ひぐらしハルヒの憂鬱な頃に
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古泉に電話をかけて古手神社に呼び出し、診療所を後にする。帰りは入江所長が車で送ってくれるというので、お言葉に甘えることにした。
助手席に座った梨花ちゃんは、入江所長に沙都子のことを話している。
その内容については、聞きなれない単語が多いためよく理解できないものの、いかに深刻な状況にあるのかは声色から伝わってくる。
俺は後部座席のシートに背中を預け、フロントガラスの向こう側でライトに照らされている道を眺める。
診療所に来る前、レナは何を言おうとしていたのか。色々あったせいであまり気にかけていなかったが、今思い出すとえらく切羽詰まった顔だった。
隣を見ると、長門の横顔が車中に差し込む微かな光で青白く映っている。
「そういえば前に朝倉涼子と出くわした時、『今は危害を加えない』とか言ってなかったか?
俺たちの誰かを殺せば脱出できなくなるなら、なんであの時殺さなかったんだ?」
「喜緑江美里の話によれば、涼宮ハルヒに対する刺激事象を起こすことが本来の目的。
おそらく、様々な形で刺激を与えることを試みるつもりと思われる。私たちをヒナミザワ時空間に閉じ込めることは、それに付随した目的にすぎない。
最終的には、誰かを殺してループに巻き込むはず」
「あと『何度も殺される』ってことは、ループした場合は生き返るのか?」
「そう。厳密には、回帰点における情報が再生されることになる。
ループ開始時までの動的変化はリセットされ、以降の時間平面に進むことは無い。
固定された静的事項の上で、一時的かつ部分的な情報変化を繰り返すだけ」
なるほどね。それにしても、ハルヒに刺激ですか。何をする気なんだか。
「分からない。ただ、その内容は必ずしも私たちに関係するとは限らない」
私たち、ってのはSOS団のことか?
「そう」
古手神社の前に来たところで車から降りる。
「ありがとうなのです入江。気をつけて帰ってください」
「それじゃあ。沙都子ちゃんが見つかったら、すぐ診療所の方にお願いします」
車が走り去ったのを見届けて、石段を登る。境内に着くと、既に古泉が俺たちを待っていた。
「悪いな、何度も往復させちまって」
「いえいえ、気にしなくて結構ですよ。朝比奈さんは?」
「詳しいことは梨花ちゃんの家で話すよ」
「みー。こっちなのですよ」
梨花ちゃんに案内されてついていった先は、プレハブ小屋のようなこじんまりした家だった。
「いらっしゃいなのです。どうぞ上がってください」
玄関から中に入り、ちゃぶ台が置いてある居間に座らせてもらう。
「みんなお腹ぐーぐーだったりしないのですか?」
言われてみれば、もう夜9時近いが晩飯を食ってないことに気付いた。
「それじゃあボクが野菜炒めを作りますので、少し待っていてください」
「悪いな梨花ちゃん」
梨花ちゃんは台所に立って調理を始めた。
その間に、朝比奈さんのこと、古手神社での出来事や病院での話、沙都子のことなどを古泉に伝えた。
「そんなことがあったんですか」
「ああ。で、沙都子を一刻も早く探し出したいんだが、手掛かりゼロ。そこで推理担当の古泉、お前の力を借りたいと思ったもんでね」
「そうですか。お役に立てるかどうかは分かりませんが、できる限りのことはしますよ」
野菜炒めができあがったので運ぶのを手伝う。コップに麦茶を注ぎ、取り皿と箸をそれぞれ人数分用意する。
4人でそれをつつきながら、第4回SOS団員会議が始まった。
「聞いた限りですと、沙都子さんが買い物をする姿が目撃されていますので、その時点では無事であることが分かります。
ですから、行方不明となったのはその後だと考えられます。仮に誘拐されたとしても、惣菜屋が並ぶ人目の多い場所でさらうのは困難でしょうから」
「たぶん買い物の後なのです。買い物袋を持って歩くのを見たという人がいました」
「ということは、荷物を持ったまま消えたということになりますかね」
「近くで買い物袋が落ちていたとか、そういう話は無いのか?」
「ありませんです。警察が気をつけて巡回すると言ってましたが、特に何も聞いてないです」
「だとしたら、誘拐の場合は車が必要になってくると思うんですよ」
「まぁ、そうだろうな」
「動機について考えてみますと、通常、誘拐には身代金なり何かしら目的があると思うんですが、犯人がそういったものを要求してきたことはありませんか?」
「何もないのです」
「これは少し不自然です。となると、目的があって誘拐したのではなく、誘拐自体が目的なのではないかとも考えられます。
つまり、沙都子さんを誘拐する必要があった」
「沙都子をさらう理由なんて思いつきませんです」
「でも、もしそうなら、沙都子を知っている人間ってことにならないか?」
「おそらくそうなるでしょう。しかし、沙都子さんを知っている人間が車を使って誘拐した、そう考えると、
沙都子さんのその日の予定を把握していたとか、もしくは常時監視していて一人になったところを狙ったとか、
ある程度の計画性が見うけられます」
「おいおい、そこまでして沙都子を誘拐したってのか?何のためにだよ」
「……誘拐の線をたどっていくと、動機の不明さで行き詰ってしまいます。そこで、次に沙都子さんが自主的に失踪した可能性があるわけです」
「沙都子がボクを一人残して家出してしまったというのですか……!?」
「綿流しの時も楽しそうにしてたしなぁ。だいたい自主的に消えたっていうなら、どこに行ったんだよ」
「たしかに、失踪と考えますと、動機や行き先に疑問が残ります。
しかし誘拐においては、何らかの利害が結びつくのが普通であるのに対して、失踪においては本人だけが知る動機ということもありえるでしょう。
とりあえず、いなくなった当時の状況を聞いて推測できるのは、こんなところでしょうか」
「失踪の場合も、知り合いの関与というのは考えられますよ。動機という点でも行き先という点でも。
たとえば買い物の後、誰かの家に用事があったとして、そこで何か動機が生まれたとか」
「昨日は買い物の他に何か用事はなかったのか?少なくとも最後の足取りはつかめるかもしれない」
「特に無かったと思います。知り合いの家に用事があるにしても、キョンか、レナか、魅ぃぐらいです」
「あるいはその中の誰かが……」
「ちょっと待てよ古泉。それはいくらなんでも──」
「ありえます、です」
「え?」
「キョンのことは疑ってませんが、ボクが見てきた幾多の世界、その中では友人たちの誰かが誰かを殺します」
「さっきそう言ってたな。けどこの世界では、昨日沙都子と別れる直前までみんな仲良くしてたじゃないか」
「みー……それもそうです。でも……」
「目に見えないところで何が起きていたのかは、分からないと思いますよ?」
……そうだな。そうかもしれないな。
「買い物の後に誰かの家に寄ったというだけでも、手掛かりになるかもしれません」
「いや、それは無いと思う。昨日これぐらいの時間に梨花ちゃんは三人に電話したよな?」
「しましたです。魅ぃの家は誰も出ませんでしたが、レナとキョンに沙都子は来てないか聞きました」
「家には来てないし、レナも来ていたら言うだろう。魅音はバイト行ってたからなぁ……そういえば魅音のバイトって何なんだ?」
「普段は親戚の経営する玩具屋のお手伝いをしてます。他にも、園崎家の親戚筋のいろんなお店で、時々バイトしてるのです」
「ちなみに、昨日はどこでバイトしてたかご存知ですか?その親戚の玩具屋ですか?」
「昨日はたしかエンジェルモートと言ってました。ウェイトレスの制服着るのを楽しみにしてたのです」
エンジェルモート……? 俺と古泉と長門が交互に目を合わせる。
「梨花ちゃん、昨日俺たちはエンジェルモートにいたんだが、魅音なんていなかったぞ?」
「そうなのですか?でも、デザートフェアで人手がいるから、詩ぃと二人で出勤と言ってましたですよ?
時間帯がずれていたのではないですか?」
「そんなはずないな。昨日、沙都子と別れ際にバイトまで2時間ぐらいあると言ってた。
その後、魅音の家の近くでレナと別れて、それから30分ぐらいかな、魅音はオヤシロさまの崇りについて俺に話してくれたんだ。
で、俺は一度家に帰って、自転車でエンジェルモートに行ったから……、結構いたよな?」
「えぇ。2、3時間はいましたね」
「だから、魅音の出勤時間とは重なってるはずだ。詩音と二人で出勤してたんなら、見分けはつかないだろうがどっちかは見かけてもおかしくないだろ。
それに俺たちに気付けば声ぐらいかけてくるだろうし」
「じゃあ、魅ぃは、その時間どこにいたのですか?」
「空白の時間帯、ということになりますね」
「ところで気になることがあるのですが」
「なんだ?」
「魅音さんは沙都子さんとの別れ際にバイトまでの時間を言ってたんですよね?」
「そうだ」
「誰にですか?」
「誰って……誰にだろうな」
「バイトまでの時間を誰かに伝える必要があったから言ったと思うんです」
「ん?俺にか?俺にオヤシロさまの崇りのことを話すから……いや、違うな。それは魅音の家のとこでレナと別れる時だったし。てことは……」
「沙都子さんは魅音さんに用事があったのではないでしょうか?」
「梨花ちゃん何か心当たりはないか?」
「み〜〜〜……魅ぃに用事……?」
「梨花ちゃんとは学校を出る時に別れた。帰り道で俺はずっとレナと話していたから分からないが、ひょっとしてその間に沙都子が魅音と話をする中で用ができたんじゃないのか」
「買い物に行こうとする沙都子さんにバイトまでの時間を伝えたのは、それまでに用事を済ませておこうとしたからじゃないでしょうか。
つまり、買い物後、バイト前の時間帯に。それから魅音さんはバイトに行き、沙都子さんはここに帰る予定だったわけですね」
「だがバイト先のエンジェルモートに魅音はいなかった。そして沙都子は帰ってこなかった」
「空白の時間帯が、一致してるのです」
「さらに直前に接点があった可能性も高いといえます」
「沙都子の最後の居場所は、園崎邸ということなのですか?」
「そういうことになるか」
「もしその後トラブルがあったと考えますと、誘拐の場合と同様の問題点があります」
「なら、トラブルがあったのは……魅音の家?」
「あの魅ぃが大それたことをするとは思えないですが、何も無いとは言い切れないです。とりあえず、園崎邸に行ってみます」
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≪例1.園崎詩音≫
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