ひぐらしハルヒの憂鬱な頃に
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相手は前原くんだ。彼ならきっとどんな勝負でも豪快に挑むだろう、雰囲気的に。しかしここで負けるわけには
いかない。大将戦を控えて、勢いってやつをつけておくべきだ。
種目はたこ焼き早食い。作り置きではただの早食いでしかないという、それの何が不満なのか理解不能の理由で、焼きたてのものが用意された。これはもう根性勝負だ。意を決して、灼熱の小麦粉玉を口に押し込む。
焼け石を180度ぐらいの油で揚げたようなソース味の固まりを飲み込むと、そいつが胃袋に向かうまでは牛歩のごとくゆっくり感じられ、食道の構造がはっきりと把握できる。そして人は熱さでも涙を流せることを俺はこの時知る。
「あッ熱ッアツがツがぁあぁあぁああッ!!!」
叫び声を上げながら猛スピードでたこ焼きをほおばる前原くんが、どれだけ凄いのかは今この場で同じ体験をしている俺にしか分かるまい。
「あぁっ、キョンくん頑張って!」
無理ですレナさん、ごめんなさい。
たこ焼き2つを残して、俺は前原くんの完食を見届けた。
SOS団3ポイント、部活2ポイント。SOS団のリードで迎えた大将戦。
これに勝った方には2ポイントが加算されるので、結局、この最終戦で勝ったチームの勝利ってことになる。
姉妹対決には敗れたものの、部長として部活一の戦績を誇る魅音と、憎たらしいほど何でもこなし、頭脳、運動神経ともに抜群のSOS団・団長ハルヒの一騎打ちだ。
と、ここで、梨花ちゃんが残念ながら退場することになった。
「魅ぃの戦いを見届けたいのですが、そろそろ衣装に着替えたり、準備があるので、
ボクはちょっとこの辺で抜けるのです……」
「ああ、そっか。梨花ちゃん奉納演舞だもんね。楽しみだな、楽しみだな!みんなで見に行くからね!」
「後のことは魅音さんに任せて、安心して行ってらっしゃいませ!梨花!」
「うん、おじさんに任せといて!!梨花ちゃんも演舞頑張ってね!!」
「いってきますです。……勝つのですよ!魅ぃ!!ファイト、おーなのです!!!」
名残惜しそうに、梨花ちゃんは社の方に去っていった。
「なになに?あの子なんかやるの?」
「あぁ、涼宮さん綿流しは初めてですもんね。梨花ちゃまはこの神社の巫女さんなんですよ。
祭りの最後にちょっとしたセレモニーがありまして、それに出演するんです。
その後みんなで川に綿を流して……それで、綿流しっていうんです」
「へー、巫女さんか!すげーな!俺たちも見に行こうぜ!」
「なかなか良さそうじゃないですか。是非そうしましょう」
最終戦の種目は射的。ひな壇の形をした三段の棚に景品が並べられている。そこで、一番手前の棚の景品は1点、真ん中の棚は2点、一番高い奥の棚のは3点として、三発撃って倒した景品の合計点で競うことになった。
同点の場合は延長戦、もう三発撃って決める。
「あの真ん中の棚にあるでっかい熊のぬいぐるみはどーすんの?」
「う〜ん、ちょっと倒れそうもないからねぇ……一発勝利の10点にしようか??」
「オッケ!それでいいわ。見せてあげるわSOS団団長の実力!」
喜々として銃を受け取り、魅音を挑発する先攻のハルヒに、
「上等じゃん!!部活の厳しさってのを教えてあげるよ!??」
腕を組んだまま答える魅音。
「いよいよ大将戦かー!どっちが勝つんだろうな!?」
「先ほどの前原さんの勝利で勢いは我々にあると思いますが、
園崎さんも姉妹対決で負けたまま黙ってるわけにはいかないでしょう。五分五分といったところじゃないですかね」
「はぅっっ!!!あの真ん中のくまさんのぬいぐるみかぁいいよぅ〜!魅ぃちゃん取ってくれないかな?かな!!」
「あれは十発ぐらい撃たなきゃ倒すのは無理ですわー!!」
待てよ……もしハルヒが負けるようなことになったら、この世界で閉鎖空間が発動しちまったりしないか?
となると、古泉たちの言うようにハルヒの力だけは抑制されていないということが分かる。
だがそれ以前に、そうなった場合の不安の方が大きい。イカサマはするなと長門に言ったが、ここはフェアな勝負を楽しむより身の安全を優先させるべきか。
「今の涼宮ハルヒにそれはない。平気。だからあなたの言うとおりにしている」
何故そう言いきれるのか、と結論に対する根拠を求めずとも、長門がそう言いきるんだから大丈夫だ、と結論が同時に根拠にもなっちまう長門の言葉が何とも頼もしい。安心した俺は心置きなく観戦する。
ハルヒは3点ゾーン以外は眼中にないらしく、三発すべての狙いを一番奥の景品に定めた。そのうち二発が
命中してパタパタと景品を倒す。6点ゲット。
「あーっ!!惜しい!!あと1cm左を狙ってたら三つとも取れたのに!」
その様子を冷静に見ていた魅音は、露店のおじさんから銃を受け取るとしばらく何やら考えたあと、銃と弾をチェックしながら、ハルヒにひとつ提案をした。
「もし延長になったら、先攻・後攻を入れ替えたいんだけど、どう?
それと、射手も交代させてもらえないかな?こっちは一人が二回戦うことになってるし」
「??? 別に構わないわ」
するとハルヒの了承を得た魅音が、俺のそばに来て小声でヒソヒソと話し始めた。
「キョンちゃん、準備しといてくれる?」
どうやら魅音は3点の景品を二つ倒すことであえて同点にして、延長戦に持ち込むつもりらしい。そして次の射手は俺。
魅音に命じられた俺の仕事は一つ。真ん中のでっかいぬいぐるみ目掛けて三発連続で弾をブチ込むこと。
ぬいぐるみは大きすぎて棚から少しはみ出し、不安定な状態だ。魅音は最初に二つ倒した後、最後の一発でぬいぐるみを揺らしておいて、続けて俺が三連射すれば倒せるかもしれないという。
だが魅音と俺の合計四発でも倒れるかどうか微妙だ。そんなリスクを負わなくても、魅音が3点の景品を三つ倒せばそれでフィニッシュじゃないか?
「まぁね。けど部活としては──SOS団に勝つだけじゃなくて、一番大きな景品を取りにいかなきゃねぇ。
ま、美学ってやつかな?それと……」
そう言ってレナを横目でちらりと見る。なるほどね、かぁいいモードでくまのぬいぐるみに釘付けだ。
「あれを取らなきゃ男じゃないでしょキョンちゃ〜ん!!?くっくっく、おじさんが花を持たせるからさ、ぬいぐるみと一緒にレナのハートも撃ち抜いちゃいなよ!!!あっはっはっは」
意味は分かるが意図は分かりかねるね。
「そんなわけでさ、ぬいぐるみを取ってあげたら喜ぶと思うよ?」
どんなわけだ。
打ち合わせどおり、魅音は3点の景品を二つ倒したところでハルヒに延長した場合の交代について伝える。
三発目をぬいぐるみの重心より少し上に当てると同時にふり向いた。
「さ、キョンちゃん!」
魅音が合図した時すでに銃を構えて狙いを定めていた俺は、まだ揺れているぬいぐるみの、魅音が当てた所と
同じ位置目掛けて、撃つ。可能な限りの速さで弾を詰めたらもう一発、コルク弾が当たるたびに振り幅は大きくなる。
間髪置かずに最後の一撃をくまの額に命中させると、ぬいぐるみはグラッと傾き、ニュートンの考えに逆らうことなく、スローモーションで棚から落ちる。着地する前に店のおじさんがキャッチし、俺に投げてよこした。
「なっ……」
「やったぁあぁああっ!やったねキョンちゃん!!」
「すごいじゃないですの!!連携プレー、お見事でしたわ!」
「はぅ、くまさん人形!!!取ったんだね!?だね!!!」
大口をあんぐり開けて間抜けなツラしたハルヒをよそに、部活メンバーが俺の周りに群がってくる。
「なるほど、そういう作戦だったのね。やられたわ」
悔しがって魅音のやり方にケチつけてくるかと思ったが、ハルヒはすんなり負けを受け入れた。
「そりゃ悔しいわよ。けど2人あわせてタイムラグを無くすなんて思いもよらなかったし、
魅音の作戦を見抜けなかったあたしの完敗よ。やるじゃない。それに勝負には負けたけど、なかなか楽しかったわ。でも今度対決するときは絶っっ対に負けないから!!!」
リターンマッチが規定事項であるかのようなハルヒのコメントに、俺はどんな顔をしたのか分からないが、とりあえず、もうさっきからソワソワして止まらないレナに、くまのぬいぐるみを手渡した。
「ほらよ」
「え?え!?……くれるの?レナに??」
俺がそのぬいぐるみ持って歩くのは、そのぬいぐるみだって絵的に許せないと思うだろ。
「ホントに???……嬉しい!!!ありがとうキョンくん!!!
はぅぅ〜〜〜くまさんかぁいいよぅかぁいいよぅかっ……かあいいようっっ!!」
「へぇ、なによアンタ。好きな子のためにぬいぐるみ取ってあげるなんて意外とイイ奴じゃない。
見直したわ。うん、今のはあの子も効いたんじゃない?ポイント高いわね」
前提もおかしいし、意外ともいらないし、何のポイントかと、突っ込むべき箇所を確認した相手は、ワイルドに冷やかしてくるだろうと待ち構えていた魅音ではなく、ハルヒだった。
妙な事に無用な嗅覚を働かせやがって。
その時──
パシャリ。
カメラのシャッター音とともに俺たちの輪に入ってきたのは……えーと、誰だっけ?
一回だけ会ったことあるような……。
「やぁ!!相変わらず元気そうだね。みんなの勝利をフィルムにバッチリ収めといたよ!」
「こんばんわ。あら、詩音ちゃんにハルヒちゃんもご一緒なのね」
「あ!富竹さんに鷹野さん、お久しぶりですねー。雛見沢最後の夜はやっぱりお二人で過ごすんですか!?」
「はは……そういうところも変わってないなぁ」
そうだ富竹さんだ。って、魅音も知り合いなのか?
「うん。毎年綿流しに来てるからね。キョンちゃんこそ何で知ってるの?」
「ああ、彼とはゴミ山でレナちゃんと一緒にいるところに偶然通りかかってね、一度会ってるんだよ。
あの時は失礼しちゃったね。今日も写真撮らせてもらうけど、いいかな?」
構いませんよ。てかもうすでに撮ってるじゃないですか。またしても断りなく。
「そちらの男の人って三四さんの恋人なんですか!?」
「うふふ、ハルヒちゃん。大人の男女には恋人だけでは説明できない関係もあるのよ?」
そう言って富竹さんを困り顔にさせた女の人は鷹野三四さんという、入江診療所の看護婦さんだと魅音が教えてくれた。どういう関係なのかは、鷹野さんの言葉どおり、だそうだ。
大所帯の俺たちは、梨花ちゃんの奉納演舞をいい場所で見るため、祭壇のほうに移動を始めた。
どーんどーん、という大太鼓の響きが祭りのフィナーレが近付いていることを知らせる。
みんなでワイワイ話しながら歩いていると、古泉が近寄ってきた。
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