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ひぐらしハルヒの憂鬱な頃に

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 「おい、梨花ちゃん!大丈夫か?」

「っ!!キョン?キョンなのですか!?」

 暗闇にだいぶ慣れてきた目を細めて見ると、走ってくる梨花ちゃんのうしろから、小柄な影が何かを両手で振り上げながら追っかけてくる。

何だあれ?鉈か!?

「助けてくださいキョン!!」

 梨花ちゃんは俺に飛びつくと同時にすぐさま背後に回った。その動作に一瞬視線をとられたが、再び前を向き直すと、そこに朝比奈さんがいた。

「キョ、キョンくん! どいてくださいっ!!」

………。

 要求通り、俺は体をどかした。

「みッ!? みぃぃいい!! 裏切ったですね!!キョン!!!」

 梨花ちゃんは俺のもとを離れて、また走り出す。それを追いかける朝比奈さん。

「ぇ、えぃっ!んぇいっ!!」

 やれやれ。古泉、長門。お前たちの予想は半分正解ってとこだ。今まさに、俺の目の前で梨花ちゃんが朝比奈さんに襲われている。


 竹ぼうきでな。

 無論、竹ぼうきに仕込み刀などないだろう。梨花ちゃんは満面の笑みできゃっきゃ言いながら逃げ回り、朝比奈さんは冗談抜きの真顔で本気だ。

竹ぼうきをブンブン振って梨花ちゃんを追うその意図はサッパリだが、とりあえず殺すことはなさそうだ。

 これ以上鬼ごっこを観戦していても仕方ないので、俺は朝比奈さんを止めることにした。

「なななにするんですか?こっ、この子は時間をっ……」

 両手を掴んで、竹ぼうきを取り上げる。

「みー。逃げ切ったのでボクの勝ちなのです。にぱ〜☆」

 何なんだ。

 ハルヒがいつもするみたいに、口をアヒル型にして不満をあらわにする朝比奈さんを押さえていると、石段の方から人がひとり歩いてくる。

目をこらすと、長門だった。

 今回はちょっとばかり心配しすぎたな。見ての通り、問題なしだ。

 その状況を理解したのか、俺たちから少し離れたところで立ち止まり、こちらを凝視している。

足元には朝比奈さんから取り上げた竹ぼうきが転がっていて、長門といえどもこれにはあきれているのかね。

 すると突然、ダッシュで迫ってくる長門。

 おいおい、どうしたんだよ?




 ふわっといい匂いが漂う。朝比奈さんのそれとは違う、甘い香り。

 気配を感じて振り返ると、穏やかに微笑む清楚な顔立ち。

 喜緑さん?

 どうしてここにいるのか訳が分からずにいると、急に朝比奈さんの体がのしかかってきたので、とっさに支える。

 ふと地面を叩く小さな音に気付く。梨花ちゃんが何か言っているが、遠くの声のように耳には入ってこない。

 下を見ると、斑点模様がひとつ、ふたつ、時を刻むように増えていく。

 血だ。

 朝比奈さんのわき腹に刺さっているナイフ。そこから流れ落ちる血。

 そのナイフを握る喜緑さんの手、さらにその手首を掴む長門の手。

 月明かりのもと、ぼんやりと浮かびあがる、喜緑さんの優しい笑顔。


 何が起きたのか、映像に対する脳の理解が完全に遅れた。

 長門の力が強いのか、ナイフを引き抜いた喜緑さんの表情がわずかに苦痛で歪んだように見え、その直後にナイフが石畳に落ちた。

それでもなお、長門は握力を込めたまま、心なしか厳しい口調で問い詰める。

「行動目的及び指示体系を説明するべき。独断専行であれば、許されることではない」

 しばし見つめあう二人。

 地べたに座り込だ朝比奈さんは、一緒にしゃがんだ俺に背中をもたれかけ、既に気を失っている。

「この時空間での情報戦闘は不可。物理戦闘となった場合に圧倒的不利な状況にいるのは、あなた」

 無言を維持する喜緑さん。

 長門たち二人のやりとりを、おそらく呆けたツラで眺めて固まっていただろう俺は、救急箱とタオルを持ってきた梨花ちゃんに話しかけられて我に返った。

「これで応急処置をするのです!今、救急車を呼んできました」

 シャツをめくり、消毒液を滲ませたガーゼで傷口を拭き、タオルを当てて圧迫しながら止血する。

「うぅ……」

 痛みで意識を取り戻したのか、朝比奈さんから呻き声がもれる。

 沈黙が続いた後、やがて喜緑さんは観念したように口を開いた。

「過激派は涼宮ハルヒ周辺で比較的大きな刺激事象を起こすことを提案しました。

これが承認されなかったので、代替案を提示、主流派の一部の承認を受けて実行に移したのです。穏健派は現在、過激派に吸収されています」

「一定以上の刺激によるリスクは無視しえない。程度の調節もしくは回避に努めるべき」

「代替案は旧穏健派の意見も盛り込まれた折衷的なもので、過激派にとっては譲歩とも言えます。

異時空間同位体を形成して、無意識レベルでの同期をもってする本位体変化の観察を、その内容とします」

「……」

「想定外の危険が生じたときは、同期の切断によって安全策をとることもできます」

「この時空間は作為的なもの?」

「作為的な時空間は作為によって消滅させられます。かつてあなた達がそうしたように。

過激派はそれを防ぐために作為によらず、かつ、この計画に適した時空間を求めました。それがここ、ヒナミザワ」

「ループの効果は本位体に影響を及ぼさないはず。危険を生じうる情報が蓄積される」

「同期の切断と再接続を行います」

「ループの条件、帰還の条件は」

「……」

「主流派中枢が当該状況を関知した場合、原状復帰を望むことは明白。一部の承認しか得られていないのはその証。

事後の処分は免れないことを考えるなら、非常事態が起こる前に協力するべき」

 押し黙った喜緑さんは突如長門の手を振り払うと、素早くナイフを拾い、後ろに跳ねて間合いをとった。

 そして、

「……ループの純粋条件は古手梨花の死亡です。ループ開始時点においてあなたたち5人全員の生存が無い限り当該シークエンスでは帰還不能となることが、消極条件として加えられています」

 無感情な顔でこう言い終わると同時に、手にしたナイフを自分の首に突き刺し、そのまま横にスライドさせた。

仁王立ちで血しぶきを舞い散らせる喜緑さんの口元が引きつる。

するとその体も溢れた血も、さらさらと細かい結晶に変化しながら崩れ、やがて空気中に広がり見えなくなっていった。

「な……!!!???」

 口をあんぐり開けて、中から魂まで吸い取られたかのような顔でその様子に目を奪われている梨花ちゃん。

 俺は俺で、喜緑さんが消滅していく過程については朝倉涼子の時の経験があったのでそれほど驚きもしないが、

武士の生き様心意気のごとく自害を見せ付けられると、さすがにキツイものがある。

 ちょうどそこに、何人かが慌しく走ってきた。

「大丈夫ですか!!」

「……はっ!……い、入江、こっちです」

「この方ですね?……うん、大した怪我ではなさそうです。応急処置もよかったのでしょう、心配いりませんよ」

「では、運びます」

「お願いします。気をつけてくださいね」

 入江と呼ばれたその人と一緒に来た救急隊員……には見えないが、彼らが持ってきた担架の上に乗せられて、朝比奈さんが運ばれる。

「キョンと……長門も来てくださいです」

 梨花ちゃんに言われてついていき、石段を下りると、救急車ではなく白いワゴンが停めてあった。見た目はごく普通のワゴンだが、

リアハッチを開けるとそこはシートが取り払われて救急車と同じ作りになっていた。

 朝比奈さんを担架に寝かせたまま車の中へ乗せて、俺たちも乗り込もうとしたところ、ブレーキが軋む音がした。

「梨花ちゃん!!」

 自転車にまたがるレナが不安そうな顔で息を切らす。

「どうしたの??何かあったの!?」

「レナ、来てくれてありがとうです……でも、これからキョンたちと入江の所に行くことになりましたのです。

いきなり呼び出したのに、ごめんなさいです……」

「うん、それはいいんだけど、ホントに大丈夫? 顔、すりむいたの??」

「ちょっと転んでしまったのです。平気なのです。……ボクが一人勘違いして、がたがたぶるぶるしていただけでした。

詳しいことは明日にでもお話しますです。わざわざ来てもらったのに申し訳ないです」

「ううん、気にしないで。何も問題無いならいいよ。あ、キョンくん……」

「ん?」

「え……と、」

「どうしたレナ?」

「ん、やっぱり、なんでもない。じゃあ明日学校でね」

 横になっている朝比奈さんや長門、そして俺と梨花ちゃんを交互に見てからレナは手を振って、もと来た道へと去っていった。

 そういえば古泉もここに来るとか言ってたっけ。誰もいなくなってるけど、まあいいか。

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あきゅろす。
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