ひぐらしハルヒの憂鬱な頃に
≪TIPS9≫
≪例1.園崎詩音≫
6月X日(綿流し3日前)
夜、魅音から電話があった。私の学校の男の子を綿流しに連れて来いと言われた。何か色々と理由をつけていたが、要するに知り合いになりたいのだろう。
そういうことには慣れてないお姉らしく、冷やかすとすぐに慌てて微笑ましい。
思春期の悩みを存分に味わう魅音がうらやましくないと言えば嘘になる。私には、悩みの対象すらいないのだから。
大好きな悟史くんが、いないのだから。だからって魅音を妬むのは筋違いだし、私に協力できることがあるなら、喜んでお姉のために働こう。
あれから一年、私は悟史くんのいない生活に何の疑問も持たなくなってきている。もちろん、早く帰ってきて欲しいという思いは今でも持ち続けている。
でも、雛見沢の禁忌とされているオヤシロさまの崇りについては、迂闊に喋ることすらできない。そして、崇りとともに悟史くんの存在も風化していき、みんなで忘れ去ろうとしている。
どこか放っておけない危うさがあって、だけど純粋で、やさしくて、そんな彼の存在を、温かい雰囲気を、無かったことにしないで……
6月X日(綿流し2日前)
魅音の頼みどおり、前原圭一を綿流しに連れていく約束を取りつけた。夜、そのことを報告。
受話器の向こうで浮かれてる姿が目に浮かぶ。楽しそうだ。
電話を切って、胸の中で何かが渦巻いているのを自覚し、両手を当ててそれが収まるまで深呼吸をする。なんだこれは。
6月X日(綿流し1日前)
涼宮ハルヒと図書館へ行った。相当な変わり者という評判の彼女に最初は少し敬遠していたが、話してみるとなかなか気が合いそうだ。
図書館で、鷹野さんと偶然会った。久々だったので、何となく気まずさを感じたけど、向こうは以前と変わらない態度で接してきた。
オヤシロさまの崇りに興味を示した涼宮ハルヒに、スクラップ帳を見せて詳しく解説をしていた。
去年私が聞いた内容と異なる部分もあったが、鷹野さんも色々研究を続けているのだろう、おそらく最新の論考を交えたものを披露したに違いない。
涼宮ハルヒは、食い入るような目でスクラップ帳を覗きながら、鷹野さんの言うことにいちいち大きくうなずいては、その度に満たされた表情になっていた。
何がそんなに面白いのか。
帰り際、鷹野さんはもったいぶりながらもスクラップ帳を涼宮ハルヒに貸してあげると、彼女は欲しがっていたオモチャを買い与えられた子供のように喜々としながら帰っていった。
昨日から胸の中でグルグルしてるものが消えない。
涼宮ハルヒと話している時なんかは、それを忘れることができるけれど、一人になると、また……
6月X日(綿流し当日)
飲みすぎた。気をつけよう。
6月X日(綿流し1日後)
古手神社の祭具殿、境内の中で一二を争うほど神聖な場所、雛見沢で聖域中の聖域とされるその場所は、厳重な鍵がかかっていた。
……が、今年になって当主の古手梨花の要望で南京錠に替わった。そして綿流し奉納演舞の最中は、祭の参加者全員が社に集まるため、祭具殿周辺はその日のその時間が最大の死角になるという。もちろん、侵入するに際しての死角。
昨日の綿流しで、鷹野さんが不意にそんな話をしてきた。みんなで奉納演舞を見るために移動を始めたその時のことだった。
私と、涼宮ハルヒを共犯者に選んだのは、図書館で話したことで勝手に連帯感でも抱いたのだろうか。それはともかく、私たちは鷹野さんの誘いにのり、富竹さんのピッキングによって祭具殿の侵入に成功した。
中は鷹野さんが予想していたとおり、拷問器具が所狭しと並んでいた。彼女は持ってきた資料と現物を見比べては、拷問器具の使い方なんかを頼んでもいないのに解説してくれた。
この人の趣味は、本当によく分からない。
もっと埃をかぶって蜘蛛の巣でも張ってるかと思ったが、そんなことはなかった。御神体、つまりオヤシロさまを奉った祭壇は小奇麗で、花を供えた花瓶の下にハンカチが敷いてあった。
演舞が終わる頃になって、富竹さんがそれを知らせ、名残惜しそうな鷹野さんと私たちは祭具殿を後にした。
気のせいじゃなければ、たぶんこの時からだと思う。変な足音が耳につくようになったのは。
涼宮ハルヒは終始落ち着いた顔で祭具殿の中を見学していたが、驚くべきは、鷹野さんの解説に相槌を打つにとどまらず、時々会話を成立させていたことだ。
例のスクラップ帳で律儀に綿流しの予習でもしてきたのか。やっぱり不思議な子だ。
私が祭具殿侵入の誘いにのったのは、確かめたかったからだ。
綿流しとは、腸流し。
本来の意味は、オヤシロさまが決めた人間の腹を裂いてその腸を流す儀式から由来する。
そのための拷問器具が園崎家の地下室にあり、また祭具殿にもあるという。
それは、その儀式になぞらえた風習が、雛見沢を支配してきた公由・園崎・古手の御三家の間で脈々と受け継がれてきた何よりの証拠になる。
また、オヤシロさまの崇りを起こしてきたのは、雛見沢の風習を蘇らせようとする狂信者、あるいは御三家の人間などが考えられるが、拷問具の保有という点を重視するなら、御三家が関わっている可能性が高い、というのが鷹野さんの説だ。
逆に、祭具殿の中にそんなものが無かったら?園崎の家に拷問器具があるのは、その立場から考えて不自然ではないともいえるが、古手神社は少し事情が違う。
園崎家と違い、そんなものが必要になることはないはず。だから祭具殿に拷問器具があるということは、オヤシロさまの崇りとの関わりを示すことになる。
祭具殿に拷問器具がなければ、鷹野さんの説を否定できる。
だからと言って、失踪した悟史くんが生きていることの証明になるわけではない。
でも、悟史くんが殺されたかもしれないという考えからわざと目を背けてきた私に、真実を確かめる機会が与えられた。
悟史くんがいなくなってから、ちょうど一年の綿流しの日に。
祭具殿の中は、鷹野さんの説が正しいことを、つまりオヤシロさまの崇りが御三家主導、もっと言えば園崎主導を確信させるものだった。
しかも拷問器具が置いてあるだけでなく、最近人が出入りした様子まであったのだ。
綿流し後、恒例の宴会で私が耳にした言葉……「北条鉄平も殺された」とは何を意味するのか。
悟史くんの叔父は、雛見沢の敵、園崎の敵である北条家の人間。去年叔母が殺され、今年叔父が殺された。あまりにも順番どおり。その順番に従えば、今年消えるのは沙都子ということになる。
「北条鉄平も殺された」なんてまるで他人事のような言い方で、にもかかわらずしっかりと鬼婆のところに伝わるあたりが、いかにも園崎家のやり方らしい。
そして「北条鉄平も」と言うからには既に一人殺されているはず。その一人が沙都子なら、何ということだ、綿流しが終わって宴会までのわずかな時間で二人とも抹消したのか。
もはや疑いようはない、これは予定されていたことなのだ。
頭の中で点と点が繋がった。園崎家に行こう。魅音が学校から帰ってくるのは何時ぐらいだろう。
予想通りというか、魅音はオヤシロさまの崇りへの園崎関与を認めなかった。
今年の崇りはどうだっていい。去年こいつは悟史くんを消した。それを認めなかった上、私がどんな思いをしてきたのか分かった上で、素知らぬ顔でうちの学校の男の子を紹介しろと、ふざけたことをぬかしていたわけだ。
いくら問い詰めてもシラをきる魅音を見ているうちに、何かが弾けた。3日間、ずっと胸の中でうごめいて、回り続けていたものがどんどん大きくなって、暴れながら頭のほうまで上ってくると、耳の内側から爆発音が聞こえたような気がして、私は真っ白になった。
気付いた時には、意識を失った魅音を見下ろす私の手にスタンガンが握られていた。
そして私は自分の行動原理に何の疑問も持たずに、
地下室に魅音を運び、牢にぶち込んだ。
驚いたのは、沙都子が生きていたことだ。魅音を運び終えて家屋に戻った直後に、呼び鈴が鳴った。
監視モニターに映し出されたその姿に我が目を疑ったが、どうやら醤油だか何だかをお裾分けしてもらいに来たらしい。
買い物袋を持った彼女を邸内に招き入れた。
こいつも、悟史くんがいなくなった原因の一つだ。こいつが甘ったれてるから、優しい悟史くんは叔母の虐めから庇いつづけ、ついには耐え切れなくなったのだろう。
こいつだけは、崇りで消されても構わない人間。なのに、何でまだ生きてるの?
玄関から家の中に入り、廊下を歩きながらそんなことを考えていると、再び私の胸に黒い感情が渦を巻いた。台所まで来たところで振り向く。
ポケットにしのばせておいたスタンガンを素早く取り出し、スイッチを入れて沙都子にあてると声も出さずに倒れたので、そのまま地下室まで運んだ。
地下拷問室では魅音が目を覚ましていた。何かぎゃーぎゃー喚いていたが、相手にせず、その声で沙都子の意識が戻ってしまわないうちに、手ごろな器具を探す。
拷問室だけあって、手足を縛り体の自由を奪うような物は豊富にある。身長が足りないせいか、どれもサイズが合いそうもないので、上から吊るすタイプのもので両手を縛る。
それとセットになっているのか、足を縛るためと思われるロープ付きの拘束具が床にあったので両足に取り付ける。どことなくSMテイストだけど、まぁ、似たようなものか。
一仕事終えた私は、再び家屋に戻り、居間で今後のことを考えた。簡単には殺すまい。特に魅音には私と同じ苦しみを味わってもらおう。
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