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ひぐらしハルヒの憂鬱な頃に

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 入江という名前をどこかで聞いた覚えがあると思ったら、この村唯一の病院と同じ名前だからだと気付いたのは、入江診療所に着いた時だった。

 ここの所長を務める彼と朝比奈さんが手術室に入ったので、俺たちは受付けカウンターの前で手術が終わるのを待つことにした。

長椅子に並んで腰かける俺と長門の前に梨花ちゃんが立つ。

 沙都子がいなくなる世界。それを知っていたかのような言動をしたこの子が、朝比奈さんの言うとおりループに関わっているのだとしたら、

おそらく何らかの方法で、繰り返される世界を当事者以外の視点から捉えているんじゃないかと、俺は考えている。
 
淡白な眼差しを向けてくる梨花ちゃんは、見つめ返す俺の目の奥にそんな考えが潜んでいることをも見透かしているかのようだ。

「キョン。みくるはどうしてボクのお家に来たのですか?」

 そこから質問しますか。というか、それを質問しますか。

 返事に窮していると、

「では、キョンと長門はどうしてボクのお家に来たのですか?」

 角度を変えてきた。

 それに答えるということは、俺たちが何者なのかを説明することに他ならない。

そこを端的に、そして真っ先に聞いてくるとは。動揺で心臓が大きく脈打つのを感じた。

 しかし、だ。

「お家の周りを怪しい人がウロウロしてたので、助けを求めようとさっき電話したのですが、キョンは出かけたと言われました。

そしたら、ボクのお家に来てくれたのです。キョンはボクの考えてることが分かったのですか?

……それとも、みくるの考えてることが分かったのですか?」

 梨花ちゃんはきっと、この世界での鍵を握っている。ここで正体をバラしてしまってもいいかもしれない。

むしろ言葉の裏側でそれを望んでいるんじゃないかと思わせるような質問。

 俺は、全てを話すことにした。

「梨花ちゃん。今から俺が話すことはとても信じられないかもしれない。でも本当のことなんだ。信じて欲しい。

俺は、この世界の住人ではない。どこから来た?と聞かれれば、たぶん未来だ。

ここがどういう世界なのか正直なところよく分からないから断言はできないがな。どうやって来たのかは不明だ。気付いたらいたんだ。

俺だけじゃない。ここにいる長門と、朝比奈さん、それと綿流しで一緒だった古泉、それから涼宮ハルヒもそうだ。

俺はレナや魅音たちと以前から知り合いだったことになっている。それも何故だかはよく分からない。とにかくそうなっていた。

俺たちは元の世界、おそらく未来なんだが、方法が分かり次第そこに戻りたいと考えている。

こんなことを言われたら、こいつは頭がどうかしちまったと思うだろうけど、本当なんだ。そうとしか言えない」

「朝比奈さんが梨花ちゃんの家に行ったのは、彼女なりに元の世界に戻る方法を考えてのことだ。

朝比奈さんは、梨花ちゃんとの接触によってその突破口を開こうとした。まぁ、竹ぼうきを持って何ができたのかは謎だが。

俺たちは最悪の場合、朝比奈さんが梨花ちゃんを殺そうとするだろうと思って、それを阻止しに行ったんだ」

 どんな感想を抱いたのか、口を半開きのまま、遠くに焦点を合わせたような目線で俺を見ながらつぶやく。

「そうですか」

 え、信じるのかよ?と話した自分で突っ込みたくなるほどあっさりとした返事に戸惑ったが、梨花ちゃんはひと言だけそう告げると、天井を仰いだ。

「俺たちは、この世界がある一定の期間だけ何度も繰り返されている世界だと考えてる。

朝比奈さんの行動は、その中心に梨花ちゃんがいると思ってのことなんだよ。その意見には俺も同意する。なぁ梨花ちゃん。

茶化さずに答えて欲しいんだが……いや、やっぱりこいつは気が狂ってると思ったらそれでもいい、だけど正直に答えてくれ。

梨花ちゃんは、ここが繰り返される世界であることを知ってるんじゃないのか?」

 再び俺の方に顔を向けたとき、そこには驚きの表情があった。

「どうして……そう思うのですか?」

「沙都子の実家で、どうも言い方が引っかかった。

まるで沙都子が行方不明になった場合は実家にいることが決まっているかのような言い方というか態度というか、そんな感じがした」

 気のせいだろうか、梨花ちゃんがホンの少し嬉しそうに見えたのは。

 俺の問いには答えないまま、

「もう一つ聞きたいのですが、みくるを刺したあの女は何者ですか?」

 質問を追加してきた。長門の方をちらりと見てみるが、俺が説明しろと言わんばかりの目で返されたので、可能な限り簡潔な表現で梨花ちゃんに伝えた。

「宇宙人だ」

「みー……宇宙人ですか……。キョンの話が一気に胡散臭くなったのです。けど、まぁ、それはいいとします。

キョンの質問の答えとあわせて、ボクからもお話したいことがありますです。その前に、オヤシロさまの崇りのことは誰かから聞いてますか?」

「あぁ。毎年起きてる事件のことだろ?魅音から聞いたよ」

 俺の返答を受けると、わずかばかりの間をおいてから、梨花ちゃんは落ち着いた声で話し始めた。

「あと数日以内に、きっと私は殺される」

「キョンの言っていることは……なるほどそういう言い方もあるだろう。私が死を迎えるたびに時間は巻き戻され、幾多の世界を経験してきた。

それはとても悲しい世界。疑心暗鬼に陥った友人が、自分のことを心から信じてくれている相手を無情にも殺す世界。

自らを救うため、あるいは友を救うため人を殺めることで解決を導こうとして、結局誰も救われなかった世界。

100年にも及ぶ死の山脈を、私は越えてきた」

「毎年起こる怪死事件、オヤシロさまの崇りなんて呼ばれているが、去年までの死はこの村を支配する者の都合による死と言っていい。

全ての死が予定調和だとしたら、最後の死、私の死もまた予定調和なのか。昭和58年6月を、どうしても越せない。

今年の崇りは、友人の中の誰かが誰かを殺し、そして私が何者かに殺されて締めくくられる。

どうやったら今年の惨劇を回避できるのかが分からない」

「オヤシロさまの生まれ変わりと称される私こそが、一番オヤシロさまに祟られている存在かもしれない」

「死にたくない。私は、大好きな友人たちに囲まれて楽しく暮らしていたいだけだ。ただそれだけなのに」

「キョンたちが未来からきたというなら、たぶんそうなのだと思う。繰り返される世界の中で、一度だって見たことがない以上、納得できないこともない。

ただ、仮初めの宿を発つ術は、私には知りようもない。私自身、どれだけ未来を渇望してもそれを与えられたことがないのだから」


「それなのにこんなことを考えるのは自分勝手かもしれない。

この雛見沢で、そんな幾多の世界で得た経験、出来事、惨劇回避のための方法やヒントは、当たり前だが友人たちには分からないこと。

私が手に入れた、幸せの世界に繋がるカケラを共有できる相手がいない。

このままではお前は殺されることになると、いくら説明しても誰も真剣には耳を貸そうとしない。けど、キョン、少なくとも私と同じ視点を持つことができるキョンなら、それができる。

どうか力になってもらえないだろうか」

「私の望みは一つ。大好きな友人たちとともに昭和58年6月を越えること」

 梨花ちゃんが一息ついたところで、朝比奈さんが寝台に乗せられたまま入江という医師に付き添われて手術室の方から出てきた。

麻酔が効いているのか、すやすやと心地よさそうに眠っている。

「みくるは大丈夫でしたか?」

「ええ。傷のほうは浅かったので問題ないですよ。しかし手術の際に検査をしたところ……」

「発症してるのですか?」

「はい。微弱ながら。L4のごく初期の段階で、L3との区別もつきにくいほどですから、それも問題ないといえば問題ないのですが。

C120の投与までは必要なさそうなので、しばらく安静にして様子を見るのがいいと思います。

病室を用意しておきましたので、このまま連れていきますね」

「どうもありがとう、入江」

 朝比奈さんを見送っていると、長門が話に加わった。

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あきゅろす。
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