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健多くんシリーズ。(短編)
触れられない。
あと20分。

「どうしよう・・・逃げたい・・・!」

心臓がバクバクいってる。

なんかもう苦しいのか痛いのかなんなのか全然わからない。

鳴人が帰ってきてる。

それはつまり。

「あんなこと言って無事でいられるわけない・・・!」

安全だと思ってとんでもないことを言ってしまった。

特に、『寂しい』なんて!

絶対これからもアレでからかわれる。

これから鳴人と離れるたびに言われ続けるなんて冗談じゃない!

部屋の中をぐるぐる回りながら鳴人から逃げる方法を考えてみても、時計は止まらない。

それに、きっと逃げる気なんてない。

心のどこかで鳴人が来るのを待ってる自分もいるから。

そんなことを考えてしまう自分に恥ずかしくて悶えていると、いつの間にか15分が経っていた。

ヤバいと思った瞬間、下の階で玄関の開く音がした。

「き、来た!・・・・って、え?開いた?」

鳴人のマンションじゃあるまいし、さすがにこの家の鍵は家族以外は持っていない。

だとしたら、入ってきたのは一人しかいない。

僕は急いで階段を駆け降りた。

すると玄関には、スーパーのレジ袋を両手に持った母さんの姿が。

「あら健多、出迎えなんていいのに」

「か・・・母さん、仕事は?」

まだ7時半だ。

いつもは日付が変わるまで帰ってこないのに、なんで今日に限って!

「今日社員さんの送別会があるって言ってね、うちの会社パートが少ないからもう事務所閉めちゃっていいっていうから早く帰ってきたの。夕飯はまだでしょ?今日は隣のスーパーが特売日だったからたくさん買ってきちゃった」

そう言いながら自室に入っていく母さん。

一人茫然と立ち尽くす僕の頭の中では、さまざまな想いが複雑に渦巻いていた。

今鳴人が来たらなんて言い訳しよう。

母さんは鳴人がしばらくウチに来ないことを知ってる。なのにこんな時間にわざわざ僕に会うためだけに来るなんて思わないだろう。

それともうひとつ。

せっかく鳴人が来るのに、絶対に触れてはいけないということ。

「そんなの・・・」

正直、今の僕にはツライ。

でも、母さんには何があってもバレちゃいけない。

「とりあえず鳴人に連絡しないと」

階段を上ろうとしたとき、今度こそ玄関のチャイムが響いた。

「なに、こんな時間に」

着替えの終わった母さんが部屋から出てくる。

「僕が出るから!」

慌てて止めようとしたけど、遅かった。

母さんは覗き穴からチャイムを鳴らした人物を確認すると、あら、と嬉しそうな顔をして玄関を開けた。

「あら、いらっしゃい鳴人くん!どうしたの?」

「・・・・こんばんは、お母さん。遅くにすみません」

すごい。さすが大魔王。

一瞬、母さんに見えないくらいほんの一瞬しかめた顔は、今やどこに出しても恥ずかしくない爽やかな好青年の笑顔に変わっていた。

「実は今日出先から帰ってきまして。お土産を買ったんですが、生モノなのでできるだけ早い方がいいと思って持ってきました。コレ、少ないですがよかったら健多くんと召し上がってください」

そう言って白い箱を母さんに手渡す。

中身が甘いものだと一目で分かる包装に、甘党の母さんが嬉しそうな声を上げた。

「あーらー!もう、そんなの気を使わなくていいのに!お夕飯はまだ?一人暮らしじゃなにかと面倒でしょう。ウチもまだだから食べてって」

「いえそんな。気になさらないでください」

「鳴人くんこそ気にしないで。2人分も3人分も大して変わらないんだから!」

ほらほら、と母さんが強引に鳴人の腕をとって家に上がらせる。

鳴人はじゃあお言葉に甘えて、と笑顔を崩さないまま母さんに従った。

リビングに向かう途中、階段の下でどうしていいかわからず立ち尽くしていた僕と目が合う。

一瞬で射るように鋭くなったその目が、僕に「どういうことだ」と語りかけていた。

でも母さんの目の前で説明するわけにもいかず、「あとで説明する」と口をぱくぱくさせる。

「ほら健多、なにしてんの!手伝って!」

「・・・はーい」





表面上はとっても和やかな夕食が終わった後、母さんが食器を片づけに席を立ったところで、隣に座る鳴人が目配せをしてきた。

「え?・・・あ、そうだ!母さん、僕ちょっと課題でわからないところがあったから先生に教えてもらってくる!」

「え〜?鳴人くんだって疲れてるんだから、今日はやめておきなさい」

「俺は大丈夫ですよ。ついでですし」

「あら、そう?本当にごめんなさいね」

「いえ。さ、健多くん行こう」

鳴人は僕の腕をぐっと掴んで立たせると、さっさと二階の僕の部屋へ引っ張っていく。

有無を言わさず僕を部屋の中へ放りこむと、扉を静かに閉めた。

「・・・さて。説明してもらおうか」

背景に暗雲でも背負ってそうな鳴人に、僕は慌てて母さんが家にいる理由を説明する。

「・・・って、いうワケで」

すると今度はがしがしと頭を掻き、深いため息をつきながらその場にしゃがみこんだ。

「あークソ、ついてねえ・・・」

そんな姿を可愛いだなんて思ってしまうのは、鳴人がいつもと違って余裕がないように見えるから。

僕だけがいつも鳴人を求めてるなんて思ってた。

でも、違うんだ。

「・・・へへっ」

思わず口に出して笑ってしまって、顔を上げた鳴人に睨まれる。

「なにがおかしいんだよ」

「別に」

面白いからもう少し困らせてやろう。

僕は黙って立ち上がると、鳴人の前に膝をついた。

「・・・健多?」

怪訝そうな顔をする鳴人の頬を両手で挟み、そっとキスをする。

ピク、と鳴人のカラダが震えたのを見て僕はどんどん調子に乗っていった。

「んっ・・・ふ・・・」

最初は触れるだけの唇をどんどん深く重ねあわせていって、驚いて少し開いた隙間に舌を差し込む。

「おい」

僕を引き剥がそうとする手を握り返して、いつも自分がされるように舌を動かしながら、ゆっくりと鳴人を床に押し倒した。

「・・・なにしてんだ、お前」

わけがわからない、というふうに顔をしかめる鳴人の髪に指を絡め、逞しい喉元に喰らいつく。

鳴人が息を呑むのがわかって、じわじわと自分のカラダが昂ぶっていくのを感じる。

「鳴人・・・シたい」

浮き出た鎖骨を撫でながらわざといやらしい声で囁く。

ぎゅ、と鳴人の形の良い眉がひそめられて、僕は勝利を確信した。

鳴人の太腿を挟むように跨いで、ゆっくりと腰を擦りつける。

「ッ・・・、ぁ、はっ・・・!」

キスと自分の淫らさに酔って少しずつ硬さを増していたモノが擦れると、震えるほど興奮した。

「健多、やめろ。さすがにバレる」

「んっ・・・鳴人・・・」

横たわったままの鳴人の胸に手をつき、腰を揺する。

ゴク、と僕にまで鳴人の喉が鳴る音が聞こえて、カッと首筋に血が上った。

・・・そろそろヤバい。ここで止めておかないと、僕まで戻れなくなるかも。

「っ、と」

僕はさっきまでの姿が嘘のように、パッと鳴人からカラダを離した。

「なんてね。焦っただろ!ざまみ・・・ろッ・・・!?」

ダンッ!

「・・・ぃ、っ!」

立ち上がろうとした手首を掴まれ、床に引き倒される。

マットの上とはいえ腰を強打した僕は、一瞬動けなくなって逃げる機会を完全になくした。

その隙を見逃さず、今度は鳴人が僕の上にのしかかる。

「えッ、あ、あのッ、ちょっと!冗談だって・・・!!」

鳴人の動きが一瞬止まる。僕を見下ろすその目は据わっていた。

「・・・・冗談?」

「そ、そう冗談!鳴人がいつも余裕で、なんか僕だけアタフタしてるのがズルイなーとか思ったっていうそんなくだらない理由!だから深い意味はッ・・・」

「・・・俺が余裕?」

鳴人がハッ、と声を出して笑った。

「っ、んッ!」

さっき僕が鳴人にしたように、首筋に喰らいつかれる。そして熱い唇の間から、チロチロと舌が肌を舐め上げた。

「はっ・・・ぁ、や・・・!」

「・・・早く帰ってお前に会うために、寝る間も・・・電話する時間さえ惜しんで仕事するような男が、余裕があるって言えるか」

耳元で囁かれ腰がゾクッと痺れた。

「それをわかってて俺を煽ったんだろうな」

完全に気圧された僕は、鳴人の指が胸の尖りをくすぐり始めても逃げることができない。

「ぁんッ・・・ダメッ、かあさん、が・・・!」

その時ちょうど下で足音がして、鳴人が小さく舌打ちをしながらカラダを起こそうとする、が。

「健多ー?」

「えっ!?・・・あっ、な、なに!」

階段の下から母さんの呼ぶ声がして、組み敷かれたままのカラダが強張った。

僕たちの声が聞こえてたはずはないのに、背中から一気に嫌な汗が出る。

僕の上に乗ったままの鳴人の胸を押しやると、慌ててドアを開けた。

「ど、どうかした?」

下に向かって叫ぶと、母さんはまさかの爆弾発言をした。

「いまね、母さんの高校時代の同級生の子から電話があって。近くまで来たから会わないかって言われたのよ。明日母さん仕事休みだし、せっかくだから出かけてくるわね」

「・・・・・・・・・は!?ちょ、ちょっと待って!」

そんなことされたら鳴人から逃げる理由が・・・!

「あら、いいじゃない。じゃ、戸締りきちんとしておいてね・・・そうそう。鳴人くん!」

「はい」

いつの間にか僕の背後に立っていた鳴人がドアに手をかけて身を乗り出して返事をする。

「悪いけど、ちょっと出かけなきゃいけないのよ。ごめんなさいね、全然おもてなしできなくて」

「そんなこと・・・俺の方こそ夕飯までいただいてすみません。ごちそうさまでした」

「よかったらまたご飯作らせてね!今度はもっと美味しいの作るから」

「ありがとうございます。楽しみにしてます」

じゃあゆっくりしていってねー、と母さんはウキウキしながら家を出て行った。

残されたのは僕と・・・満面の笑みを浮かべた変態大魔王。

「さ。じゃあさっきの責任をとってもらおうか」


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