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ひぐらしハルヒの憂鬱な頃に

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「入江はC120を投与してなかったのです。ひょっとしたら発症してるかもしれないと思って持ってきておいてよかったです……」

「C120?その注射のことか?」

「そうなのです。病気を抑えるお薬ですよ。沙都子が一日2回打たなきゃいけないやつです。

おととい、詩ぃに打った注射もこれなのです。詩ぃも同じ病気にかかっていたのです……」

「詩音は……自殺したんだ」

「え?」

「おととい園崎邸からいなくなった後、北高の近くまで行ったらしくて、そこで喉を掻き毟って死んでいるのが昨日発見された」

「そんなバカな!?」

「俺も、何でまた死ぬまで喉を掻き毟ったりするんだろうとは思ったが…」

「そうじゃない!!そんなことはありえないのだ!!!」

「ん?どういうことだ?」

「その死に方は雛見沢症候群……沙都子たちの病気のことなのですが、その症状が最大まで進行したときの典型的な自傷行為!C120を投与した直後にそんな死に方をするはずが……」

 梨花ちゃんは、信じられないといった面持ちで、呆然と遠くを見つめていた。


 朝比奈さんを入江診療所に連れ戻さなければならなくなったので、古泉がそれを担当し、興宮の方は前原君一人に任せることにした。

「診療所はえらい事になってんだろ?大丈夫か?」

「それは心配いらないのです。他のスタッフでも対応できますです。でも診療所の車を呼ぶより、タクシーで行ったほうが早いかもしれないです」

「わかりました。ちょっと呼んできますね」

 古泉が近くの公衆電話でタクシーを呼ぶ。

「5分ぐらいで来てくれるそうです」

 朝比奈さんと古泉を残し、前原君は興宮方面へ、俺と梨花ちゃんは雛見沢方面へ向かう。


 途中、梨花ちゃんと別行動をとることにした。

「鉈を持ち歩いてたら、目印になって仕方ないだろうし、一度どこかに隠すんじゃないかと思うんだ。とりあえずゴミ山に行ってみるよ」

「そうですか。ボクは営林署に戻ります。学校も凶器を隠しやすいと思いますので」

「わかった。じゃあ俺も一通り見て回ったら営林署に戻るわ」

 ゴミ山に着くと、レナがいないことがすぐに分かった。警察の捜査員が何人もいたのだ。

ここに警察がいるなら、自宅にもいるだろう。他にレナが行きそうな場所はどこだ?

レナの狙いはあくまでハルヒだ。どちらかと言えば興宮にいる可能性が高いだろう。

しかし鉈を持ったまま興宮をうろつくなんてできない。だとしたらどこかに鉈を隠して興宮に行くか、あるいは……どんな行動を取る?どこに行く?

 しばし考えていたが思いつかず、とりあえず俺も営林署に戻ることにした。そろそろ下校時間になる。魅音を加えて三人でもう一度考えよう。古泉たちも来てるかもしれない。


 ひとり自転車をこいでいると、はっきりとした胸騒ぎを感じる。昨日の夜から続いてる胸騒ぎ。この世界が狂い始めているという感覚。狂気の歯車が噛み合わさって、軋みながら回り出したような感覚。

 拷問をうけた沙都子は、もうまともな精神状態じゃなくなった。

 詩音が自殺した。入江先生も自殺した。

 病院を抜け出した朝比奈さんが人を傷付けようとした。

 レナは人を殺し、傷害事件を起こし、警察に追われながらハルヒを狙っている。

 次から次へとおかしなことが、連鎖反応するように起きている。

 惨劇を回避できなかった。梨花ちゃんはもう諦めているかもしれない。病院で沙都子を見つめる梨花ちゃんの顔に、希望の色は見出せなかった。詩音の自殺を聞いて、絶望の色をあらわにしていた。

 それでも動いてくれるのは、俺たちのためなのだろうか。おととい、長門と三人で交わした約束のためなのだろうか。

 だとしたら、俺も最後まで諦めるわけにはいかない。梨花ちゃんにとってはもう何の意味もないかもしれないが、せめてレナが罪を増やさないように、歯車を止めよう。


 営林署の前に自転車を停める。校舎の外で、魅音が下校する生徒たちを見送っている。

「おかえりキョンちゃん。レナは?どうだった?」

「北高から逃走した。警察に追われているよ。梨花ちゃんは?」

「梨花ちゃん?」

「先に戻ってきてるはずなんだが……」

「いや、来てないよ?」

「そうか……」

 レナを探して寄り道でもしてるのだろうと思い、俺と魅音は教室で梨花ちゃんの帰りを待つことにした。

 教室の前に来ると、中からバタンバタンと音がする。ロッカーを開け閉めする音だ。

すると魅音が不思議そうにつぶやく。

「あれ?もうみんな帰ったのにな」

 もしかして……

「レナ、か!?」

 ドアを乱暴に開ける。

 そこには、黒い瞳を爛々と輝かせ、手にした金属バットを肩にのせてたたずむハルヒがいた。

「見つけたわ、魅音。ここが本陣かしら? ふん。残念だけど、王手よ!!」

 何言ってんだ? 何してんだ? ハルヒ!

「ほらほら、どうしたのよ?足がすくんで動けない?まさかあたしの方から攻めてくるとは思ってなかった?甘いわよ!!」

 教室の中からバットの先をこちらに向けて、それを上下に揺らしながら近付いてくる。

 こいつの言ってることはたいがいイカレてる。だが今は、それに輪をかけてワケ分からん。

 本陣?王手? 一人で何の遊びをしてるつもりなんだ?

 ハルヒが廊下に出てくる。魅音の前に立つと、いきなり持っていたバットでフルスイングをかましやがった。

 魅音は間一髪しゃがんで避け、俺はびっくりして尻餅をついた。

 ちょっと待て。それはシャレにならん。

「やめろハルヒ、何の真似だ!?」

「……雑魚に用はないわ。怪我したくなかったら、すっこんでなさい!!」

 そう言って両手でバットを握りしめると、魅音に詰め寄る。

「キョンちゃん、下がってて」

 ハルヒが冗談でないと判断したのか、魅音は戦う構えを見せる。素手でやり合うつもりなのか?

 バットを握る手に力を込めるハルヒ。ゆっくりと持ち上げる。

 魅音は僅かに腰を落とす。床を踏む足に重心がかかる。

 バットが振り下ろされると同時に、横にかわす魅音。すかさずハルヒの手首を取る。

数分の一秒、動きを止められたハルヒだが、魅音の手を振りほどき、勢いにまかせてバットをぶん回す。魅音はぱっと屈んでハルヒの足を払う。

「あっ……!」

 転んだハルヒは、その拍子にバットを落とす。すぐにバットを掴もうと手を伸ばすが、それに及ばず、魅音のかかとがグリップ部分を踏みつけた。

 しかしハルヒの戦意は衰えず、立ち上がって後ろにさがると、なおも魅音を睨みつける。

「勝負はついたと思うんだけど」

 魅音はバットを拾うと、余裕の表情でハルヒを見ながらそう言った。

「まだよっ!みんなの仇を取るか、殉じるか……あたしが負ける時は、死ぬ時だわッ!!あんただって、そのつもりで崇りを起こしてきたんでしょ!?」

 おいおい、命がけかよ。

 どうやらハルヒは、被害妄想だか強迫観念だか、そういう類のものに支配されているようなので、俺は説得を試みる。

「なぁ、お前なにか勘違いしてないか?」

「黙ってなさい!!!これは、SOS団と部活の天王山なのよ!大将同士、決着をつける必要があるわ!!」

 確実に勘違いしている。

 魅音も困った顔をして、ハルヒに言う。

「あのさぁ、まずは落ち着こ?落ち着いて話をしない?」

「今さら引こうったて、そうは問屋がおろさないわよ!?」

 聞く耳持たないハルヒをどう説得しようか、俺と魅音は目を合わせると、二人して肩をすくめて溜息をついた。

「あははははははははは!!!魅ぃちゃんナイスだよ!!!こっちが攻めてる間に部活が狙われたらどうしよう!?守りを固めていなかったのはミスだったかもしれない!!!

そう思ったけど、杞憂だったね!!!ハルヒちゃんは部活を甘くみすぎたんじゃない??大将自ら出てくるなんて、大胆だね???

おかげで、部活のホームで詰んじゃったよ!?覚悟はできたかな??かなぁぁあ!??」

 突然背後から大声がしたので、驚きのあまり心臓が飛び出そうになった。

「あ……」

 振り返ると、血塗られた鉈を持った、レナ。

 つかつかと廊下を歩いてくる。

「どいて魅ぃちゃん!キョンくん!!レナがとどめを刺してあげる!!この狂った女から、キョンくんを守ってあげるね!??」

 最悪だ。最悪のタイミングだ。

 大将だの詰んだのって……ハルヒは一人で遊んでたわけじゃなかったんだな。ここに話の通じる相手がいようとは……

 魅音は、俺と同じように、やはり何を言ってるのか分からないレナの言葉に面食らっていた。

 その隙をついて、ハルヒが魅音からバットを奪い返す。

「しまっ……!!!」

 焦った魅音は、飛び跳ねるようにハルヒの側から離れる。瞬間、教室と廊下を隔てる窓ガラスが割れる。ハルヒがバットで叩きつけたのだ。

「ほうら、あたしの思ったとおりじゃない!!血のついた鉈!やっぱり実行役は竜宮レナ!!いえ、実行役というより、第2ラウンドの大将かしら!!?」

 飛び散ったガラスの破片を踏みつけながら、レナがハルヒと対峙する。

「あははははははは!!!!よく分かってるね!!!!!分かってるね!部活とナントカ団、ここで白黒はっきりさせなきゃね!!!」

「S・O・S・団よッ!!!!当然、綿流しで負けたまま、黙ってるわけにはいかないわ!!望むところよ!!!!露店バトルが1ポイント、今回が2ポイントでいいかしら!!!??」

「いいんじゃないかな??かなッ?!!あはははははははハルヒちゃん!!!!!殺されちゃうよ!!?今からレナに、殺されちゃうよぉぉォォォぉおおっっッッ!!!!」

 叫ぶやいなや、ハルヒに襲い掛かるレナ。遊びじゃない、レナは何のためらいもなく鉈の刃をハルヒに向けている。これは、殺し合いだ。

 レナの一撃を、金属バットで受け止めるハルヒ。二人とも、恐怖など微塵も感じていない、むしろ、快楽、楽しんでいるような、笑顔にすら見えかねない表情。

「と、止めなきゃ!!でも、とっ、止めらんないよ……!こんなのッ……!」

 魅音が声を捻り出す。腰が抜けてるのか、廊下に座り込んだまま動けずにいる。

 耳をつんざく金属音、狂気と狂気がリズミカルにぶつかり合う。何が二人を、こうさせるんだ?

 繰り出される鋭い突きを、背を反らせてかわしては、相手の武器をなぎ払う。空いた正面に打ち込んでも、素早く下がってよけられる。両者互角のまま、命の削り合いが続く。

 俺は、レナを止めなきゃならない。警察に捕まる前に、自首させなきゃならない。

 なのに、目の前の獲物に全神経を集中させて、激しく打ち合う二人に、近付くことはおろか、舌の根が乾ききって、言葉すら出せなかった。

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