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ひぐらしハルヒの憂鬱な頃に

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 「古手梨花の希望と私たちの希望は、相反するものになっている」

 それはどういう意味だ?

「喜緑江美里によって、現状況の大半が判明した」

「俺には何となくしか分からなかったよ。できればこう、簡単に、なるべく理解に齟齬がないように教えて欲しい」 

 長門はしばし考えるような素振りを見せてから、言葉を選ぶようにして説明してくれた。

「古手梨花の話にもあったように、ヒナミザワ時空間は彼女の死を起点としてループしている。

おそらくその要素構成がシークエンスごとに異なってしまうため、ループのたびに全く別の、あるいは似て非なる世界が展開されると思われる。

喜緑江美里の話によれば、ループ開始時点、つまり古手梨花死亡の時点で私たちが全員生存していない場合、ループ後のヒナミザワ時空間に残されることになる。

逆の言い方をすれば、私たちが全員生存した状態で古手梨花の死亡があれば、ループ開始と同時に私たちが脱出できる可能性は極めて高い。

喜緑江美里の行動はこれを裏付けるもの。

朝比奈みくるを刺傷したのは現在私たちが全員生存しているから。この状況下では、当該条件に従うなら、朝比奈みくるを殺害するか、古手梨花への危害を防ぐことによって、私たちの脱出可能性が消滅するためだと考えられる」

 ……なんてことだ。

「喜緑江美里および朝倉涼子は私たちをヒナミザワ時空間に閉じ込めることを目的としている。

古手梨花の死が彼女らにとって既定事項であるならば、私たちのうち誰か一人をそれまでに殺すはず。

もし私たちがそれを回避し、全員生存の状態で古手梨花の死を迎えれば、かなりの高確率でヒナミザワ時空間からの脱出という結果を得られる。

けど……」

 梨花ちゃんに向けられた長門の黒い瞳には、心なしか悲しそうな色が浮かんでいるようにも見える。

「古手梨花が希望通りその死を回避した場合、そもそもループが起こらず、私たちは永久にヒナミザワ時空間に取り残される可能性がある。

それを踏まえた上で、どのような行動を選択するかは……あなたに委ねる」

 長門はそう言うと、困ったような表情で俺を直視した。

 さてどうしたもんかね。──と、悩むまでもない。

 梨花ちゃんが死ぬのを黙って見過ごして、それで俺たちは元の世界に戻ることができてメデタシメデタシ。

そんな風に思えるわけないだろ。

 この雛見沢で過ごした日々は楽しかったさ。かけがえのない思い出ってやつだ。その思い出を一緒に作ってきた仲間を裏切るような真似は俺にはできないね。

「長門」

「……」

「もう一つあるんじゃないか?元の世界に帰れる方法が」

「なに?」

「ハルヒだ」

「……」

「雛見沢に来てまもない頃、言ってたじゃないか。ハルヒの能力には制限がかかってないかもしれないって。

あいつに元の世界と同じ状態をよしと思わせれば、それによって戻れる可能性があるんだろ?」

「可能性はゼロではない。でも、喜緑江美里の話だけでは、判断しかねる」

「俺は、自分たちだけ生き残って、梨花ちゃんが殺されて、そんなんで帰りたいなんて思えないんだ」

「そう」

「だから、ハルヒに賭けたい。どうだろう?」

「……」

 時の流れが一瞬だけゆったりしたように感じる。答えるまでの間、何を考えていたのか。

そして長門は、思いのほか強い意思を込めた口調で、はっきりと言った。

「わかった。あなたに従う。……誰も、死なせない」


「というわけだ梨花ちゃん。力になろう」

「キョン!ありがとうなのです!!ありがとうなのです!!!」

「ところで、さっき朝比奈さんが出てきたとき、入江先生と話していたこと、あれは何だったんだ?」

「この村に伝わる、病気のことです。その病原体に感染すると、周りの人たちのことが何もかも信じられなくなってしまうのです。

そして、被害妄想から仲間を殺したり、自分を殺したりしてしまう、そんな病気なのです。

みくるは、ちょっとだけそれに感染してしまっていたのです」

 そういえば長門も同じようなことを言ってたっけ。そんな恐ろしい病気とは思わなかった。

 朝比奈さんの考えていたことは結果的に正しかったわけだが、なんというか、申し訳ないな。

梨花ちゃんからすれば俺たちは突然割り込んできた存在なわけで、それが自分たちの都合で言いがかり的に襲ってきた。

朝比奈さんだから未遂で済んだものの、下手したら殺しかねなかったんだしな。

「みー……キョンが謝ることではないのです。それに、もしみくるがボクを殺したとしても、恨みはしないのです。

それもまた一つの世界。もともとボクは殺される運命だったのですから。

……ただ、どうしても納得いかないのは、ボインボインがペッタンコを襲うなんて理不尽極まりないのです」

 さりげなくコンプレックスをのぞかせる個人的な悩みは置いといて、殺される運命なんてもう言うもんじゃないな。

もしこの世界で諦めてしまったら、たぶん次の世界でも諦めることになる。俺にだってそんな経験はある。

明日やると決めた夏休みの宿題は、ほぼ間違いなく次の日にはやらない。

そういう自分を棚に上げて言うのもなんだが、この世界でできることは、この世界でやっておくんだ。

そうすればきっと、次の世界に繋がるさ。

「キョン……」

 少し照れくさい俺の言葉を、長門が拾った。

「そう。強い意志があれば、未来を変えることは可能。努力の結果は時間とともに積み重なる」

 どうしたんだろうな。さっきから長門が自分の意見ってやつを述べる。こいつなりに何か思うことがあったのかもしれない。

梨花ちゃんを優しく見つめながら、長門が続ける。

「諦めなければいつかきっと、朝比奈みくるや、あるいは園崎魅音のような体型になることも可能」

 そっちかよ!



 それにしても……

 歴史を変えないように既定事項に気を使いながら神経を擦り減らす朝比奈さん。

その朝比奈さんが襲った梨花ちゃんは歴史を変えることに精神を擦り減らしてきた。

どうにもやりきれないことだが、そんな梨花ちゃんは、俺と長門に協力することを約束してくれた。

「キョンたちが元の世界に帰ったら、もう二度と会えないかもしれない。それはとても寂しい。

でも、この繰り返される惨劇の渦の中で共に苦しみ続けるとしたら、それはもっと寂しい。だから私も協力しよう」

 決意を固めた俺たちが最初にやらなければならないのは行方不明になった沙都子の救出だ。

ハルヒの力に賭けるとは言ったものの、それにはオヤシロさまの崇り解決という厄介な条件がついている。

形式的には一人が死んで、一人が消えた

この事件は今年の崇りと言える。何より、沙都子は仲間の一人だからな。

「沙都子は、みくると同じ病気にかかっているのです。みくるよりもっと酷い症状で、随分長いこと苦しんでいます。

症状を抑える薬があるのですが、一日2回注射を打たなければならないのです」

「その注射を打たないとどうなるんだ?」

「錯乱したり幻覚が見えたり、沙都子の心が壊れてしまいますです。

叔父の家に連れていかれたのなら、しばらくは注射を打つことができたのですが、そうでないなら……いなくなってからもう丸一日たっているので……」

 まずいじゃないか。

「長門。沙都子は分かるか?綿流しの時にあれだ、一緒にカキ氷食ったやつだ」

 ミリ単位で顎をひく。

「そいつがな、昨日からいなくなってるんだ。で、どうやらすぐにでも探し出さなきゃならない状況なんだが」

 手掛かりがない。こんな時に役に立ちそうなのは、自称推理担当の、

「古泉に連絡はつくか?」

「自宅に戻っていればつく」

 さすがに誰もいなくなった古手神社に留まっていることはないだろう。

「じゃあ、呼び出してくれ。場所は……梨花ちゃんの家でいいか?」

「ボクは構わないです」

 古泉には往復してもらうことになるが、まあいいか。

「よし。それなら古手神社で第4回SOS団員会議だ」

 本当に長い一日が、ここから始まった。

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あきゅろす。
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