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創作小説:桃月郷(BL)
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 紫乃の無垢な笑顔と言葉に思わず鴇は顔を赤くした。



「な…誰が男なんか本気で抱くか!近寄るな莫迦っ!」


「なんで?キスしても良いよ?」



 紫乃が嫌がる鴇の首に両腕をからめた時、紫乃の首が少し異様な程にガクっと後ろに反れた。



「ひっ」


「紫乃、鴇は仕事あるんだから君は大人しく座って。髪結ってあげるから」



 後ろを振り向くと、月花が紫乃の一つに結われた長い黒髪を引っ張り鴇から引き離した。


 口元は微かに笑んでいるが、その目は感情が読み取れない。



「紫乃の事は僕に任せて。準備出来たら直ぐ行くから、鴇は見世をお願い」


「お…おぅ、わかった」



 月花が感情の読めないあの目をしている時は、どこか他人に畏怖を感じさせた。


(なんか…機嫌が悪いような…。俺何かしたか…?)


 首を捻りながら鴇は見世へと戻って行った。




「ほら、良い子だからここに座って」



 月花に言われ大人しく姿見の前に座った紫乃の、髪の結び紐をほどき月花は紫乃の長い黒髪に懐から出した櫛で丁寧に梳きめた。


 月花には左腕が無い。



 本来有るはずの腕は肘上の辺りから欠落していた。


 それでも月花は特に不自由を感じさせない器用さで、自分の髪や着物だけでなく紫乃の髪を梳き、綺麗に結ってくれる。


「紫乃の髪、随分伸びたね。結いがいがあるよ」


 膝の裏辺りまで伸びた紫乃の黒髪を梳きながら、月花が言う。


「ねえねえ、俺にも兄さんの髪今度結わせてよ」


「紫乃が?ふふっ、紫乃に出来るかな」


「出来るよーそれぐらい」


 鏡を通して映る、月花の白金色の髪を見つめながら紫乃は笑う。


 紫乃は単に月花の髪に触れていたいだけなのだ。




「ねえ兄さん、その櫛綺麗だね」



 鏡に映る、自分の髪を梳いてている月花が手に持つ櫛を見て紫乃は言う。


 繊細な花の螺細細工が施された、美しい櫛だった。



「これは僕の宝物なんだ。唯一僕が実家から持って来たものでね、僕が小さい頃生きてる時の母に貰った櫛」


 月花の声に、紫乃は思い出す。


 あまり自分の事を他人に話さない月花が、紫乃にだけ話してくれた桔梗屋へ来る前の過去。

 父親からの酷い虐待を受けていたこと。
 月花の母親は身体が弱く、それでも母だけは月花を愛し守ってくれたこと。



(兄さんの母親って、もしかしたら俺の姉さんに似てるのかもなあ…)



 先ほど視た夢の中のあの姿を思い出しながら、紫乃はなんとなく思った。


 両親や血縁から疎まれていた紫乃。姉だけは紫乃を守り、愛してくれた。

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あきゅろす。
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