った。

「健多」

鳴人が繋いでいた手をそっと両手で握りなおす。

母さんがその手に気づいて笑い混じりの声を上げた。

「あなた達、手なんか繋いでたの!?まったく・・・見てるこっちが恥ずかしいわよ!」

「う、うるさいな・・・ッ!」

恥ずかしくて慌てて手を離そうとしたけど、鳴人がそれを許してくれなかった。

きゅ、と指が深く絡まってほどけなくなった。

「・・・・はいはい。お母さんは邪魔だって言うんでしょ。わかってるわよ。さ、話も済んだし私も買い物でも行ってこよーっと」

「そん、なこと言って、ないしッ!」

立ち上がる母さんに、泣きじゃくりながら説得力の無い反抗をしてみるけど。

「じゃあね。ゆっくりしていって鳴人くん」

「お母さん」

返事代わりに鳴人が呼び止めた。

「・・・・ありがとうございます」

母さんはちょっと照れたような顔で答える。

「まだまだ健多は泣き虫だから。もっと鍛えてあげてね」

そしてすぐに振り向いた背中に、鳴人はもう一度深く頭を下げた。










それから僕の部屋に移動して、鳴人の腕の中で目を閉じる。

思い出すのは出会ってから今日までのこと。

最初は最悪だった。

ワケもわからないまま脅されて、抱かれて。

確かに大嫌いだったはずなのに、いつの間にこんなに好きになったんだろう。

「健多、大丈夫か」

「・・・ん」

そう。きっとこんなところ。

たくさん意地悪して、たくさん優しくして、たくさん名前を呼んで。

僕を見る目が本当は優しいって気づいたときにはもう、好きになってたのかもしれない。

耳元に感じる鳴人の鼓動。

あったかくて、気持ちがいい。

「鳴人」

「ん?」

「・・・・・・好きだよ」

「知ってる」

「・・・バカ」

「お前言ってることむちゃくちゃ」

「・・・うるさい」

長くて細い指が髪を撫でる。

心地よさに顔を上げると、優しい瞳が見下ろしていた。

吸い込まれるように唇を重ねて、吐息を交換する。

激しさのない優しいキスが嬉しい。

そしてキスの合間に鳴人が笑う。

「さすがに今日は勃たないな」

・・・・・・それは意外だ。
天変地異の前触れかも。

「鳴人でもそんなことあるんだ」

「お前、俺を性欲だけの人間だと思ってないか?」

「・・・違うの?」

こうして憎まれ口を叩けるのが嬉しい。

手が触れる距離に鳴人がいる証拠だから。

「今日は精神力使い切った・・・・まあ、いいか」

僕の大好きな声が、耳元でいやらしく囁いた。

「明日からまた、たっぷり苛めてやるよ。俺の可愛い淫乱な健多」

「・・・・バカ」






鳴人、これからたくさん思い出を作ろう。
2つの人生が交わった奇跡に感謝しながら。

たとえこの生が終わっても、いつまでも貴方の傍に。




「愛してる」








離れられない心。
離れられないカラダ。
離れられない、運命。







健多くんシリーズ FIN.


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