健多くんシリーズ。(短編)
拭えない。
この心に絡まって、離れないもの。
――――――拭えない。
梅雨も明けて、いよいよ夏本番。
夜空に一万発の花が咲き乱れる!!
「・・・・・って、なにこれ」
鳴人のマンションのフローリングに落ちていた一枚の広告。
「納涼花火大会?」
それを拾い上げて、ソファに座っている鳴人の隣に腰を下ろす。
鳴人は珍しく仕事もせずにお茶を飲みながらくつろいでいた。
「ああ。それ前に衛人が置いてったヤツ」
「衛人さんが?」
衛人さんというのは鳴人の四つ上のオニイサマで、僕は一度しか会ったことがない。
顔は二人ともびっくりするくらいよく似てるのに、鳴人と違って衛人さんは優しい人だなぁ・・・なんて思っていたのが大間違い。
実は鳴人と同じくらいトンデモナイ性格だということが判明した、僕が密かに『隠れ大魔王』と呼んでいる人だ。
「アイツが、お前を誘ってみんなで行かないかだと。隣の県の祭りだから知り合いにも会わないだろうって」
「みんな?」
僕たち以外にも誰か一緒に行くんだろうか。
「アイツのツレが一人いる」
「へぇ・・・って、コレ明日だ」
花火大会なんて何年ぶりだろう。
中学のときに友達と行ったきりかも。
こういう催し物は夜店が出て、人がたくさん集まるだろう。
鳴人は人が集まる場所が嫌いだし、すすんでこういうイベントに参加するようなヤツじゃない。
それに僕だって、行こうと思えば秋月たちとか学校の奴らと他の祭りに行けばいい。
だから最初から期待なんてしてなかったのに・・・。
「お前、浴衣もってるよな?」
本当に期待してなかったぶん、その言葉は僕を驚かせた。
「行くの?すごい人だよ?」
「こういうの好きだろ?」
「・・・好きだけど」
どうしよう。
すごく、嬉しいかも。
「変な顔」
ぶに、と頬を抓られても何の抵抗もできないほど悦んでいたなんて鳴人にはバレバレだったんだろうけど、それでも嬉しがってるなんて思われるのが悔しくて。
「・・・迷子になるなよ」
照れ隠しにそんなことを言ってみたら、鳴人に笑いながら「お前がな」と言われた。
翌日の夕方、陽がだいぶ傾いて涼しくなり始めた頃、前の日に母さんに出しておいてもらった浴衣を着てみた。
「こうして見るとやっぱり健多はお父さんに似てるわね」
教わったとおりに着てみた浴衣。
この白地に薄い銀の彼岸花が描かれている浴衣は昔、父さんが使っていたものらしい。
父さんもあまり背の高いほうではなかったから、ちょっと悔しい気もするけどサイズはピッタリだった。
「お父さんもその浴衣着るとすごく可愛くなっちゃってたのよね。一緒にお祭りに行くと必ず弟さんですかとか訊かれて」
「なにそれ」
母さんの言葉に僕は笑いながら、少しだけ寂しさも感じていた。
母さんだって昔みたいに父さんと一緒に祭りに行きたいに違いない。
なのに僕は・・・
「ねえ、一緒に行く子とは本当に付き合ってないの?」
その言葉に不意をつかれて、僕は大げさなくらいにビクッとした。
「ちっ、ちがうってば!」
いや、正確には違う・・・とも言い切れないけど、少なくとも『付き合ってる子』なんて可愛らしいものではない、はず。
「なーんだ。残念」
僕の言葉に年甲斐もなく頬を膨らませながら、母さんはクローゼットから持ってきた下駄を玄関に置いた。
「男の子だから帰ってくる時間もうるさく言うつもりはないけど、いろいろ気をつけるのよ」
「わかった」
出された下駄を履いて、浴衣と同じ柄の巾着を持つ。
巾着なんて女の子みたいだからいらないといったのに、財布やケータイを入れるちょうどいい袋がなかったので、仕方なく持っていくことにした。
「じゃあ楽しんできて。鳴人くんによろしくね」
「うん。行ってきます」
母さんに見送られて玄関を出る。
まだちょっとだけ明るい外は、昼間の熱さをだいぶ和らげていてくれていた。
鳴人はたぶんもうすぐ近くまで来ている。
しばらく待っていると、見慣れた車が家の前の道を滑るように入ってきた。
鳴人だ。
車から自分が見えるようにちょっと前に出て、そこでふと疑問に思った。
「・・・鳴人と一緒に行くって言ったっけ?」
友達と行ってくる、と自分では言った気がしていたのに、もしかするとうっかり口が滑ったのかもしれない。
まさかバレてる?・・・いや、そんなはずないか。
なんていろいろ考えてるうちに、車は家の前にぴったり停まった。
慌てて助手席に走り寄り、ドアを開ける。
「なに一人で百面相してんだ、お前」
人の顔を見るなり笑いながら鳴人が言った。
「なんでもないです」
素早く中に入ってドアを閉める。
開いた首元からすうっと入ってくる冷気が気持ちよかった。
「会場の近くに駐車場があるらしいから、そこに停める。そっから歩き」
「うん」
鳴人がアクセルを踏み込み、車が発進する。
その足元が下駄なのに気づいて顔を上げると鳴人は浴衣を着ていた。
・・・・うわ。
なんか・・・・ヤバい。
黒地に蒼い牡丹。
生地だけ見れば女の人が着てもよさそうな色なのに、絞めつけられるのが嫌いなのか緩く着つけられたその浴衣は、喉仏とか、ちょっとだけ覗く鎖骨とか、袖から伸びた腕とかが『男』を感じさせる。
とにかく、なんか、もう。
心臓に悪くて・・・見てられない。
あんまりじっくり見ているとまた何か言われそうな気がして、慌てて前を向いた。
ああ、僕もとうとう男の浴衣姿にときめくようになっちゃったのか・・・なんてちょっぴり切ない気持ちを噛み締めていた。
「すっごい人・・・これじゃ知り合いに会っても気づかないかも」
会場の近くに設置された簡易駐車場はほぼ満車だった。
続々と車を停めて降りてくる人を避けながらやっと駐車スペースを探し、車から降りれたのは駐車場に着いてから10分後だった。
会場までは歩いて15分。
途中、祭りに集まった人たちの痛いくらいの視線を感じながら二人で歩いていくと、首から下げていた鳴人のケータイが振動した。
「もしもし・・・ああ、入口・・・わかった」
衛人さんだろう。
きっと僕たちより先に着いていたに違いない。
会場に備え付けられた案内板を見て進む鳴人についていくと、しばらくして向こうから手を振る人影が見えてきた。
「こっちこっち」
横から流れてくる人ごみをかき分け、声のする方へ。
そして人の塊を抜けると、そこには鳴人とよく似た顔の衛人さんが立っていた。
横には友達なのか、僕と同じくらいの身長の男の人がいる。
「健多くん、久しぶり」
そう言って笑う衛人さんは相変わらず表面は紳士のように素敵だった。
「こんばんは。浴衣カッコいいですね」
本当に、よく似合ってる。
同じ白の浴衣なのに僕とは大違いだ。
「ありがとう。健多くんも可愛いよ」
「・・・それあんまり褒め言葉じゃないです」
そして中身は相変わらず痛いトコロを容赦なく突いてくる人だこの人は。
浴衣を着ると男らしく見えないことを気にしてるのに。
そういえば浴衣着てこいなんて言っといて、鳴人はこれ見てどう思ったんだろう・・・・。
特に笑われたりはしなかったから、おかしくはないんだろうけど、さすがにちょっと心配になった。
隣を見上げてみるが、鳴人は衛人さんの友達と話している。
「本当、久しぶりだな」
鳴人が声をかけると、衛人さんの友達がこっちが驚くくらい遠慮がちに返事をした。
「は、はい。あの・・・鳴人さんもお元気そうで、よかったです」
その顔は薄暗い中でも真っ赤になってるのがよくわかる。
鳴人も知ってる人なのかな、この人。
でも友達という感じの反応じゃない。
友達というかむしろ・・・・。
「じゃ、行こうか。そろそろ出店が始まるらしいから」
僕の小さな疑問は、その衛人さんの言葉にすっと身を潜めた。
「けっこういろんなのやってるね。ほら、叶くん金魚」
「本当だ!すごい、大きいのもいる!」
これは衛人さんと藤宮さん。
「ああいう光る腕環とかって帰ってから、なんで買ったんだろうって絶対後悔するよね」
「・・・・・・お前はなんでそんな可愛くないこと言うんだ」
こっちは僕と鳴人。
いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていて、いよいよ夏祭りらしくなっていた。
思ったより広い港近くの公園にずらっと出店が立ち並び、そこら中に美味しそうな匂いが立ち込めている。
オレンジ色の光を見ていると、なんだか別世界に迷い込んだようだ。
「あ、くじ!」
お面が壁一面にかけられた店の横に、『ハズレなし!』と大きく書かれた看板を見つけて、僕は走り寄った。
景品を見てみるとなんと一等が○ii。
これは絶対に引くしかない。
「当たるわけねえだろ」
鳴人の馬鹿にしたような言葉。鳴人はこんなクジは絶対にやらないタイプだと思う。
「こういうのは意外と当たるもんなの。当たったら鳴人の家でやる!あ、3回分お願いします」
露店のおじさんに1000円を渡してクジを選ぶ。
「・・・しっかり楽しんでんじゃねえか。つか、ヤるって・・・」
なんか隣で鳴人がいろいろ言ってるけど、無視無視。
「ん〜・・・コレと、コレ・・・あとは、コレ!」
こういうのは第一印象が大事だ。
僕は目についた三枚のクジを取って、順番に開いた。
「92・・・・67・・・もう一枚は・・・あ〜、104番だ」
○iiは「1」番。数字が若い方が豪華な賞品になっていたらしい。
「はい、92と67、それに104の商品ね」
おじさんがビニール袋に景品を入れてくれる。
中を覗いてみると、オモチャのブレスレット、光るペン、それに子供が喜びそうなトレーディングカードが三枚入っていた。
とてもじゃないけど自分で使えそうなものはない。
「当たる気がしてたのになー」
「だからそうそう当たらねえって」
ちょっとがっかりしていると、おじさんが笑った。
「言っとくけど、ちゃんとクジの中に一等も入ってますよ。○iiは帰ってからお兄ちゃんに買ってもらいな」
「お兄ちゃん?」
まさかこのおじさんが僕に兄がいることを知ってるわけはない。
それに僕はもうすぐ大学生なんで、お兄ちゃんって呼ぶような歳でもないんだけど・・・。
僕の不思議そうな顔を見ておじさんが鳴人を見上げた。
「あれ?この子のお兄ちゃんじゃないの?」
・・・やっぱり。
鳴人のことを僕のお兄ちゃんだと思ってるのか。
しかも絶対僕のことも中学生くらいだと思ってる。
ちょっとムッとして僕はおじさんに言い返そうとした。
「コイツはお兄ちゃんじゃ・・・」
すると鳴人が僕の頭をポンと叩く。
驚いて顔を上げると隣で鳴人がニヤニヤ笑っていた。
「そうですよ。ほら、買ってやるから明日俺の部屋でいっぱいヤろうな?」
耳元でそんなことをいやらしい声で囁くもんだから、びっくりして思わず声を上げてしまった。
「は!?」
「じゃ、コレどうも」
ひょい、と僕の手から景品を奪い取ってさっさと歩きだした鳴人を慌てて追う。
「なんだよアレ!」
いちいち関係を疑われないように兄弟ってことにするのは良しとして、あんな言い方しなくたって!
「あのおじさん、絶対おかしいって思った!」
「思わねえよ。俺たちが『ヤってる』って知らなかったらな」
「バカ!声が大きい!」
いくら人が多くてザワザワしてるからって誰かに聞かれたら恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。
でもそんな僕の心配なんて鳴人は全然気にもしていないように歩いていく。
「それにしてもあいつら、ずいぶん遠くまで行ったな」
どんどん流れてくる人をなんとか避けながら進んでいくと、射的の店の前でやっと衛人さんたちを発見した。
どうやら二人は射的に夢中らしい。
衛人さんはもう何度か撃ったのか、かなりの数の景品を両手に抱えていた。
いま鉄砲を真剣な顔で構えているのは藤宮さんだ。
パチン、と小気味よい音が鳴って、かなり大きなぬいぐるみが倒れる。
絶対に落ちそうになかったそれがあっさりと倒れて、周りで見ていた人たちから歓声が上がった。
「すごいな。コレ全部お前たちがとったのか?」
人の輪を覗きこむ鳴人の後についていけば、衛人さんが照れくさそうにこっちを向く。
「いや、俺は一回もしてない。全部叶くんが・・・」
パチン!
「やった!とれましたよ衛人さん!」
また一際大きな人形が倒れて落ちた。
衛人さんが持ってる景品も全部藤宮さんがとったんだとしたら、かなりの腕前だ。
「へえ・・・変わった特技もってんな」
鳴人もしきりに感心している。
藤宮さんは戦利品を片手にキラキラした目をして振り返った。
「俺、中学の頃エアガンで人の家の庭とか撃ちまくってましたから!」
「・・・・・・・・・・・叶くん、あっち行こうか」
藤宮さんの言葉に驚いた露店のお兄さんを見て、衛人さんは苦笑した。
エアガン・・・人は見かけによらないって言うけど・・・
「それにしてもすごい数になっちゃったな」
ビニール袋にも入りきらない大きな人形をいくつも持ってる衛人さんはかなり歩きづらそうだ。
ソレを見た藤宮さんがしきりに恐縮している。
「すみません。俺が後先考えないで・・・」
「あ、別にそういう意味じゃなくて・・・そうだ、俺たちは一回コレ車に置いてくるから」
「ああ。俺たちは適当に回る」
というわけで、僕たちは別々に行動することになった。
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