ひぐらしハルヒの憂鬱な頃に
≪TIPS11≫
≪例2.竜宮礼奈≫
あの日の晩、鉄という男が来た。たぶん予定ではその場にリナがいるはずだったのだろう。
凄みながら家の中に入ると、リナがいないことにやや拍子抜けしていたようだが、そんなことはもはやお構いなしで計画を実行してきた。
リナとの婚姻関係を示す書類を見せ、金銭の要求を始める。父は、最初信じられないといった面持ちでいたが、すぐに全てを理解したみたいだった。
それを見て安心した私は、鉄という男に話しかける。
「リナは別の場所にいます。あなたが来たら連れてくるように言われています」
その言葉に素直に従い、鉄は私とともに家を出た。向かった先はゴミ山。予定と違うことで、リナに対して不信感を抱いていたのか、途中色々聞いてくるが、リナに直接聞いてくれといってはぐらかした。
あらかじめ決めておいた場所まで来たところで、それまで足元を照らしていた懐中電灯を消し、辺りは真っ暗になる。
「あれ?電池切れちゃったかな?ちょっと、待っててくださいね」
そこに用意しておいた斧を拾う。その時、ライターを持ってるからつける、と鉄が言った。それはありがたい。
私は鉄のいる方を向いて斧を振りかぶる。ライターに火が灯ると、鉄の顔が闇の中に浮かび上がる。
一瞬、訳が分からなかったのだろう。ぽかんと口を開けた間抜けなツラ目掛けて、力の限り斧を振り下ろした。
こいつの死体はそのままにして、ゴミ山を後にした。なぜならオヤシロ様がついていてくれるからだ。いるだけで悪い人間は必ず鬼隠しに合う。
リナの死体が消えた時、私のすぐそばにいた。それからずっと、私のことを見守ってくださるようになった。ちゃんと足音だって聞こえるんだ。
そうでなくても、こんな忘れ去られた場所、誰も来るもんか。チンピラの一人や二人見かけなくなったところで、不審に思う人もいないだろう。
家に帰ると、父は放心状態だった。私は一言だけ、
「あの人たちは仲間割れして帰っていった。もう二度と来ないと思う」
そう言い残して自分の部屋に行った。堕落した父が立ち直るには、ひとりにしなきゃいけない。ずっと依存してきた父が自立するためには。
部屋に入ると、電気をつけずにベッドに横たわる。
私、間違ってないよね? どうかな?キョンくん……
汗だくになって私のためにケンタくん人形をとってくれたキョンくん。もちろん、そのことで私の家が変わるわけではないことは、彼も私も分かっている。
でも、少しでも元気づけようとしてくれて、自分にできることはそんなことぐらいだからと、宝探しに付き合ってくれた。
言葉には出さなかったけど、宝探しは家に帰りたくない私の時間つぶしのためだってことも、きっと分かった上で付き合ってくれてたのだろう。そんな彼の優しさを、私は台無しにしてはいないだろうか。
……正しい選択をしたはずだ、自信を持ってそう言い切れない。私の中で何かが揺らいでいる。
ふと涙がこぼれ落ちていることに気付く。自覚した途端、どんどん溢れてきた。何とか止めようとぎゅっと目を閉じる。それでもまだ、とぎれることなく流れ出す。
どうしてこんなに悲しいんだろう。
いつのまにか私は、深い眠りにおちていた。
翌日、綿流しの日、お昼前に目が覚めた。居間に行くと、ご飯が用意してあった。どうやら父が作ったらしい。一晩落ち込んで、今日から心を入れかえるそうだ。
昨日の一件は父にとっていい薬になったのだろう。私は、少しだけ焦げ目のついた玉子焼きを口にして、今ここにある小さな幸せを味わう。
そうだ、やっぱり正しい選択だったんだ。この先、父と二人で暮らす生活の中で、きっと私を待っていてくれる幸せのために、私は努力をした。正しくないわけがない。
食事を終えて、お風呂に入り、綿流しに行く準備をする。キョンくんとの待ち合わせの時間に遅れないように、少し早めに家を出た。
古手神社に部活メンバーが揃う。
そこに魅ぃちゃんの妹の詩ぃちゃんと、前原圭一くんがやってきた。この人たちは魅ぃちゃんが呼んだらしい。何やらちょっとした出会いがあったとか。
さらに、詩ぃちゃんたちの学校の友達も集まってくる。その中に一人、失礼極まりない女がいた。
現れるやいなやキョンくんに妙な言いがかりをつけてきたのだ。自分が綿流しに来るから、それを知ったキョンくんも来たって?どういう思考回路をしてるんだ!勘違いも甚だしい!!
キョンくんがお前なんかに興味あるわけないじゃないか!!魅ぃちゃんと圭一くんのことがある手前、素直に謝ってやったけど、本当に腹立たしい。
露店での勝負、最後の射的で、キョンくんは大きなくまさんのぬいぐるみを取った。それを私に、みんなの中から私を選んで、渡してくれた。
ケンタくん人形は、言ってみれば私が取れないから手伝ってくれたわけで、プレゼントとは違う。けど、くまさんのぬいぐるみはプレゼントだ。
キョンくんから私への、初めてのプレゼント。底抜けに嬉しくて、それでいてくすぐったいような、甘い感覚に体が満たされる。
私にとってキョンくんがどういう存在なのかを、このときはっきりと自覚した。奉納演舞が始まり祭壇のところに移動するとき、私の手をとるキョンくんから伝わってきた温もりに、胸がときめいた。
とても素敵な一日。なのに、あの女が、また、訳の分からないことを言う!私からキョンくんを奪おうとする!!綿流しの始まりと終わりを、見事に汚してくれた!なんて女だ!!私に何か恨みでもあるのか!!?
オヤシロさまの崇りを暴くだって?あはははは!!
キョンくんをナントカ団に入れるだって!?
バカも休み休み言えばいいのに!!あははははははは!!!頭が狂ってるとしか思えないその女に見せてやりたいくらいだ。リナの鬼隠しを。
お前も鬼隠しにあってしまえばいい。
綿流しの次の日、とんでもないことが起きた。沙都子ちゃんがいなくなったのだ。
両親や親戚を失い、梨花ちゃんと二人でたくましく生きてきた沙都子ちゃん。彼女が鬼隠しになんてあうわけがない。
梨花ちゃんは、叔父が実家に連れ戻したんじゃないかと言った。その可能性もあるだろう。もしそうなら、最悪だ。叔父のもとでどんな辛い目にあうかは想像に難くない。
でも私は、あの怪しいネーミングのナントカ団の仕業なんじゃないかと思う。もちろん根拠は無い。カンというやつだ。
そして昨日、衝撃の事実を知った。梨花ちゃんの提案で、沙都子ちゃんの実家に行ったときのこと。
警察の人たちがいっぱいいて、何かと思えば沙都子ちゃんの叔父が殺されたそうだ。
叔父は「存在するだけで悪」だ。特に問題はない……はずだったが、警察の人の説明によると、殺された叔父は間宮リナと同居していたという。間宮リナだって?
叔父の名前は北条鉄平、鉄平……、鉄? ひょっとしてあの鉄という男?
私の頭は一瞬混乱した。鉄とリナは美人局の共謀者だ。沙都子ちゃんの叔父はリナと同居していた。
私は鉄を殺した。沙都子ちゃんの叔父は殺された。つまり、鉄という男=沙都子ちゃんの叔父……ということだ!これには驚いた。
けど、その事実より、問題なのはなぜ鉄を殺したことが発覚しているのか。
オヤシロさまはリナを鬼隠しにしてくださった。どうして鉄は鬼隠しにあわない!?リナも鉄も同じ穴のムジナ。鉄だけが鬼隠しにあわない理由なんて無いのに。
家に帰り、冷静になって考える。動揺している場合ではないのだ。凶器の斧は絶対に見つかるはずがない。美人局の事実が知られなければ、私との結びつきまでは分かるまい。
幸い、警察は園崎組とのトラブルと言っていた。下手に動くとかえってボロが出る。よし。何もしないことが一番の得策だ。
それにしても、どうしてオヤシロさまは鉄を鬼隠しにあわせてくださらなかったのだろう。
私は、間違っていたのか。ごく普通の日常を取り戻すために鉄を殺したことは、間違っていたのか。
人から見たらあまり幸せとは言えなくてもいい、退屈な日々でいい。父がいて、キョンくんがいて、仲間たちがいる。
それが当たり前の日常。そんな日常を望むことは、いけないことなの?
キョンくんは、どう思う?
その夜、梨花ちゃんから電話があった。
理由は言わなかったけど、緊急事態らしいので古手神社に急ぐ。そこで私のカンは確信に変わる。
梨花ちゃんは顔に怪我をしていて、そこにいたのはキョンくんと、ナントカ団の人たち。
見ただけで私には分かった。ナントカ団の連中に襲われた梨花ちゃんを、キョンくんが助けたのだ。
そして入江先生もいたから、きっとあの連中はあとで警察に突き出されたはずだ。もし私だけがその場に行ってたら、間に合わなかった。まさにヒーローのようなキョンくん。
それにひきかえ、なんて卑劣で、恐ろしいナントカ団。沙都子ちゃん、梨花ちゃんと、小さな女の子を順に狙っていくとは!!何が目的!?順番からいって次はレナか魅ぃちゃんを襲うつもりか?
あぁなるほど、そうやって邪魔ものを消してキョンくんを奪うつもりか。いかにもあの狂ってる女が考えそうなこと!!関係のない沙都子ちゃんや梨花ちゃんを巻き込むなんて許せない!!!
私からキョンくんを奪おうなんて、許せない!!誰にも渡すもんか!!!!
襲う相手が私の番になったときが命取りってことを教えてやらなきゃ。いや、先手必勝、こっちから打って出るべきだ。面白いじゃないか。綿流しの続き、露店勝負の第2ラウンド。
敵の大将は、涼宮ハルヒ。
[*前へ][次へ#]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!